合図となるドラが会場に響き渡り、ついに試合は開始された。 それを合図に、いっせいに蜀軍兵士の皆々様は得物を構えた参加者をそれぞれ取り囲む。 急遽集められ、縦社会の波に揉まれているのは何も武将達だけではない。 突然の召集をかけられ「馬超伝同様、斬られて来い」などと非道な業務を仰せつかった兵卒らも充分とばっちりを受けていた。 ましてや、休日出勤である。 こんな気の毒ことはない。 各自それぞれのスタート位置で、そんな仕事に忠実な部下を斬り捨ててゆく闘志充分の7名と半ばどうでもいい1名。 7武将分のみなぎる熱気にあてられ、は開始早々から既にやり遂げた気分である。 今回のことを知らされた時必死で断りを入れたのだが、劉備は「五虎大将の紅一点」とシチュエーションに何か心惹かれてしまったらしく、強引に参加させられてしまった(これだから女っ気のない軍は) ああ、どうしていつも流されてしまうのか。 もう少し押しの強い人間にならなければ、と後悔の念にさいなまれるである。 しかし、彼女は理解しているのだろうか。 『この国の人間と対等に渡り合える = 人として大切な何かを失ってしまった』 そんな残酷な方程式が存在するということを。 ************************************************************************ 「うわぉぉぉぉ」 「ぎぃゃぁぁぁぁぁ」 「・・・・・・?」 突如遠くから響いてきた悲鳴らしきものに、馬超は首をかしげた。 試合が開始されてしばらく経った頃のことである。 兵士達のものではない。 妙に聞き覚えのある・・・・この声は参加している誰かが上げているものはないだろうか。 しかしどんなに取り囲まれても、兵士らから攻撃をしかけてくることは有り得ない。 ダメージを受ける原因がないこの状況で悲鳴が上がるとはどういうことだろう。 「向こうは確か・・・黄忠殿と関羽殿と・・・・あと、姜維がいたな」 馬超は一旦手を休め、声のする方向を見遣った。 ボォォンンン!! 「・・・・・・・・・なんだ今の爆発は」 顔を向けた瞬間に鳴り響いた、地雷でも踏んだかと思うような激しい爆音。 突然のことに、馬超がしばし呆気に取られてると背後から伝令兵が駆け寄ってきた。 「申し上げます!参加者番号8番・姜維伯約様、ただいま失格となりました!」 「失格ぅ?!」 まさかと思うが、さっきの爆発音は。 「何をしたんだあいつは?相手の妨害か?」 「いえ、妨害くらいならば問題ないのですが・・・通常使用している槍以外の武器の持込が先ほど発見されまして・・・」 「・・・・その武器とは?」 「はっ・・・虎戦車です」 やっぱりさっきの音は・・・! 「その巻き添えで、関羽将軍と黄忠将軍が瀕死です」 やっぱりさっきの悲鳴は・・・! 「・・それ絶対、姜維単独の犯行じゃないぞ」 彼の背後で暗躍する黒幕の存在を感じる。 裏で糸を引きに引いてる、微笑み夫婦が馬超の脳裏にぼんやりと浮かんだ。 しかしとりあえず、姜維から遠く離れていたことをありがたく思います・・・・と馬超は神に感謝せずにはいられなかった。 内部に敵がいるこの環境、早くどうにかして欲しい。 「だが、これはチャンスだな」 姜維は失格、そして虎戦車の洗礼を受けた関羽と黄忠は瀕死の重傷。 深手を負ってしまった2人には申し訳ないが、この試合圧倒的に有利な展開である。 このままいけば、五虎大将入りは確実だろう。 「よし、正義は勝つ!」 小汚い計算を胸に秘めつつ正義を語った馬超は、猛る思いを抑えられず槍を一閃した。 だが、内部に潜む敵はまだ存在するのである。 「隙あり!」 「げェェっ」 後ろからとてつもない衝撃を受けた馬超は、ヒキガエルのような鳴き声を上げながら地面に倒された。 攻撃されることなど想定していなかったのだから無理もない。 「何す・・・!お前ッ、趙雲!!!」 受身をとりながらすぐさま振り返った馬超を見下ろしていたのは、参加者の1人趙雲子龍である。 「何考えてんだお前!刺さってたぞ槍!俺の鎧にサクッと刺さってたぞこの野郎!!」 