「お望み通り席替えいたしましたよ」
「ええ、替えて頂きました…確かに替えて頂きましたけど…」








    席替え後座席図











「…だからなんだっていうんですかー!」

が隣にならなければ、席替えをしてもらった意味がない。むしろ空席だった隣が呪い師になったぶん、余計居心地の悪い状況になった。

「さっきから文句が多すぎるぞ貴様」
「こちらだって好きでケチつけてるわけじゃありませんよ」

拳を叩きつけられ、卓はミシリと悲しげな音を立てた。
華奢に見えるが、内に秘められたパワーは相当なものらしい。

「フン、信用できない奴を近づけられんのは当たり前だろう。何をされるか分からんからな」
「そんな愛らしい方に私が何かするわけないでしょう」

諸葛亮の向こうに見えていた彼女の頬が、サッと赤く染まったのがわかった。言葉ひとつひとつに対する素直で誠実な反応がとても可愛いと陸遜は思った。
しかし不幸なことに、もう1人言葉に過剰に反応してしまった者がその場に存在するのである。

あ、あ、あ、ああああ愛らしいだと…?!貴様なにをぬけぬけと……!」

自分の女を目の前で口説かれたような(まあ呂布のものではないのだが)腹立たしさが体中をかけめぐり、呂布の眉は激しく吊り上がった。胸倉を掴まずにいられたのが不思議なくらいだ。

「愛らしいから愛らしい、と正直に述べたまでです。愛らしくてその上とても素直でいらっしゃる。だからこそお気の毒でなりません、よくもこんな野蛮な環境に置けたものですね」

挑戦的な口調の中に蠢く、ほのかなへの恋心
―――最初に感じた嫌な予感の正体はこれか
同類特有の鋭い嗅覚でそれを察知した呂布の顔に、苦虫を噛み潰したような表情が広がった。

「死にたいか小僧」
「まさか。死なせてやりたいとは思ってますが」
「同盟結んでなければ今頃真っ二つにしていたところを……救われたな」
「ハッ。救われたのはどちらですかね、同盟中でなければ今頃お宅は全焼ですよ

出来ることなら今すぐにでも、繰り出すたび屍の山を築き上げる自慢のチャージ2をガッシャガッシャと食らわせてやりたいと呂布は思った。
しかし陸遜もまた、人目がなければこのウドの大木の額にでも得意の火矢をぶちこんでやりたいと強く願っていた。彼が今まで我慢して被っていた大きな猫も、この攻防戦でそろそろ綻び始めていたのだ。

「しょ、諸葛亮様……なんか雲行きが怪しくなってきましたよ…」

再び戟を握り締めた呂布の手が視界に入り、は思わず青ざめる。
袖口を引っ張られた諸葛亮はそうですねぇとなんともノンキに呟きながら、殺気みなぎる凸凹コンビにチラと目線を走らせた。

「では、とりあえず…」






   また席替えしてみた









なんでだ―――!!


流石に今度は陸遜ばかりでなく呂布も一緒に声を荒げた。

「なんだこのあからさまな距離感は!」

諸葛亮はどちらの猛者とも目を合わせようとしない。

「陸遜殿が不満そうでしたので再度席替えを…」
「席替えのレベルじゃありませんよ!すでに別テーブル客みたいなことになってるじゃないですか!」
「まあまあこちらは気にせず、ま、あとは若い人同士で…(片方若くないけど)」

見合いの世話役のような台詞を口にしながら、伏龍は音もなく腰を上げた。

「エキサイトするのは結構ですが、くれぐれも朱雀殿に害が及ばない程度にして下さいよ。さあ朱雀殿、私の後ろに」
「えっ…諸葛亮様、もしかして守って下さってるんですか」

