「な?すぐ行こうぜ!今なら神輿に間に合うしよ」
 「み、神輿ですか(黄蓋様神輿のことだ…ま、間に合いたくない!)」
 「わざわざ一緒に行かなくても、甘寧殿1人で充分漢祭りですよ。暑苦しいですから私と行きましょう」

 先刻廊下ですれ違った2人は、そのどうしようもなく浮かれた孫権の様子から、尚香と同様にすぐさま事情を察した。
 密かに思いを寄せ、日頃から何かとにアピールを絶やさない(でも空振り気味)彼らである。
 2人きりでデートの約束など、大人しく見過ごすわけは無かった。
 次男なんぞに持っていかれる前に、連れ出してしまおうというわけである。
 だが、ここで問題がひとつ。
 お互いの存在が、孫権と同じくらい邪魔臭いということだ。
  
 孫権との約束を破棄させた上、更に甘寧にとっては陸遜・陸遜にとっては甘寧をそれぞれ排除せねばならない。仕事量が2倍である。
 しかも、今のところは参戦していないが、周泰や太史慈などの奥手系がいつ動き出すともわからない。
 長引けば戦線が激化するであろうことは目に見えているので早いとこ敵を少しでも減らしておきたい2人は、とにかく必死でお互いの足を引っ張り合っていた。

 「陸遜よぅ…お前と行く祭りは危ないんじゃねぇか?火傷とかよ」
 「いいがかりはよして下さい。私が殿を危険な目に遭わせる訳がありませんよ。そんなことより…」

 陸遜の目の奥がキラリと光る。

 「ご自分の部屋を心配したほうがよろしいんじゃないですか?」
 
「…ッまたかこの野郎――――――!!!」

 過去に何度もボヤ騒ぎを出している(出されている?)甘寧の私室はいつも何となく香ばしい香りがする。

 「さぁさぁ、甘寧殿の部屋がウェルダンになっている間に、私とお出かけいたしましょうか」
 「待てコラ!部屋の鎮火はもう捨てたぞ、この野郎。こうなりゃヤケだ。、火事なんか忘れて祭り行くぞ!」

 忘れてはいけない。
 火は消した方がいい。  

 「え、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくだ」
  
 もう祭りがどうのという場合ではないような気もするが、2人の有無も言わせぬ迫力が怖い。
 グイグイと腕を引っ張られ、完全に拉致状態だが、は何とか踏ん張った。

 「っていうか!あの、今日のお祭りは、」
 「私と行くんだ」

 腕を掴んだり掴まれたりしている3人が振り向いた先には、ゼイゼイと息を切らした孫権が立っていた。
  
 「孫権様…!」
 「ゲ、孫権様」
 「…孫権様…チッ

 三者ともに同じような台詞だが、含まれるニュアンスが微妙に違う。
 以外の2人の声色には、歓迎していないムードがありありと現れている。
 特に陸遜に至っては、(仮にも仕える相手に)堂々と舌打ちだ。
 もう来やがったか、とでも思っているのだろう。
 息を整えた孫権は、つかつかと3人の元に歩み寄り、の腕から2人の手を引き剥がした。
 
 「だから、はお前らとは行かん」

 庇うようにを背に隠し、いつになく強気で孫権は言い放った。
 しかしそんなことで簡単に退かないからこそ、面倒な連中なのである。
 要らんところで粘り強い。
 味方である場合は頼りになるが、敵対すれば非常に厄介だ(特に陸遜とか陸遜とか陸遜とか)

 「………納得いきませんね」

 しばし置いた間に凄味を感じさせながら、陸遜は呟いた。  
 予想通り、諦めてくれそうにない。
 相手はすっかり臨戦態勢である。
 これは今すぐ追い払うのは無理だな、と孫権は思った。
 とりあえず、この殺伐とした空間からを逃がさねばなるまい。

 「出かける前に、

 孫権は首だけ後ろに向き、懐から先ほどから受け取った書簡を取り出した。

 「悪いが、もう目を通したから周瑜へ届けてくれないか。それが済んだらそのまま庭に行って待っててくれ、私もすぐ行く」
 「孫権様、」

 一瞬、は不安そうな目で見上げたが。

 「大丈夫だ」
  
 そう孫権が小声ながらも力強く応えたので、は小さく頷いた後、書簡を抱えて走って行った。

 「「……」」

 甘寧と陸遜は、目の前で繰り広げられた2人のやりとりが、まるで
 アクション映画においての信じあう恋人達≠彷彿とさせ、忌忌しい気持ちでいっぱいだった。
 しかも、今の自分達の役割がその信じあう二人の行く手を阻む
障害≠ナあることに、更にムカついた。
 
 「えい」

 腹立たしさを抑えかねた陸遜が、ねずみ花火を15個いっぺんに孫権へ投げつける。

 パンパンパンパンパンパンッ

 「熱ッ熱ッ!!」
 「ギャー!てめー陸遜!」

 まわってナンボのねずみ花火。
 スナップのよくきいた陸遜の投げも相まって、熱い火花は上下左右に勢いよく跳ね回った。
 直接のターゲット・孫権はともかく、巻き添え状態の甘寧は露出が激しいので誰よりもダメージが大きい。
    
 「ざまあみやがれです」

 陸遜という名の魔王が、アハハハハと声高らかに笑っている。
 頼むから誰かこいつをランプにでも封じてくれ、と思った。甘寧が。

 (熱い…!そして、ケムい!)