同僚のマジ抗議に耳を貸す様子もない趙雲は、脇に転がっている馬超の得物を拾い上げた。 そうして、爽やかさなど露も感じさせない湿った笑みをじんわりと浮かべる。 「油断しすぎですよ、馬超殿」 「あ?」 「伝令兵の口から聞きませんでしたか?妨害は特に問題ないそうです」 そう言うや否や、趙雲は遠く高く、馬超の槍をブン投げた。 泣く子も黙る趙雲将軍の肩はさすがに強いらしく、放られた槍は遥か先まで飛んでゆく。 「趙雲おまっっ・・・!!」 「いい記録が出そうです」 「知るか!」 武器がなければ兵士を討ち取ることが出来ない。 まんまとしてやられた悔しさと手段を選ばない趙雲という男の恐ろしさに歯軋りをしながら、馬超は自分の武器を取り戻すため槍の投げられた方向へと走り始めた。 「どんな状況になっても、全力で相手を倒すのがこの趙雲の戦い!」 「やかましい!覚えてろこの!」 もっともらしく戦の美学を語る敵の姿に、振り返りつつ怒号で応える馬超。 このまま奴の思惑通りにしてたまるか。 走り続けながら、馬超は空に向かって口笛を吹く。 それに応えるように(一体今までどこに潜んでいたのか)一頭の馬が躍り出てきた。 「行け絶影!!あの男の脳天を蹴り飛ばしてやれ!」 ヒヒィーン 「ば、馬超殿!!得物以外の武器は失格となりますよ!!」 「絶影は武器じゃない!友達だ!」 「その友達をけしかけてくるとはどういう・・・!うわっ来るな!!」 背後から聞こえてくる趙雲の雄たけびと何かを踏み潰すような騒音を耳にしながら、馬超はそのまま槍を追って走り続けた。 自分が絶影に乗って槍を取り行った方が早かったのではないか、という哀しい事実には気付く様子も無い。 息を切らした馬超が辿り着いた先は、なにやら人だかりが出来ていた。 しかし、人込み特有の騒がしさは一切無く、水を打ったように静かである。 数居る兵士は誰一人剣を構えることなく、項垂れるに一点を見つめていた。 「・・・ど・・・どうしたんだお前ら」 輪になっていた兵卒達は、馬超の声でいっせい振り向いた。 どの表情も驚愕の色を湛えている。 戸惑う馬超を伺うように見つめ、肩を寄せ合いつつ彼らは徐々に左右へと分かれた。 その人波の中心に現れたのは、大きな塊。 よく見ると、横たわった張飛である。 更によく見ると、背中に何か長細いものが刺さっている。 「…う」 張飛を見事に貫いているのは、馬超の槍だった。 「馬超様……」 「い、いや…これはだな…」 「あんまりです……」 「ち、違うんだ…俺がやったんじゃっ…」 「なんて酷いことを…」 「だから違ッ……おい…た、頼むそんな目で見ないでくれ…!」 非難の視線にがんじがらめとなり、振り絞った絶叫は青い空に消えてゆく。 馬孟起、精神的に戦線離脱。 ************************************************************************ おかしい。 は小太刀を振り回しながら、1人ごちた。 少し前から、取り巻く状況がなんだか妙なのである。 斬っても斬っても、兵士の数が一向に減らない。 休む間もなく吹き飛ばし続けているはずなのだが、なぜか逆に取り囲む兵の数は膨れ上がっている。 確かにこれは討ち取った数を競う勝負であるので、兵の補充が早めになされているのだろうが、それにしたって多すぎないか。 密集しすぎて、もう何が何だかよくわからない。 開始直後はこの1/3くらいだったはずなのに・・と困惑しつつも、は必死で斬りつづけた。 もともと五虎大将入りを望んでいたわけではないのでそれほど懸命に挑まずともよさそうなものだが、そうもいかない事情があった。 手を休めれば、増え続ける兵に埋め尽くされてしまう。 大袈裟ではなく、本気で人込みに溺れそうだ。 ここまでの大人数がの元へ詰め掛ける原因は、ひとつしかなく。 相次ぐ他の参加者の脱落、である。 1人、また1人と勝負から外れてゆく度そこにあてがわれていた兵士はすべて他の武将の持ち場へと流れていくのだが、現段階、参加人数8人の内の1人は完全に失格、他の5人はすでに生ける屍。 割り当てを考えると6人分の兵士を呂布と2人で半分ずつ担当となる。 