心底意外そうに目を丸くするに、私だって護衛の1人のつもりですよと諸葛亮は微笑んだ。
いつも通り胡散臭さが拭いきれぬ笑顔ではあるが、危ない時1人で馬乗って逃げたり適当な作戦で敵軍に突っ込まされたりなど、普段軍師の薄情さが身にしみている分だけ、この場での誠実な態度には少し感動した。
今が特別どうというより、普段の彼があまりにも怠慢なだけに過ぎないのだが。
たまに活躍する程度でグンと株が上がるのだから、ずいぶんと得な役回りである。
しかし身を呈して姫を守るのは自分の任務と信じている触覚の生えた騎士が、それを黙って許すはずもない。

「おい何してる、それは俺の役目だ!」

今にもこちらに突っ込んでくるかという勢いだが、諸葛亮はたじろぎもせず、司令官のように羽扇をまっすぐ呂布へと差し向けた。

「いいえ、貴方の今の役目は……悪の結社・ソンゴーが送り込んできた怪人をそこで食い止めることです!」
「エッ」

仰天したのは呂布ではなく陸遜である。
突然ソンゴーの怪人という思ってもみないキャストを振られ、彼にしては珍しく声が裏返ってしまった。

「呂布殿が踏ん張らなければ、朱雀殿はその怪人にソンゴーへと連れ去れてしまいますよ!彼女を守るのは他でもない…あなたです!」
「お、俺が……?」

なにか身に覚えのない壮大なストーリーが始まろうとしている。なんの前置きも脈絡もなく。
ソンゴーって孫呉?怪人って陸遜様?
芝居がかった口調でもっともらしく語る諸葛亮の背を見つめながら、大きく膨らみはじめるどうでもいい世界観には戦慄を覚えた。
作戦なのか。それともただの思いつきなのか。これまでの経験上、後者である可能性が濃厚すぎて尋ねることすら怖い。

「よし…怪人はこの俺に任せろ!逃げろ!」
「な…!あなた破滅的に馬鹿じゃないですか!どこをどう聞けば今のでまかせを信じる気になるんですか!大体見た目から考えても怪人に相当するのは私じゃなくてそっちの方…って、朱雀様どちらへ!まだお話したいことが…」
には指一本触れさせんぞ!」
「ちょっ、ちょっと、離して下さ……ああ本当にッ………こんのッ…離せっていってんだろうが!

一気に賑わい(と言っていいものかどうか)を見せ始めた別テーブル客を横目に、諸葛亮は呆然とするの手を引いてそのまま部屋から姿を消した。「ご安心を、姫は私が身命を賭してお守りしますゆえ…!」と最高に嘘くさい棒読みの台詞を吐き捨てながら。
閉じた扉の向こうから何が起きているのか想像もしたくないような轟音が鳴り響き、この同盟は近々破綻するとは確信した。


その後2人の間でどのような決着がついたのかは知らぬが、怪人を退けた旨を報告しにの前へ現れたところをみるととりあえず命を落とさずには済んだようである。
ただ、その時の呂布の有様はひどいもので(火事場から焼け出されたようなこんがり加減)彼女たちが避難した後に繰り広げられた戦闘がいかにえげつないものであったかを如実に物語っていた。
いいか。万が一あの小僧から密書がきたらすぐ破り捨てろ。
そう言って呂布は忌々しげに手の中の赤い帽子を握りつぶした。


「陸遜…これはなんだ…」
「戦利品です」

ズタボロの身なりで帰国した陸遜から、朱雀の報告とともに引きちぎられた謎の触覚を献上された周瑜は大いに困惑した。
戦利品だといわれても一体誰のものなのか。蜀に触覚の装飾の武将などが存在しただろうか。そもそも面会のみで赴いたはずが何故ファイトする展開になってしまったのか。
「手強い警備員でした」という部下の謎の言葉で更に混乱した周瑜はまたしても血を吐き、再び床に伏せってしまったという。
朱雀のちょっとしたプライベート情報というどうでもいいアイテムと引き換えに国の中枢ともいえる軍師を失った(死んでない)呉国。豪邸一軒分の金で犬小屋購入するかのような大らか過ぎる大赤字取引は、今後国内で物議をかもすことになるかも知れない。

ねじれてゆく両国の友好関係に、光あらんことを。




444444キリバンで呂布VS陸遜をリクエストして下さったサヤ様にお贈りいたします。