時刻は午後4時。 指定された通りに一本杉へ向かうと、すでに周泰が佇んでいた。 もしかして、というほんのわずか残っていた期待も砕かれて、足取りも重くはその場所へたどり着く。 「…よく来た」 低くて深い周泰の声がいつもと同じように響くので、は余計切なくなった。 「…来ないわけには、いきませんよ」 力なくは答える。 そうか、と周泰は短い返事をした。 「…前々から、思っていた」 ま、前々から! 結構前から嫌われていた! すでに充分傷ついている彼女の心に、新たな傷をつけてゆく周泰。 「い、いつごろから…?」 それでも時期を特定しようと尋ねてしまう。 実に勇敢である。 「…ここへ来てからすぐだ」 ガーン!! かなり初期!! 立ち直れないほどのハードパンチを食らいまくり、朱雀様すでにKO寸前である。 「…全然気付きませんでした」 眩暈がしそうだが、ぶっ倒れている場合ではない。 こうなりゃヤケである。 正々堂々やってやろうじゃないか。 心で涙しつつ、は懐の小太刀を握った。 人は悲しみが多いほど人には優しくできるのだから、とどこぞの三年B組の教師も言っていた。 周泰はまだ突っ立ったままで、刀も抜いていない。 彼の剣は速いが、はそれ以上だ。 周泰が斬りかかってくるまで、は手を出す気はない。 なかなか動こうとしない周泰を、は見つめ続ける。 兜とうつむいた顔の角度で、表情が見えない。 左頬の古傷だけがの目に映る。 前に「痛そうですね」と言ったら「勲章だ」と彼は少し笑った。 戦う気が、失せてくる 何が悲しくて、好きな人相手に、全力で挑まなきゃならないのか。 どうせならもっと違う意味で挑みたかった。 戦意喪失している彼女をよそに、周泰は剣を抜くような仕草をみせた。 完全にボンヤリしていた、動作が遅れた。 斬られるか!? と一瞬目を閉じたが、いつまでたっても何の衝撃も感じない。 おそるおそる瞳を開くと、一輪のレンゲの花が、に向かって咲いている。 ゆっくりと目で追っていくと、その花を差し出している周泰が見えた。 「…嫁に来てくれ」 うつむいたままわずかに頬を染めた周泰は、確かにそう言った。 「「「「なんじゃそりゃあ――――――――!!」」」」 密かに木陰から見守っていた「果たし状・犯人は誰だ隊」(もう解散しろよ)の4名が飛び出してきた。 「何が嫁だ!」 「アホかてめぇ!」 「どういうつもりなんですか!」 「意味がわかんないわよ!」 突然のプロポーズをかました周泰は、同じく突然登場した4人に静かながらも驚いている様子である。 「…どうしたお前達」 そりゃこっちの台詞だ! 4人は同時にそう思った。 「アンタあんな果たし状送りつけといて、いけしゃあしゃあと求婚してんじゃないわよ!」 怒髪天を衝いた尚香、大暴れ(最初爆笑してたくせに) 「…果たし状?…なんのことだ?」 キンッキンッキンッキィン!! 怒涛のような尚香のチャージ6を愛刀・宵で受けつつ周泰は答える。 「これ、アンタが兄さんに書かせたやつでしょーが!!」 全ての元凶、周泰・原案、孫権・作の「果たし状」を突きつけた。 周泰は、しばらく自分が依頼した文書を眺めていたが、ボソっと一言。 「…こんな風に頼んではいない…」 字が(喋りも)苦手な周泰は、を呼び出す為の手紙の代筆を孫権に頼んだのだが、恥ずかしいので誰に宛てるかも言わず、場所と時間だけを指定した。 あの周泰が手紙とは、決闘状に違いない!早とちりした孫権が、一騎打ち風にアレンジを(勝手に)加えたわけだ。 そのアレンジの最たるものが「果たし状」というタイトルオプションである。 すっごい迷惑。 「…やっぱり結局はクソ兄貴のせいかい!!」 いいだけ振り回された尚香ら4名は怒り心頭で、各自Lv10の武器を握りしめて孫権の部屋へと駆け出した。 今夜、ひとつの巨星が落ちるかも知れない。 なんだかよくわからないままポツンと取り残された2人は、互いの顔を見合わせ、赤くなった。 さっきの「嫁に来ないか」発言は大層なインパクトだ。 そうそう忘れられるものではない。 「嫌われてるのかと、思いました」 気が抜けたようにしゃがみ込んだの隣に周泰が座る。 穏やかな声で、呟いた。 「…それはあり得ない」 さっきのドタバタで潰されないよう、周泰は懐に隠したレンゲをもう一度に差し出す。 「例え天地がひっくり返っても、だ…」 はその小さな花を嬉しそうに受け取った。 それは求婚の申し込みをも受け取ったことを表す。 今すぐには無理ですけど、と恥ずかしそうに笑う少女の頭を周泰は優しく撫でた。 「…いつまでも、待つ」 光あれば、影ももちんあるわけで。 春爛漫幸せカップルとは正反対に、秋風どころかブリザードが吹き抜けてしまった人もいる。 あれから豪傑4名の襲撃を受けて、一時瀕死状態に陥った孫仲謀。 後日、旅から戻った兄・孫策に 「おっ!なんだ権!遼来々か!?」 と、心配するより先に笑えないネタを振られるなど、彼の災難はしばらく続いたそうな。 リクエストくださった零様へ捧げます。 |