それだけでも十分手に負えない人数であるが、どうもそれだけではなそうだ。 いまの周りは、確実にそれ以上の兵がひしめいている。 果てが見えない。 泣き出さないだけ褒めてもらいたいものである。 「お前…次の管轄、呂布将軍のとこだろ!なんでこんなとこいるんだよ!!」 「しっ!言うなって!聞こえるだろーが」 「そうやって持ち場守らないから、朱雀様のとこだけ異常に人多いんじゃねーか…狭いっつうの!てめっ…足踏むなって!!」 「だって怖えーんだって呂布将軍…目が血走っちゃってよぅ、もーマジなんたぜ?本気だぜ??さっきも1人、鎖骨折られて担架で運ばれてたし」 「えっ?なに?鎖骨って折れんの?!」 「折れるよ!見たもん俺!!な?嫌だろ?呂布将軍んとこは」 一般兵には一般兵なりに都合というものがあるらしい。 兵数にバラつきがないよう各自それぞれ配属武将が決められているはずだが、呂布ゾーンを申し渡された兵士の2/3はそれを無視して側へと流れていた。 容赦も見境もない武将に吹き飛ばされるのは、いくら仕事とはいえど彼らだってご遠慮願いたい。 特にすっかり戦闘モードに切り替わった呂布など、伝令兵まで討ち取る勢いである(おかげで何一つ伝令が届かない) そこへいくと、の場合(もともと乗り気じゃなかったせいもあり)戦いに心奪われることもなく、兵への手加減も忘れない。 どうせ同じ時給ならば(時給制度らしい)わざわざ危険な現場を選びたくないというのは、当然の人情である。 そんな有様なだけに呂布とはまた異なる事情で、の元には伝令が届かない(人が多すぎる) 全く他の状況を把握できぬまま、増え続ける兵士をただひたすら消化するしかないであった。 誰にとっても過酷であった試練がようやくエンディングを迎えたのは、西の空が茜色に染まりだした頃である。 戦闘を終えた武将たちは、この上ない疲労を背負いつつ今朝集められた場所へと再び集合した。 呂布・馬超・趙雲・・・どの顔も素晴らしく疲れきっている。 もちろんも例外ではなく、終始振り通しだった片腕はもはや限界を迎えており、伸びきったゴムのようなくたびれ加減である。 もう自分の朱雀生命は終ったかもしれない、とは本気で引退を考えた。 「いやいや、ご苦労だったな!色々アクシデントもあったようだが、終わりよければ全てよしだ!」 君主は満足気にねぎらうが、渾身の力で戦った武将たちはもう各自ボロボロである。 一体どのへんを見て、終わりの良さを判断したのだろうか。 だが今の彼らには突っ込む気力すら残されていない。 「…お?その頬のヒヅメの跡はどうしたんだ趙雲?」 「なんでもありません」 「ん?馬超もやけに元気がないな、何かあったか?」 「なんでもありません…」 「そうか、ならいいんだが……それにしても随分と少ないな。姜維は…あ、失格か。雲長はどうした?」 「医務室です」 「黄忠もか?」 「医務室です」 「翼徳は?」 「……い…医務室です」 「………やっぱり何か顔色悪くないか、馬超」 「い、いえっ…本当になんでもありません」 試合中におきてしまった悲劇を、劉備はまだ知らない。 輝きを失いつつある錦馬超に首を傾げつつも、劉備は試合結果の記された書簡を広げる。 「ではとにかく結果発表いくぞ!栄えある第一位…!」 ドラドラドラドラドラ(自分の口で言ってる) 「ジャジャン!4586人討ち取りの!」 当然といえば、当然の結果だろうか。 何の妨害もなく、トラブルも無く、兵のストライキもなく試合をこなせたのはただ1人である。 それにしても、少々討ち取りすぎた。 バグかと思うほどの数である。 「すごいな!お前こそ真の三国無双よ!」 なぜか劉備に首からレイをかけられるなどの間違った祝福を受け、はもう笑しかない。 どういう祝いなんだこれは。 「二位の呂布も素晴らしい結果だぞ、2899討ち取りだ!」 呂布は小さな花のコサージュをつけられていた。 だからその祝いはどういう意味なんだ。 「チッ、まだまだ記録は伸びたはずだ…途中から兵士の数が減らなければ」 「えっ、呂布様のところは逆に減り始めたんですか…?」 「逆というと…お前は増えたのか?