天下の武将・呂布奉先と一身これ肝なり、の趙雲子龍。
 なかなかお目にかかれない
好カードの対戦であるが、今はのんきに観戦できるような状況ではない。  
 しかし、野生動物を大移動させる災害クラスの闘気をみなぎらせるこの2人を、丸腰のがどうして止められよう。
 まあでもこの2人の場合はそう難しいことでもない。
 彼女が泣いたりすれば、勝負など放り投げて駆け寄るだろう。
 実際何もかも投げ出して、劉備軍に降ったのがこの呂布である。
 しかしはまだヒヨッコで、嘘泣きなんてものが出来るほど女として知恵が付いていない。
 というか元々そういう方面に頭が回るタイプではなかった。それが良いか否か定かではないが、ただこの場面だけで言えば不運なことであった。
 誰かを呼ぶにも、ここは山奥。
 この乗馬ビギナーが馬で助けを求めに城についた頃には、2人のどちらかが息絶えているかも知れない。
 それでは遅すぎる。
 こ、こんな時には…?

 ハッ!のろし!

 果たしてそれが最善策なのかは甚だ疑問であるが、はとにかくのろしを上げることにした。
 そこらに落ちている木の枝をかき集め、焚きつけるための乾いた草をのせる。
 あとは火をつけるだけ、という時になって彼女は気付く。
 火ってどうすんの?
 ライターはおろかマッチもない。
 残念ながらこの国は蜀なので、某放火魔もいない(いなくてけっこうだ!)
 考えたあげく、サバイバル生活お約束・木屑に枝をこすり合わせて火をおこそう大作戦を実践にうつす。
 古典的だが、時代がすでに古典なので丁度いいかも知れない。

 やってみた方はわかるだろうが、この方法、そんな簡単に火はおこらないのである。
 野外キャンプ程度の経験しかない、現代っ子も当然苦戦。
 一生懸命に細腕でシャカシャカ枝をこするが、煙すら出ない。

 「いてっ!」

 細かいトゲが、の手のひらに刺さった。

 「っ…見ておれん!!」

 おぼつかない手つきのから枝を取り上げ、おりゃぁ!と言いながら呂布が渾身の力を込めて火をおこし始めた。
  
 「失礼します、少々痛みますが」

 趙雲がの手をとり、さっき刺さった小さなトゲをそっと抜いた。
 あ、ありがとうございます、とは恐縮しながら礼を言った。
 そうこうしているうちに、呂布の手によって見事、火がおきた。

 「この火はどうしたらいいんだ?」
 「そこに枝集めてあるんで…あ、そうそう、そこです」

 は草が燃え尽きて木に火が移ったのを確認し、ハンカチで扇ぎ始めた。
 何をしてるんだ?という呂布の質問に、いぶして煙出すんです、とは答える。

 「殿、私も手伝いましょう」

 懐から布を出し、趙雲も扇ぐ。
 じゃあ俺も、と呂布が加わった。
 彼ら3人の努力が実を結び、ついにのろしは上がる。

 「出来た…」
 「ええ…」
 「…やったな」
  
 のろしの無事完成に、なんだか感慨深げな3名。
 額の汗を笑顔で拭ったりして、”青春ってすばらしい”みたいな感じである。

 「で、これは何の為なんだ?」

 のろしが上がっていくさまを感動のまなざしで眺めているに、呂布は尋ねた。

 「乱闘をとめるための援軍を呼ぼうと思って」
 「どなたの乱闘ですか?」
 「………」

 もう、2人とも戦ってなどいないわけで。

 
「ああーーーーーー!!!そうだったーーーーーーーー!!」

 そうである。
 もっと早く気付くべきだ。

 「来るよ!来るよ!殿が来るよ!」

 劉備は絶対のろしを見ているはずだ。
 そして、先頭を切ってやってくるだろう。
 なぜならば、誰よりヒマだからである。
 いくらなんでも駆けつけてきた君主に、ごめんなさいウッソでーす☆などと言える訳がない。
  
 「も、もう一回戦闘態勢に入ってください2人とも!!軽く闘気も出しながら!!」

 パニクった、かなり無茶なお願い。
  
 「い、いきなりは無理だ!」
 「一度我に返ってしまいましたから…」

 さすがに無双ゲージ空になった今の二人には、さっきのような迫力はない(それが普通だ)
 しかし確実に、のろしで異変を察した城からは援軍がきてしまう。
  
 どうするどうする?!

