むかしむかし、あるところに竹取を生業としていた翁がいました。
名を、陸遜といいます。
年寄りどころかピチピチと音がしそうな溌剌とした若者なのですが、設定上翁と呼ばせて頂きます。
細かいことは気にしない気にしない。

ある日陸遜がいつものように竹を取っていると、不思議な光が薄暗い竹林を照らしておりました。
光の正体は一本の竹。
大きさや色は他の竹と変わりありませんが、根元が眩しいばかりに輝いています。

「…なんでしょう、怪しいことこの上ありませんね」

異様な輝きに一瞬たじろいものの、このまま放っておくわけにもいきません。
陸遜は光に目を細めながら竹に近付き、中を確認するというよりも面倒ごとを粉砕するという破壊的な気持ちで握ったナタを一気に振り下ろしました。

するとどうでしょう、竹の中から愛らしい女の子が現われたではありませんか。
竹にすっぽりと納まるくらいですから大層小さな姿なのですが、それでも心を打つに充分な可愛らしい顔立ちをしております。目や髪を彩る漆黒が、光の中で一層美しくみえました。
まるで人形のような童子は黒髪を揺らしながら、陸遜をじいっと見あげます。
ちょっとの誤差で亡き者にされていたかも知れぬ危うさなどに気付きもしていないのか、瞳には穢れひとつありません。

「……ッ」

キュンと来たのでしょう。
かなりハートにズドンと来てしまったのでしょう。
先ほどまで抱いていた疑惑の念など、いまや遠く空の彼方。翁はすっかり竹の中の娘に目を奪われていました。
それほどまでにまばゆい美しさだったのです。

「きっと運命に違いありません、私が一生かけてこの子を育ててみせましょう」

一目で我が物にしたいこれは天からの授かり物と直感した翁は、生涯1度あるかないかという最高に慈愛が溢れた良き笑顔で女の子を竹から抱き上げました。
小さき子は、同じように小さきその口から声を零してはくれませんでしたが、ほんの少し微笑むようにほころんでいたので、翁は幸福のあまり鼻から流れる赤い液体を抑えることが出来ませんでした。


と名づけられた子はすくすくと育ち、三ヶ月ほどたつと人並みほどの大きさとなりました。
その成長の速さは、どう考えても人ならぬものでありましたが、翁は日に日に美しくなってゆくに目を細めるばかりで、そんなこと露ほども気に留めませんでした。
溺愛を通り越して、頭が相当ゆるくなっているのです。
翁はのために一流の調度品や高価な裳をいくつも取り寄せ、張台の中で守るように大切に育てました。
娘を引き取ってからというもの、竹林で黄金を拾うなどの幸運に恵まれるようになった陸遜は、もって生まれた財テクの才も手伝って、いつの間にかずいぶんと財力を蓄えていたのです。
年頃の姿となっても娘は相変わらず無口でしたが、時折見せる笑顔や素直に頷く仕草は大層愛くるしく、陸遜は持てる力のすべて出し切ってを慈しみました。
その可愛がりようは、屋敷に仕える使用人が戦慄を覚えるほどだったと申します。

翁はを世間の目から覆い隠すようにしてひっそりと育てていたのですが、人の口に戸口はたてられぬもの。
いつしか、陸遜という翁の元で暮らす娘の美しさは月にも勝ると、の存在が人々の噂に上りはじめました。
その評判を聞きつけた貴族が是非妻にしたいと、毎日のように陸家を訪れます。
ですが、嫁に出す気など毛頭ない陸遜は、届けられた求婚者からの文を全て火にくべてしまいました。天を突きそうな火柱が燃えよ燃えよと毎晩京の夜を焦がします。
しかし恋のすさまじきは、障害があるほど燃え上がるその情熱。
いかに拒否されようともそう簡単に引き下がるわけもなく、裾をまくりあげて塀をよじ登る者、壁に穴を開けて侵入しようとする者など強行手段に出ようとする輩が後を絶ちません。
その度に翁は屋敷周囲に罠を張り巡らしたり、力自慢の用心棒(太史慈と黄蓋)を使って力技と爆破で追い返したりと鉄壁のガードでへの接触を拒み続けました。時には自ら出向き、せめて一目でもと願い出る男達を血祭りに上げたりすることもありました。
外の状況をまるで聞かされていないは、優しい陸遜がもう一つの真の姿を見せているとも知らずに御簾の奥で餅などモグモグと食べているのでした。

