「このままってわけにも…いくまいな」 「形式上、あまりよろしくないでしょうね」 「士気にも関わってくるだろうしねェ」 ぬるい麦茶を飲みながら、蜀のトップ・劉備とその参謀・諸葛亮とホウ統は会議室で話し込んでいた。 呂布が蜀へとやってきてからもうずいぶんと経った頃。 最初はとても協調性があるとは思えないアレが果たして軍に馴染むかと不安を囁かれていたが、特に問題を起こすこともなく、彼は劉備軍の武将として真面目に取り組んでいた(むしろ問題を起こすのは他の武将である) やはり朱雀である目当てに降って来ただけあり、彼女には迷惑かけまい心配させまいといういじらしい気持ちが働いているものと思われる。 そんな青春中29歳、呂布奉先の恋の話なんてのは今回どうでもいい。 幹部連中がいま頭を悩ませているのはそんな「誰は誰が好きでー」というお泊り会みたいなことではないのだ(個人的には結構好きだが) 「まずいか…今の『五虎大将with呂布』という状態は」 そう、現在抱えている武将たちの役職の問題である。 いままで蜀は関羽・張飛・趙雲・馬超・黄忠という名だたる5名が5虎大将の務めを果たしていた。 無論実力重視の、いずれ劣らぬ兵どもである。 だが予想外の、呂布の劉備軍入りでこの均衡は崩れた。 「呂布将軍が入ってきた時点で、やはり考えなければなりませんでした」 「いやでもな、呂布のことだから…もしかしてすぐ嫌になってトンズラするかとも思ってたんだが」 「トンズラどころじゃないですよ、今やもう朱雀様にベッタリですよ。出てけって言っても出てきませんよアレは」 三国最強と謳われる呂布のその武力を、今のまま放置しておくのはどうかという声が少しずつだが上がり始めていた。 将軍とは呼ばれているが(もはやあだ名のようなものである)、位置としては魏延や姜維と同じである。 力だけならば天下を取れるほどの男をこのままにしておくのは考えものだ。 「…六虎大将じゃ駄目か?やっぱ」 「ありがたみ薄ッ」 「五だからこそ成り立つってェもんだよ」 「そうだな…語呂も悪いしな…威圧感も足りないよな」 六だ七だとグループ名称(グループ?)と人数構成をコロコロ変えては威厳も何もあったものではない。 腕に覚えのある猛者どもから選りすぐった5名だからこそ、五虎大将などという仰々しい称が与えられたのである。 優れた将の獲得に浮かれてその枠を増やしてしまっては、けっこう軽薄な軍と他国に思われてしまう。 群雄割拠の戦乱の世。 三国同士で繰り広げられる戦…いわゆる規模のデカい喧嘩である。 売られた喧嘩は買う。売られてなくても、時にこっちから売りつける。 喧嘩はガンの飛ばし合い(情報戦)から始まっている。 ナメられたら負けだ。 ハッタリでも何でもいいから、相手をビビらせて「なんかあそこヤバいらしいぜ」と思わせたら、勝負はもらったも同然である。 逆に「なんかあそこ、誰でも五虎大将に入れるらしいぜ」「マジで?ショボくねー?」なんて噂が流れようもんなら勝負は持っていかれたも同然である。 イメージが持つ役割というものは、非常に大きい(少なくとも劉備はそう思っている)(チンピラ気質が抜けてない) 「しかし、皆それぞれ己の武に絶対的な自信があるだろう。命を下して、どの者か1人を降格させるというのは…」 「確実に雰囲気悪くなるねェ」 「ギスギスした音が聞こえてきますよ」 諸葛亮とホウ統がそう相槌を打つと劉備は「うわっ俺、そういうの嫌!」と若者チックでフランクな拒否を示し、机に突っ伏した。 「上からの命令で動くのって、しこり残るよなぁ」 「いいんじゃないですか、別に多少残っても」 「これ根にもたれて内乱とか起こされても嫌じゃないか」 「まるで家臣を信用してないその台詞はアリですか、殿」 都合の悪いことは聞こえないフリの劉備は頬杖をつき、溜息をひとつ吐いた。 