いつも通り部屋を出ようとしたら、扉の下に何かがはさまっている。

 「?なんだコレ」

 拾い上げてみると、どうやらそれは宛の手紙のようで。
 彼女は元々この世界の人間ではないので、口から出る言葉は通じるが字は読めない。
 とりあえず広げてみるが、予想通り何が書かれているかさっぱりわからなかった。
 簡単な漢字ぐらいはなんとか読めるが、文章になってしまうと自分ひとりで解読はまず間違いなく不可能。
 もし戦に関する重要な連絡などだったらまずいので、女官に読んでもらうわけにもいかない。
  困ったな、としばし悩んだ後、はその手紙を抱えて部屋を出た。

 「なになに?手紙読んでくれって?」

 訪れたのは、呉のじゃじゃ馬姫・尚香の私室。
 好奇心の強さは周瑜の嫁といい勝負だ。
 本当は大喬あたりにお願いしたかったのだが、あいにく留守だったので仕方なく(失礼)尚香に頼むことにした。
 事態を引っ掻き回しそうなこの姫様に不安を覚えつつ、礼の手紙を手渡す。
 しかし、一応尚香は呉の武将で君主の妹。
 戦や国の機密文書だった場合、彼女にならば知られても大丈夫だろう。
 どれ、と言いながら尚香は渡された手紙を広げ、ゆっくり読み上げた。
  
 「…果たし状…明日午後4時、一本杉の下にて待つ。必ず来られたし」

  
 ……は?


 「ッッ……クッ」

 彼女が読んだ内容をは把握できず口をポカンと開けていると、尚香がひくひく肩を震わせこらえきれらないように吹き出した。

 
「アハハハハハハハハハ!!は、は、果たし状――――!!!果たし状って!!ギャハハ!」

 ヒーお腹痛い、と涙まで流して笑っている尚香を見て、ハッとは正気にかえった。

 「ちょっ!笑えないですって!ななな何なんですかこれはーー!!!」

 果たし状。
 いわゆる挑戦状である。
 一体なぜがそんなもの叩きつけられなければならないのだろう。
 果たし状って果たし状って、と混乱のあまり繰り返し呟きながらはその手紙を握り締めた。
 気の済むまで笑ってようやく落ち着いたらしく、尚香は鼻をかむ。
  
 「果たし状ってのはひとまず置いといて、差出人は誰なんだろ?」

 全然置いとけないが、誰がこんなもん出したのかは確かに気になる。 
 の部屋の前まで来た、ということは間違いなく呉の人間だ。

 「そ、そんな事しそうな人…いないように思いますけど。皆優しいし」
 「表面上だけだったりして!よっぽど腹に据えかねたとか」 
 「…」

 尚香はもちろん冗談のつもりだったのだが、実際果たし状をもらってしまったにはそう聞こえない。
 なんだかしょんぼりしてしまったを見て、尚香も少しばかり慌てた。
  
 「やだっ!そんな落ち込まないでよ!」

 落ち込みたくもなるだろう。
 こっちの世界に来てからはじめてもらった手紙が「果たし状」である。
 できれば一生受け取りたくない部類の代物だ。
  
 「よ、ようし!こうなったら犯人捜してやるぞぉ!」

 場を取り繕おうと必死な尚香は、エイエイオー!と、の腕を掴んで無理やり上に掲げる。
 手首がだらん、と力なく宙をさまよっていた。





  
 「とりあえず、あの連中からいってみるか…」

 陸遜・甘寧・呂蒙の3人が鍛錬している様子を、尚香とはコソコソと覗いていた。
 手に握られているのは「呉武将リスト。編・尚香」である。
 そのリストには呉を代表する猛将達の名が連ねられていた。
 に勝負を挑むくらいだから、かなり腕に覚えのある者だと姫様は考えたのである。
 そのリストだが、すでに孫策と周瑜は消去済みである。
 彼らは妻達とここ3日ばかりお出かけ中。
 ダブルデートというわけだ。
 いい気なもんである。
  
 「尚香様、いってみるかってどうする気ですか」
 「首根っこ掴んで吐かせればいいじゃない」
 「それはちょっ」
 「何してるんですか2人とも?」

 荒っぽい作戦を立てているなか、あっさり見つかる二人。
 まさか首根っこ掴まれそうになっていたとも知らず、陸遜はニッコリ笑いかけた。

 「に、日光浴を…ね??」
 「そ、そうそう光合成でもと…」

 しどろもどろ。
 ちなみに本日の空模様は文句のつけようもない曇りである。

 「どうした?顔色良くねぇぞ?」
 「うむ、具合でも悪いのか?休まれたほうがいいぞ?」

 甘寧と呂蒙は、いつもと様子の違うを心配そうに見下ろした。
 陸遜も無理はよくないですよ、と気遣ってくれている。
 やはり皆いい人で。
 に果たし状なんか送りつけるようには思えない。
 それともこの笑顔は表だけで、裏では
憎憎しく思っているのだろうか?
 気弱になりながら、は小さな声で尋ねてみる。

 「あ、のですね……この中で誰か私を討ち取ってやりたいとか思ってる方います?」

 オイオイずいぶん直球だな、と尚香は冷や汗をかいたが、力技で吐かせるよりはマシだろう。

 「な、何を言いだすんだお前?!」
 「そんなこと思うわけないじゃないですか」
 「そうだ、あるわけがない」

 唐突な質問に目をむきながらも、三名は完全否定した。
 わけがわからんが、とにかくを憎く思っているかどうかと聞かれているらしい。
 彼女に対して好意を寄せこそすれマイナス感情など抱くはずがない。
 
 「どうしたんですか?」

 表情が曇ったままのに陸遜は眉をひそめた。

 
「これよ!」

 ババーンてな感じで、尚香が礼の文書を3人の前に広げた。
 彼らはキョトンとしながら、それを目を追う。

 「「「…果たし状?」」」

 鳩が豆鉄砲20発くらい食らったような顔の3人に視線を向けられ、は黙って頷いた。

 が元気のない事情がようやく掴めてホッとした彼らだが、同時に腹が立った。
 憂いの原因をつくった差出人は一体どこのどいつだろうか。

 「…あ」  

 可哀相にと呂蒙が涙ぐみつつを慰めていると、手紙を何度も読んでいた陸遜が何かに気が付いた。

 「なに?なんか分かった?」

 期待に満ちた目で尚香は陸遜に駆け寄る。

 「この字…孫権様の字じゃないですか?」




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