「陸遜様…表が騒がしいようですが」
「このところ野犬が多いようですからね」
「着物に、なにか紅いものが」
「ああ、これですか…さっき
突然ざくろが破裂したんです。さあさそんなことより部屋へ戻って戻って、夜風で体を冷やしては大変です」

こうした求婚者と翁との壮絶な攻防戦が日々繰り広げられるうち、「難攻不落の絶世の美姫だ」とはますます世に知れ渡るところなりましたが、それに伴い「でもとんでもねぇ竹取の翁がいるんだぜ」と陸遜の名も同時に広まってゆくこととなりました。
その盛名は朝廷にまで及び、遂には時の帝・孫堅様の御子で東宮であらせられる孫権様までもがぜひ側に置きたいと輿入れをお望みになる始末。

「………孫権様が是非正室に、と」
「いくら東宮といえど、こればかりは応じられません。お帰りください」
「お上の命に逆らうか…」
「どう脅しをかけても無理なものは無理です、ささお帰り下さいませ」

東宮の使者である周泰は低い声でブツブツと何か申し立てていたようですが、聞く耳持たない陸遜は手を打って太史慈を呼び、

「使者様のお帰りです。お見送り差し上げてー!」

無理矢理力ずくで夜空へとふっ飛ばし…いえ、丁重にお引取り願いました。

本来首が飛ぶくらいでは済まない無礼極まりない振る舞いですが、東宮である孫権様は大層気性の穏やかな方だったのでありましょう。
陸遜の首が飛ぶどころか、孫権様はやはり自ら求婚に赴くべきだったかと、次の日から盛大な供を引きつれて直々に陸家へおいでになるようになってしまいました。しかしどれほど尊い身分の貴人とて陸遜にとってはただの障害にすぎません。
結局孫権様も他の求婚者と同じように門前払いを食らい続けてしまうのでした。
次期の帝すら袖にする姫とは一体どれほど見目麗しいのかと、いよいよもって京に住まうものは皆噂しあいます。実際袖にしているのはではなく陸遜なのですが。

最初は数え切れぬほどの男達で埋め尽くされていた陸家の門前も、さすがに連日続く激しい戦いに疲弊していったのか、1人また1人と脱落してゆき、最終的に4名の男が残りました。その中には下々の者に容赦なくはねつけられた孫権様の姿もございます。温室育ちの割にはなかなかナイスガッツです東宮。
ある晩、いつまでも諦めようとしない求婚者たちにらちがあかないと思ったか、ついに翁は4名を屋敷の中へと招き入れました。

「やっと敷居をまたがせてもらえたか。いやあ、しっかしここまで長かったぜ」

家に上がるなりくつろぐように膝を崩したのは、貴族というよりも盗賊に近い風貌の甘寧の皇子です。
威勢のいい豪胆な若者ですが素行はお世辞にも宜しいとは言えず、牛車によからぬ改造を施しては夜な夜な京の町を駆け巡ってるとのこと。輿にこれでもかと飾りつけられている鈴が、暴走するたび喧しく鳴り響き、あたりの住民の眠りを妨げております。
今も着崩した直衣の胸元から刺青が覗き、チンピラ感満点といったところでしょうか。

「ようやく我らの誠意が通じたということだろうな」

甘寧の皇子とは対照的に、礼節を重んじる右大臣呂蒙は姿勢正しく座しております。
日々己を磨く努力の人で、地位の高さに溺れることなく熱心に政務にあたり文にも武にも通じる才人と名高い人物ですが、いかんせん老け込んでいます。
まだかろうじて20代だと言う話ですが、おそろく誰も信じますまい。
なまじ良識があるだけに、なにかと破天荒だと噂のつきない帝に仕える朝廷勤務は気苦労が耐えないのでありましょう。