不可思議だな」 水面下で兵士の労働事情が渦巻いていたことなど2人は知るまい。 「とりあえず、2人は五虎大将入り決定だな。あ、一位通過のは五虎大将の長だからな」 「えっ、ちょっ……劉備様、ハイッッ!!」 それは困る…!と大いに慌てふためいたは、妙に威勢良く手を挙げた。 関羽様のポジションを自分が奪う形になるとは、恐れ多い上に居心地が悪い。 怒りに触れて髭に絡めとられたらどうしよう。 「なんだ?どうした?」 「はい、あの…私ですね、あのですね、五虎大将は辞退させて頂きたいのですが…」 レイの花をもじもじといじりながら、そう申し出たが、劉備はあっさりと首を振った。 「駄目駄目。優勝しちゃったもん」 「(もんって…)じゃ…じゃあ、それなら…わ、わたし殿の親衛隊がいいな!!」 「え、親衛隊?」 「そう、ほら、魏国の曹操にも典韋とか許チョとか親衛隊っていうのがいるらしいじゃないですか!うちの国でもそれ、やりましょう!」 は額に汗しながら、懸命に口から出任せを言いまくった。 彼女にとって精一杯の「押しの強さ」である。 「…玉座の横に常に控える親衛隊…か…ちょっと…なんかそれ王っぽいな…」 腕を組み、劉備はしばし俯きながらぶつぶつと独り言を唱えていたが、やがて晴れやかに顔を上げた。 「うん、それいいな!!それでいこう!」 フィーリング政策・劉玄徳。 「ならば俺も親衛隊で」 が居ればなんでもいい呂布が、黙っているはずもなかった。 当たり前のように、親衛隊希望である。 「あ、呂布も親衛隊いく?いやあ・・迫力ありそうだな、右に朱雀で左に呂布か…こりゃ本当に天下取れそうだな」 今更「本当に天下が取れそう」とは、じゃあアンタ今までどんなつもりで…と言ってやりたいところだが、そんなことはお構いなしに君主はご満悦気味である。 強そうに見える、というのは彼にとって最も重要なポイントであるらしい。 こうしてあっさり、蜀の親衛隊は結成されてしまった。 「あの、では…五虎大将は…?」 「今までどおりでいいんじゃないか?」 その台詞に、馬超と趙雲は心から安堵の息を吐いた。 どうやら誰一人降格という不名誉な待遇を受けずに済むらしい。 だったらこの戦いはなんの意味があったのかと思わずにはいられないが、劉備いわく終わり良ければすべてよし、である。 「これまでと変わらずこの趙雲、精一杯任を努めさせていただきます」 「同じく、この馬超も誠心誠意尽力致します」 「うむ、お前たちのその気持ち、実に嬉しく思う」 君主にひざまずく若武者2人の背景には、燃える様に赤い夕暮れ。 無駄に青春を感じさせるワンシーンである。 「やっぱり仲間というものはこうでなければな…!」 まんまと感化されたか、劉備は瞳を暑苦しく輝かせて夕焼けに染まった空を指差した。 「ようし!みんなであの夕陽に向かって走ろう!競争だ!」 「えっ…なんで……・待ってください殿!」 「我々はさっきまでの戦闘で体が…!」 「足が…!足の裏が痛い…!」 追いかけっこなんてしてる余裕など微塵も無かったが、止める間もなく劉備が駆け出してしまったので仕方なくたちは追いかけた。 鮮やか過ぎる夕陽が目に眩しい。 城の方からは夕餉の支度か、温かく鼻をくすぐるようないい匂いが漂ってくる。 そういえば、今朝から戦い通しで何も食べていない。 ひもじい。 何か食べたい。 疲れを取りたい。 とにかく横になりたい。 だというのに、何故か全く逆方向へ走らされ、城はどんどんと遠のいてゆく。 誰よりも元気な君主の背中を見つめながら、まさか日が沈むまでえんえん続ける気じゃないだろうな…とは不安を抱かずにはいられないのだった。 武将達をどこまでもボロ雑巾のようにしてくれた今回の一騒動。 様々な被害者を出しつつも五虎大将を巡っての人間関係の歪みは無事回避され、結果的には大団円かも知れない。 だがしかし、馬超と張飛の間に漂う微妙な気まずさまでは拭いきることが出来ず、ギクシャクした関係がしばらく続いたという。 戦乱の世もなかなかどうして、世知辛いようである。 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