あーあの人も嫌そうな顔…


傘を手に敵将・馬謖の元へと近付くは、相手の反応に小さく溜息を吐いた。
とてもこれから剣を交えようとする雰囲気ではない。
呆気に取られたような、気まずいものを見てしまったような。  
明らかに、ひいちゃってる表情だ。
「季節の変わり目だしな」などと囁き、不審がっていることは間違いないだろう。  
本日、出陣してからというもの…ずっとこうである。
行く先々で達はイロモノ扱いの視線を周囲から向けられていた。
相対する敵からはもちろん、自軍の兵士達からさえも。
  
「味方が苦戦中」という伝令を受けたので援軍として駆けつけても、

「お待ち申して…!……うわぁ…

すっごく微妙なメッセージで迎えられてしまう。

…それも仕方ないか
  
戦場に傘を差して現れるだけでも異様なのに、更にそれが相合傘、ときた。
しかも、蝶。
「何あれ」と言われてもしょうがない。やってるこっちが「何これ」と思ってるくらいだ。
は遠い目をしつつ、今朝の軍議を思い返した。
      
     
「…えっ?何なに?な、なんですか」
     「よぉしコンビ決定!!&張コウ!!」←曹操
     「待てコラァ!!誰が許すかそんなもん!!」←夏候惇  
     「そんな羨ま…いや、武人として反対でござる!!」←除晃
     「い、いかん!!相合傘など断じて認めぬぞ!!」←司馬懿(涙目)
     「と私の相合傘…!美しい!!」←張コウ(言いながらダンス)


朝の忙しいさなか、一同納得してない(張コウ以外)にも関わらず軍議は強制終了。 
なんだかわからないまま、は「張コウお召し物護衛係」にされてしまった。

雨よ、一秒でも早くあがれ!!

は唇をかみしめ天に祈ったが、願いもむなしく、雨足は激しくなる一方で止む気配は全くみられない。
  
「醜い布陣を敷き、無様に敗走への道を突き進む蜀軍・馬謖!!いざ、尋常に勝負です!」
  
精神的に疲労を感じているをよそに、張コウは「自分が最も美しく見える顔の角度」を意識しつつ馬謖と対峙する。
勘弁して欲しいほどにノリノリの彼だが、対戦相手に選ばれてしまった馬謖の方はそうではないようだ。
一騎打ちを挑むどころか、完全に逃げ腰である。
しかもよくよく見ると、半泣きだ。

「…張コウ様、この人ちょっと泣いてますけど…」

彼の怯えたような瞳が、妙に悲しい。
追い詰められた小鹿のような馬謖の様子を目の前にし、は何だか気の毒に思った。
  
「美しくありませんねぇ。潔く散ってこそ真の武将ですよ」

軽く肩をすくませ、外人の「オゥ!ポーズ」な張コウ。
その仕草にかなりムカついたのだろう、馬謖は声を震わせつつ噛み付いた。

「せ、戦場で相合傘の奴に説教などされたくないわ!!」

まったくその通りである。
返す言葉もない。

「美しければ良いのです!それが全てです!」

そんなことはないだろう、と横では思ったが傘をさしかけちゃってる身ではそんな事言えやしない。
張コウは爪を馬謖に向け、今にも飛び掛らんと戦闘態勢に入る。
も彼の動きに遅れをとらぬよう身構えた、その時。

「張コウ様!」
  
背後に不穏な気配を感じ取り、は張コウをの腕をつかんで真横へと飛んだ。
2人のギリギリ左側を光線らしきものがかすっていく。

 
ドーン
  

正面に立っていたはずの馬謖が清々しいまでに吹っ飛んだ。
2人が避けたことで、不幸にも彼は全身で受け止めてしまったらしい。
こういうのは、討ち取ったことになるのだろうか。
馬謖の華々しい最期(死んでない)を見届けた後、が慌てて振り向くと
白装束を身にまとったいかにも怪しげな男が立っていた。
  