自分はなんといっても軍の最高峰に立つ君主なのだから、ブーブー言われようが不満が出ようがズバッと問答無用で采配しても良いのである。 だが、誰を外すか、また外さず呂布の位置を五虎大将の下に据え付けるか、というその肝心な人事の方がまとまらない。 どの者も甲乙つけ難い歴戦の勇士であることは相違なく、その勇猛ぶりは隣国の果てまで轟くほど。 それを更にふるいにかけろというのだから、難儀な話である。 正直言って、何を基準に見極めればいいのか判断がつかない。 「…こういう時は…アレだな!」 「アレですか」 「やっぱりアレかねェ」 3名は顔を見合わせ、確認を取り合うようにゆっくりと頷いた。 「ま、そういうわけでな、ここはひとつ実力勝負ってことで決めることにしたから」 突然呼び出しを食らい広々とした鍛錬所に急遽集まった武将らを前に、劉備は気楽過ぎるにもほどがあるノリでそう申し渡した。 その周辺で、忙しなく動き回る 彼は集められた武将達に「あ、出来れば右の胸のあたりに付けて下さい」などと指導しながら番号札を渡している。 どうせやるんならとことんやろうということで、劉備ら幹部連中は五虎大将争奪祭りを大々的に開催することにしたらしい。 上層部からどのような決定が下っても、きっと彼らは納得がいかぬだろう。 それならばややこしい話し合いなど全て取り払って、それぞれ己の武で奪い合ってもらえば良いのである。 目に見える形で現れる結果は最もわかりやすい基準であろうし、何よりそれがどんな結末であっても劉備たちには責任はない。 一切当方では関知致しません、ということだ。 要するに、上手いこと責任逃れしようという魂胆である。 「これは楽しみですねぇ月英」 「ええ本当に。なんだか血が騒ぎます」 設営された関係者席というテントの奥では、諸葛亮や月英がにこやかに控えていた。 傍目には運動会、もしくは盆踊り大会、といった様相を呈している。 しかし当事者である武将達―――特に、現在五虎大将の任を与えられている5人にとってはそんなノンキなものではない。 「悪いがこの勝負、手加減なしでやらせてもらう」 「それは私も同じこと…命を賭して戦わせて頂きます」 「ふ…趙雲、言うではないか。拙者とて、この髭を賭して挑もうぞ」 「いや別に髭は…」 彼らの武勇に関してのプライドは、倒してきた敵の数だけ高くそびえたっている。 勝負に負ければ、即降格。 元・五虎大将なんていう不名誉な肩書きがむなしく降り注ぐことだろう。 そんなことは耐えられない。 戦場で威勢良く一騎打ちを申し込んだ際、相手が半笑いだったらどうしたらいいのか。 あまつさえ他国の将から「お前五虎落ちしたらしいじゃん」なんて鼻であしらわれた日には、あまりの屈辱に憤死しそうだ。 「ルールは単純に兵士を倒した数が多い奴が勝ちだ。ほら、懐かしい馬超伝と同じ同じ」 な?とニッコリ微笑んだ劉備に肩を叩かれ、馬超は顔が引きつった。 その当時は仲間に認めてもらえるかどうかという、汗臭くも爽やかな戦いだったが、今は比べ物にならないえらいプレッシャーが襲い掛かってくる。 あの時以上に、負けられない。 「じゃ、エントリーナンバー1番、関雲長!」 「うむ」 手にした選手名簿と付けられた番号札を確認しながら劉備は声高らかに呼び上げた。 何故か楽しげである。 こう手のイベントは盛り上がってしまうタイプらしい。 次々とエントリーされた武将が読み上げられ、6番の呂布の紹介まで済んだのだが何故かそこでは終らなかった。 「エントリーナンバー7番、!」 「…はい」 えっ? 呂布の横に隠れるように、ひっそりとが並んでいた。 