 ねずみ花火15個分の煙というのは、意外となかなか大した量でさほど広くない廊下はあっという間に視界不良となった。
 花火に追い回されながらも、逃げ出す絶好のチャンス!とばかりに孫権はそっと2人から遠ざろうと、
  
 「ん?」

 したのだが、前に進めない。
 フト見ると、両足にそれぞれ陸遜と甘寧がしがみついていた。
 心霊現象も真っ青の恐怖体験である。  

 「どさくさにまぎれて逃亡とは卑怯ですよ!」

 花火を人に向けてはいけない、という基本的なルールを平気で破る男にもっともらしいことを言われたくない。

 「殿の元へは行かせません」
 「こうなりゃ意地だ」

 どんなみっともない手段だろうが、とにかく孫権との邪魔をしたいらしい。
 もはや、泣く子も黙る呉軍の猛将としてのプライドなどは塵同然である。
 
 「は、離せ、普通に怖いぞお前ら!!」

 恐怖に引きつりながらも孫権が暴れだすと、2人は見事な連携プレーで素早く移動を始めた。     
  
 「ちょ…おい!着物の裾踏むなー!!」

 陸遜は孫権の長い宮廷服の裾を踏みつつ、腰の双剣で固定している。

 「甘寧殿!冠ごと押さえてください!孫権殿のウィークポイントです!」
 「よっしゃ!」

 軍師らしく適切な指示まで出し始めたりして、かなり本気である。
 そのいきなりのチームワークの良さはなんなんだ。

 「離さんかコラ
―――!」
  
 冠を掴まれ、裾を床に貼り付られ。
 前世に何か深い業でもあるのかと省みてしまうほどに情けない状態である。
 2人は知っているのだ。
 孫権が、主のシンボルであるこの装いを何があっても解かないことを。
 冠と着物。
 この二つを押さえておけば、孫権は動けない。

 孫権仲謀、討ち取ったり!!
  
 甘寧と陸遜が勝利を確信したその時。


 「おわっ?」
  
 冠ごと孫権の頭部を押さえていた甘寧が、突如ズルリと支えを失ったよう前へつんのめった。
 長ったらしい裾を踏んづながら、着物を掴んでいた陸遜も同様である。
 バランスを崩し、床へ倒れこんだ彼らの手の中に残ったのは、持ち主が不在となった宮廷服と冠。
 何事かと2人が顔を上げた先には、トラップから抜け出した孫権が毅然と立っていた。  

 正装から脱皮した孫権のいでたちは、簡素な袍のみ。
 いつもは冠で飾られているはずの頭には、当然なにもない。
 引っ張られた拍子でもない。
 脱げた、落ちた、でもない。
 孫権自らの意思で、脱ぎ捨てたのだ。
 これは、2人にとって信じられないことだった。
 今まで長いこと仕えて来たが、孫権のそんな姿は見たことがないのだから。
 いつも堅苦しいほどに整った身なりの、真面目そのものな孫家の次男。
 その彼が、こんな風にいとも簡単に冠を取るとは、想像できなかった。
 床にへたりこんだままのあっけにとられている2人を、見慣れぬ平服に身を包んだ孫権はキッと見据えた。
  
 
「好きな女に会いに行くのに、こんなもの要らんわ!」

 何かを吹っ切っるように、力の限り叫んだその言葉は、どこまでもまっすぐに響いた。
 心までが身軽になったような清々しさが、静かに孫権の胸を満たしてゆく。


 ――――確かに、あの装いは重要な意味を持つものだ。
 だが、あくまでそれは政務をこなす国主として。
 ならば、今は出る幕などない。
 抱え込むのは己の心ひとつで充分だ。
 他の誰でもなく、の前でだけは。
 何の肩書きも持たない、1人のただの男でありたい。


 
  




  
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 その後、孫権は庭で涙目になっていると無事に感動の再会を果たすことが出来た。
 (もしかして殺られてるんじゃないかと本気で心配していたらしい)
 やはり、初めて目にする孫権の軽装を見て、ずいぶんと驚いていたものの
 「そういうのも似合ってます」と何だか嬉しそうには笑ってくれた。
 その一言と笑顔で、またしても孫権が「ウミガメでも分かる」表情になってしまったのは言うまでもない。
  
 ちなみに脱ぎ捨てた冠だが、そのまま腹いせに焼却炉にでも捨てられただろう、という孫権の予想に反し、陸遜達は翌日、笑顔で返却しにやって来た。
 ただやはり、2人の恨みは相当根深いようで、返された冠の中には

 
ひじきがびっちり詰められていた。

 ようやくささやかな幸せを手に入れ、ほんの少し強くなった孫家の次男・孫仲謀。
  彼と陰湿な嫌がらせとの闘いの日々は、これから始まる。  
 






 123456キリバンを踏んでくださった海様に贈ります。