ぐるぐると、目が回る。

 最後にまともな食事をしたのはいつだったか。
 夜露で喉の渇きを癒すのも、もう限界だ。
  
 ふらつく体を支えきれなくなったは、峠にさしかかったあたりで倒れこんだ。
 もう、立ち上がれない。
 おだやかな陽射しと柔らかな風が、地面に突っ伏したの頬を、ただ撫でてゆく。
 こんなに自分が弱っているというのに、おかまいなしに晴れ晴れとしている空模様に無性に腹が立った。
 だがすぐに、怒る気力も失せた。
 そんなことに割けるパワーなど残っているはずもない。

 少しずつ薄れ行く意識の中で、突如フワリと自分の体が宙に浮くのを感じた。
 さっきまで間近だった地面が、どんどん遠のいてゆく。
  
 …召されてる?
 天からのお迎えだと、、はぼんやりとした頭で考えた。
 霞む視界に広がるのは、彼女がさきほど必死で上っていた峠の景色。
 このまま現世からあの世へと運ばれてゆくのだろうか。
 は静かに目を閉じた。
 
 このまま安らかに…さらば人生
 
 …などとと、思った途端。

 「ぐぇっ」

  
 の全身を衝撃を襲った。
 土の固い感触が体に伝わる。
 再び地上へと戻ってきてしまったらしい。
 否、落下したと考えるべきか。
 何がなんだかわかりゃあしないが、今のにはどうにも出来ない。
 なんでもいいが、体が痛い。 

 
 「…なんなんだこれは」
  
 うつ伏せになったままピクリとも動けずにいると、上から声が降ってきた。
  
 「ひ、人のようですが…」
 「馬鹿め、そんなのは見ればわかるわ」
 
 ジャリと甲冑の音が響き、人の気配が近付く。
 力なく地面に突っ伏していた顔を無理やり持ち上げられた。
 閉じたまぶたの上に、陽の光が広がる。 

 「おい、生きてるか?」

 すぐそばで聞こえてくる声に、はやっとの思いで瞳を開く。

 「…お、まだ息があるか。なかなかしぶとい奴だ」

 目の前には、見知らぬ少年の顔があった。
 右目が、眼帯で覆われている。 
 隻眼の子供。
 しかし、残された瞳は幼さを掻き消すほどの威厳に溢れていた。

 「…うむ」

 口の端をわずかに上げ、少年は不敵に微笑んだ。

 『…!!』

 その小さな体のどこにそんな力があるのだろう。
 隻眼の童は倒れていたを軽々と担ぎ上げて、満足そうに歩き出した。

 「今日は面白いものが獲れたな」

 これはヤバい。
 どう見ても堅気の連中なんかではない。
 絶対、このまま売りとばされる。
 女郎部屋の片隅で、気だるそうにキセルを吹かす自分の姿がの脳裏によぎった。
 弱っている割には、想像力がたくましい。
 人間というものは、どんな状況下にあっても瞬時に最悪のシチュエーションを思い描ける悲しい生き物である。
 とにかくは身の危険を大いに感じた。

 「は…離せ、下ろせっ…!」

 米俵のように肩に担がれ、かすれた声と力を振り絞って精一杯暴れてみたが、を抱える腕は緩みもしない。

 「ま、政宗様…私どもがお運びしましょうか?」
 「いらん。触るな」

 ”政宗様”と呼ばれた少年は、オロオロと取り囲む遥か年上の男達をピシャリと一喝した。
 はその名に聞き覚えがあるような気がしたが、思い出すほどの余裕も無く、ただ少年の背を弱々しく叩くだけだった。

 「大人しくしておれ」

 楽しげな声が耳に届いたのを最後に。
 今度こそ本当に、の意識はそこで途切れた。