 3人は顔を見合わせた。






 
 が予想したとおり、退屈していた君主・劉備は愛馬にまたがり、山中を走っていた。
 (その顔はちょっと嬉しそうだったと、配下は語る)
  
 
「何があったーーーー!!?」

 のろしを目印に駆けつけた劉備を待っていたのは。

  
 「呂布様!!死なないで下さいぃぃ!!」
 「傷は浅いですぞ!しっかりしなされ!!」

 横たわった姿勢で、に膝の上に抱えられた呂布の姿。
 その頬を趙雲が打っている。
 予想外の事態に、劉備はなんと声をかけたらいいかわからない。
 劉備に気付いた趙雲は、馬の前まで駆け寄る。

 「殿!よくぞ、いらっしゃって下さいました!り、呂布殿がっ!」

 戸惑いながらも劉備は倒れている呂布に目をやる。
 彼の傍らに一本の矢が落ちているのに気付いた。

 「…矢か?!」
 
「毒矢です!

 間髪入れず趙雲が答える。
 慌てて劉備は馬から飛び降り、矢傷を負った呂布の元へと走った。
  
 「り、呂布!どうした?!大丈夫か?!」

 呼びかける君主の声に、呂布は苦しそうに顔を歪めつつ頷く。

 「は、背後から急に射られたんです!わ、私を庇って…」
  
 の肩が震える。


 笑いをこらえるのに必死で。

  
 呂布が弓で射られたなんて、当然だが嘘っぱちである。
 何か事件でもないと収まりがつかないだろうということで、慌てて3名は一芝居うったのだ。

 ヒヒィーン

 「おお悲しげに鼻を鳴らして…お前も呂布を案じておるのか…」

 劉備は主人を想って鳴いている(ように彼には見える)馬の鼻をなでた。 
 赤兎ナイス効果!
 いいぞ、その調子だ!

 「こ、こんな毒では、俺は殺られん…ゲホッ」
 「呂布!」

 呂布、オスカー俳優も
真っ青の迫真の演技。
 咳き込むというアドリブまで利かせ、更にリアル感を高める。
 「俺は一体何をしてるんだろう」というむなしさを全く感じないわけではないがが膝枕をしてくれているので、なんとか頑張っている彼であった。
 劉備は目を潤ませ、拳に力を込める。

 「く…!許せん、許せんぞ曹操!!」
  
 そ、曹操?

 思いも寄らぬ方向へ展開しそうな雰囲気に焦りつつ、趙雲は殿に進言する。

 「と、殿、まだ曹操軍の仕業とは…」
 「いや!こんな手を使ってくるのはあのチビしかいねぇ!!」

 興奮のあまりお言葉が乱れつつある殿様の様子を見て、背中にタラリと流れる汗を感じた3名。 
 
 やばい、やりすぎた。
 しかし今更言い出せるような状況でもないので、そのまま演技を続けるしかない。
 呂布は苦痛の表情を浮かべ、は悲しげに目を潤ませ、趙雲は悔しそうに樹を殴りつける。
 互いにチラリと「まずい事になった」とアイコンタクトを交わしながら。
 
 「魏を…曹操を討つぞ!!」

 そう叫んで、拳を突き上げる劉備。
 彼と共にやってきた多数の兵達もそれに続き、「オー!」と怒号が山中にこだました。
 今、軍の心はひとつに!蜀の心はひとつに!
 ただし、3名を除いて。

 かくして、完全に盛り上がってしまった劉備軍と、とばっちり曹操軍の激突は決定的になり
 過酷な戦乱の日々が幕を開けるのである。


 打倒・魏軍一色の空気の中、たちは(演技ではなく素で)青ざめながら
 「この真実は墓場まで持って行こう」
 そう硬く心に誓うのであった。


 いやあ、無双って本当にいいもんですね。
  
  
 いくねーよ!