「いつになったら姫様と会わせてくれるのかねぇ」

連日の寝不足に少々参っている凌統の君は、広げた扇であくびを覆い隠しました。
その甘やかな声と気だるげな仕草は風雅で実に艶があり、宮中の女御達から大層人気を集めております。
口調のせいかやや軽い印象を受けるものの外見の割りに誠実で、人当たりも悪くないのですが、何かといがみ合っている甘寧の皇子に対してだけは例外のようでありまして、2人があるところ乱闘有りと、都に住む者誰もが囁き合うほどの仲の悪さ。
場所が場所ですから今でこそ大人しくしておりますが、この屋敷に入るさっきまでずっと互いの足を踏みあっていたくらいです。今夜は何事もなくこのまま過ぎれば良いのですが。

「これまで姫は翁以外に姿を見せたことがないとのことだ、焦りは禁物であろう」

最後に口を開いたのは東宮であらせられる孫権様です。
その背後には以前一度この陸家に使者として訪れた(そして全力で追い返された)お付の周泰が置物のような寡黙さで控えております。他の求婚者の供の者は外で待機しているのですが、そこはやはりやんごとなき身分の方。警護の目の届かぬ場所でお1人にするわけにはいかぬようで、東宮という地位に対しての特別の配慮なのでありましょう。
とはいえ、3名もそれなりに位の高い公達とはいえど一緒くたに同じ部屋に通されるなど無礼の極みであります。このような帝の威光も地に落ちる扱いをされても文句ひとつおっしゃらないのは、その度量の広さからでしょうか。それとも一度陸遜に血の洗礼を受けてしまったからでしょうか。

「お待たせいたしました皆様方」

4名の前に現われたのは待ち望んでいた麗しの姫ではなく、形ばかりの笑顔がまぶしい陸遜でした。

「これほど尊き身分の方々が雨も風も厭わず連日連夜の押しかけ求婚……まずはご苦労様でした、とでも言っておきましょうか」

物腰だけは柔らかいこの翁の登場で、求婚者たちに緊張が走ります。
当初はただ「竹取の翁」と呼ばれていた陸遜も、この頃には「鬼の陸遜」という凄まじい異名を与えられるまでとなっておりました。

「まさかこうまで頑張る方が何名もいらっしゃるとは思いませんでしたよ……まったく見上げた根性です、本当に、ね…」

丁寧に頭を下げた陸遜の声は恐るべき冷たさで響き、隙間風など吹き込んでもいないのに室内温度が五℃ほど下がった気が致しました。
しかし彼らもここへと来るまでの間、地獄を色々と見て(見せられて)きたのです。
部屋を切り裂く冷凍光線を前に、ただじっと凍えているわけにはいきません。
下がってしまった体感温度を無理矢理上昇させ、甘寧の皇子は勇ましく翁に挑みます。

「や、だからこそ最後まで諦めなかった俺達は婿としてアンタのお眼鏡にかなったんだろ?」
「お眼鏡にかなったと言いますか、これ以上続けてもあなた方4名は誰一人脱落しそうもありませんでしたし、こちらとしても夜毎同じことを繰り返すのは骨ですからね。ここはひとつ、どなたが一番姫を想って下さってるのか直接確かめさせて頂こう、とこう思ったわけです」

若者たちは思わず唾をゴクリと飲み込みました。
はっきり言葉で示されはしませんでしたが一体何を言わんとしているのか、察せぬほど彼らも鈍くはありません。
4名のうち最も姫を愛している男へ嫁入りを許す
――― 暗に陸遜はそう告げているのです。

「いいじゃねえか、負ける気はしねぇぜ」
「うむ、最も愛の深い者が姫を得るは道理だな」

を娶りたい、その一心でこれまでどんな陰湿な仕打ちにも耐え抜いてきた4名です。
恋焦がれる気持ちは誰にも劣らぬという強い自負がそれぞれにありました。

「だけど姫への想いってのはどうやって測るのさ。恋の歌でも詠むのかい?まあ才のない鈴頭には不利極まりない勝負になるけどね」
「ああ?なんか言ったか京一番の垂れ目貴族」
「てめっ、その垂れ目貴族って誰のことだよ」