「これはこれは…諸葛亮軍師ではないですか」
「ええ、初にお目にかかります。魏将、張コウ将軍」

物音もたてずに後ろからいきなりビームをぶっ放しておいて、涼しい顔でご挨拶。
  
「随分と苦戦していたようですので、私が直々に援軍として参りましたが…」
  
羽扇から瞳だけを覗かせ、諸葛亮、チラリと視線を2人へと投げる。

「どうなさったんですか、その相合傘。恋はからくり夢芝居ですか」

プフーと馬鹿にしたように、半笑いである。
確かにお世辞にも凛々しいとは言えない2人のいでたちだが、フカフカな綿毛帽子野郎に言われたくはない。
 
「さて、弟子の馬謖を救出させて頂きますよ」

その諸葛亮の言葉に、は一瞬耳を疑った。

「…あの、もうその方は…」 

おずおずとが口を挟むと、諸葛亮はハッと目を見開いた。

「まさかもう、張コウ将軍が馬謖を・・・」
「いえ、さっきあなたが!!」

ビームで撃ち抜いてたじゃないですか。
  
「…さっき飛んでいった物体は馬謖だったのですか?」
  
言葉もなく張コウとが揃って頷くと、諸葛亮はクッと目頭を押さえた。

「すまない馬謖…どうやら間に合わなかったようです」

間に合うも何も、 ビームを食らわせたのは他でもないお前だ。
さりげなく責任逃れをしようとする姿勢は流石である。
 嘆き悲しむフリをする諸葛亮を眺め「おお、これが”泣いて馬謖を切る”かあ」とは変に感心していた。
内容が全く違う上に、明らかに事故であるが。
とりあえず諸葛亮の安っぽい演技を見守っていた二人の元へ、焦ったように伝令兵が馬で駆け寄ってきた。

「伝令!突如敵将の趙雲が現れ、本陣苦戦中!!」
「げ!」

こんなとこでノンキに蜀軍コントを見てる場合ではない。
(自分達も充分コントだということには、あえて触れない)
泣き真似諸葛亮へ視線を向ければ、あの野郎…こともあろうに口の端がニヤリと歪んでいるではないか。
足止めされてた!こんなヘッポコ芝居に!

「張コウ様!この軍師は放っといて、至急本陣へ戻りましょう!」

傘を投げ出さんばかりに慌てるとは対照的に、張コウは実に悠然と構えている。
  
「まぁそんなに急がないで。殿も大事ですが、この衣装を濡らさないことも大事な美学ですから」

とんでもない美学である。曹操は二の次か。
  
「そんな悠長な…!」

張コウにとっては二の次かも知れないが、にとっては殿の御身の方が大事だ。
相合傘で気を遣いながら本陣まで戻ってる猶予などない。
今すぐ戻るんだ、即戻るんだ、と騒ぐの腕を張コウは掴む。
  
「じゃあ、こうしましょう」

そして張コウは実に美しくニッコリと微笑んだ。




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「援軍は来ぬのか!」

顔を引きつらせ、司馬懿は曹操に群がる敵兵士を必死で吹っ飛ばしていた。
しかし、片付けても片付けても士気の高い趙雲隊の攻撃は止むことがない。

これ以上は抑え切れんぞ…!!

1人で殿を守ることに限界を感じ始めたとき、北の方角から聞きなれた声が司馬懿の耳に入った。

「お待たせいたしましたー!」
  
変態に助けを乞うのも癪だが、贅沢を言っている状況ではない。
張コウが来た、ということはも同時に援軍としてやって来たということだ。
相合傘はかなり腹立たしいが、司馬懿は胸を撫で下ろし「待ちかねたぞ!」と声をかけるつもりで振り向いた。
が、次の瞬間、予想外の光景に司馬懿の表情は凍りついた。

「…誰がそんなことまで許可したか―――!!!」

傘を持ったが張コウの肩の上に乗せられている。
(憎たらしくも)相合傘で出陣して行ったはずが、なぜ今
「肩車」で戻ってくるのだ。
怒りの司馬懿、
バイオレット毒光線乱射。
殺る気マンマンで飛んできたそれを張コウは華麗にかわしつつ、上で小さくなっているを見上げた。

「これが一番無駄のない移動手段だったのですよー。ねぇ?」

ねぇ、と言われても。
とても素直に頷けない。
は恥ずかしさに耐え切れず、顔を伏せた。
  
「フッフッフ、の照れ屋サーン!」

張コウは見当違いな台詞を吐き、自分の胸元にぶら下がっているの足首を突付いた。

「勝手に足を触るなー!!」

張コウのモノでもないが、別にアンタの女でもないだろう、という理屈は司馬懿に通用しない。
今の彼は戦場での苦戦と嫉妬での興奮で、頭に血が上りすぎている。
あたり全てが
紫色に染まるほどに撃ちまくられた司馬懿ビーム。
毒々しい色が空気中に散らばり、実に禍々しい眺めである。
そんな混乱の中、無差別に放たれた凶器にたまたまクリーンヒットした趙雲が
「殿の御為、ここで倒れるわけにはいかぬ…」
とか何とか呟きつつ退いて行ったが、そんなことには一切気付かない魏陣営である。

蜀が去っても未だ繰り広げられている本陣での攻防戦の中、趙雲にゲージを減らされて瀕死の曹操は1人戦場で突っ伏していた。
総大将だというのに、誰からも手を差し伸べてもらえない。
それどころか、熱くなっている司馬懿に時々踏んづけられたりしている。  
雨を全身で感じながら、次の戦からは雨ガッパを全員に配布しようと考える魏の君主であった。
まだ当分、雨は止みそうもない。





 35000キリリクして頂いた湖都様と(張コウ好きな)妹さんに捧げます。