その姿は実に物憂げで、俯き加減の姿勢がやけに悲しい。 「な、なぜ殿が?!」 役職消失の危機でいっぱいいっぱいになっていた5名は、それまでまるで彼女の存在に気付いていなかった。 5個の空席を6名で奪い合うものだと思い込んでいたので、本気で驚いている。 「せっかくだしと思って、もエントリーしちゃったよアッハッハッハー!こういうのって人数が多いほうが楽しいだろ?」 いや、そんな、ホームパーティーじゃないんだから…! 人数多いほうが…楽しくない、絶対楽しくない。 むしろ上げないで競争率。 「あの…私、五虎大将とか特に求めてないんですけど」 そんな武将達の気持ちを汲んでか、はたまた本気で迷惑なのか、は物凄く申し訳なさそうに手を挙げてそう言った。 「もう、殿は本当に控えめですね。遠慮なんかしちゃ駄目ですよ、僕だってホラ!」 姜維は清々しく微笑みかけ、自分の右胸を指差した。 まぶしい緑の衣に結いつけられた『番号札8』 「エントリーナンバー8番、姜伯約です!力一杯頑張ります!」 お前も出るのかよ…!! 「殿、姜維まで…参加させたんですか…」 「んーは私が勝手に組み込んだんだが、姜維は自ら申し込んできたんだよなぁ」 爽やかな笑顔を浮かべながらも、虎視眈々と五虎大将の座を狙っていたわけである。 そんな野望を抱く若造を参加させるのもどうかとは思うが、人数が多ければ落ちる人数も自動的に多くなるわけで、1人脱落するより3人脱落するほうが精神的ダメージが軽減するのではないかという、劉備なりの配慮がそこにはあった。 余計なお世話ともいう。 「ちょっと憧れてたんですよ、五虎大将」 「お前はすでに裏五虎大将なんだからいいだろうが!!」 張り切って槍を突き上げる姜維に声を荒げた馬超は、そのまま関係者席を見やった。 諸葛亮、月英、ホウ統。 そして、目の前で仕切り倒している君主の姿。 これに姜維を加えて、蜀の後ろ暗さ担当・裏五虎大将。 表の五虎大将なんか比べ物にならないくらい恐ろしい集団である。 自分達は武勇で敵に恐怖を刻み込むが、彼らは別の方向性でトラウマ級の畏怖を植えつける。 味方といえど油断できないあたりが更に怖い。 「別に俺は五虎大将なんぞに興味無いんだがな」 周囲の騒がしさにやれやれといった感じで、得物を地に突き刺した呂布は隣に目を落とした。 自分の遥か下方に俯いている少女の後頭部が見える。 注がれた視線に気付いたか、この状況にすっかり弱り果てているであろう彼女は顔を上げて、困ったように微笑んだ。 それだけで呂布の心臓は景気よく音を立てる。 彼の興味が向けられるのはそう、ただ一つ。 という娘の存在のみである。 彼女と一緒いられれば、立場も役職も呂布にとって重要ではない。 そんなものに固執しているようならば、最初から劉備軍に投降したりはしないだろう。 呂布奉先、愛…ひとすじに。(一方的ながらも) 「でも呂布な、もお前も…2人とも五虎大将入りしたら、」 あまり覇気が感じられない呂布を見咎め、劉備はそっと耳打ちする。 「一緒に過ごす時間が増えるかも知れんぞ」 一瞬、呂布の触覚がピンッと伸びた。 「この俺の武…存分に味わうがいい!」 呂布の本気に火が付いた。 先ほどとはうって変わって、やる気満々である。 しかし自分だけ張り切っても、あまり意味が無いことに気付かない呂布。 肝心なに五虎大将入りする気がさほどないことは計算に入れていない。 豪傑オーラを全身でみなぎらせ始めた呂布の姿に、劉備は1人満足そうに頷いた。 「うん、やっぱりみんな本気でやらなきゃ勝負とはいえないからな」 余計なことを。 |
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