犬猿の仲で有名な甘寧の皇子と凌統の君。
どちらもやはり席同じにして黙っていられるほど出来た人間ではなかったようで、掴み合いにこそならなかったもののその場で罵りあいが始まってしまいました。
そのうちヒートアップした2人は口だけでは飽き足らず、手にしていた扇子やら鈴やらを相手目掛けて投げ合い始めました。それはいいのですが、問題は間の席の右大臣呂蒙様に全て命中していることでしょう。避ける暇もなく、右左から飛んでくる数々の物体の的と成り下がる姿はこの上なく気の毒なものでありました。

「さて、その方法でございますが」

騒ぎはしばらくこのまま続きそうな気配でしたが、付き合う気もない翁は構わず話を進めます。

「今からこちらで挙げるお品をご用意できるかどうか、ということで判断させていただくつもりです」

翁の言葉を聞いた男達は、なんだそのようなことか、と安堵したように笑い合いました。
皆それぞれに貴族としての位は高く、財力も申し分ありません。特に孫権様など帝のお世継ぎでございます。
望めば大抵の物は手に入る境遇におられる方々にとっては、いともたやすい申し入れに思えたのでしょう。

「呂蒙殿は桃園崖に住むといわれる軍神・関羽の髭、甘寧殿は曹操山の守り神として知られる夏侯惇の眼帯、凌統殿は赤い馬に跨った呂布の触覚、孫権殿は妖術使いである張角の杖………を、愛の証としてここへお持ちください」

すべての笑顔が凍りつきました。

「ちょ、ちょっ……今…!愛の証として、なに、え?」

右大臣の威厳も瞬時に消えうせる勢いで、呂蒙様は狼狽しています。
無理もありません。
陸遜はあっさりと口にしましたが、いずれも尋常ならぬ力を持っているとされる、いわば魔物とも呼べる存在。人が踏み込める領域ではありません。
翁、遠まわしに死ねと言っています。

「…いや、これは幸運が巡ってきたのかも知れん」

大半が背中に死神を背負っている中、孫権様一人が希望の星を見上げていました。
絶望的な強さを誇る魔物が並ぶ中、武力の低い張角の杖は最も一番楽な役回りと感じたのでしょう。
有利な勝負だと浮かれる孫権様に、陸遜はにっこりと微笑みました。

「そうですよね、幻影兵の一万人や二万人、なんてことないですよね」
「え、うん?一万……
いちまん!!!?

孫権様の背中にも死神が舞い降りた様子です。

「このっ…無理難題押し付けやがって!お前さては、初めから嫁に出す気ねえな?!」
「あったり前じゃないですか、何が悲しくてヤンキーや毛やホクロや裏声に可愛い娘をくれてやらなきゃならないんですかっ!!こうやってやんわりとお断り申し上げてるんですから、いい加減スッパリ諦めて下さい。もしくは全員残らず死んでください

もはや優しげな翁の面影はどこにもありません。いえ、そんなものもともとありませんでしたが。
いつの間にか手に握られていたナタは、刃先が赤黒く濁っております。おそらく過去、竹だけではないものも切り裂いて来たのでしょう。
すでに何度も陸遜の手によって冥界を行ったり来たりさせられている求婚者たちは、これまでの戦いで培われた防衛能力を如何なく発揮し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しましたが、黙ってそれを見過ごす陸遜ではありません。
韋駄天の如き速さで敵を追い、舞い、刺し、そのアクロバティックな動きはとても翁とは思えぬ軽快さで、次々と繰り出される大技の数々はまさに鬼の称号にふさわしいキレ味だったと申します。
幸い恐るべき丈夫さを持った4名が命を落とすことはありませんでしたが、現場となった一室の陰惨極まる有様は、事件の惨たらしさを物語るに充分でありました。
そんな血塗られた貴族狩りが起こっていることなど露知らず、姫は御簾の奥でいつものように餅をもぐもぐと食べているのでした。
まったく知らぬということは平和そのものでございます。