2.エームス・ショック
今回はちょっと脱線して食べるものに関してです。「はじめに」で、「農産物に対する化学農薬絶対反対」を唱える人たちの「正気」を疑うということを書きましたが、その一端がこれです。
・化学農薬よりスゴイもの
「買ってはいけない」の著者の中には、野菜は自分が所有する農園でとれる無農薬野菜ばっかり食べ、水は谷川岳(だったかな?)の自然水だけなどという金に飽かせた贅沢な暮らしをしてるお方が混じってました。(そいえば誰かが「環境貴族」とか「エコ貴族」とかいって揶揄してましたね。そんな贅沢できる「資金源」についてもスルドいツッコミが入ってましたっけ(^◇^;)
ところで、このお方が一日に摂取される「農薬」の量、特に発ガン物質の量ってどのくらいだと思いますか?そんな贅沢してるんだからほとんどゼロだろうって? と〜んでもございません。実は腰をヌカすほどの量なのです。 おそらく「1g」をかる〜く越えているはずです。すごい量でしょ?実感わきませんか?あとで比較しますのでちょっと待っててね。
でも、無農薬野菜ばっかり食っててこんなにスゴイなら、普通のスーパーで売ってる野菜ばかり食べてる我々一般庶民は、いったいどんなに多くの「農薬」を摂っているのか不安ですか?でも ご安心ください、我々庶民の農薬摂取量(特に発ガン物質)は、おそらくこの貴族サマより確実に少ないはずですから。 そのトリックはこうです...
・植物は農薬工場
そもそも、植物とは誰のためにあるのでしょうか? 人間のためでしょうか?それとも草食昆虫やほかの動物のためでしょうか? 宗教論争なら話は別ですが、科学的な見地からはやはりどちらでもないと考えるのが妥当でしょう。 例えばドクガの幼虫は毒針をもっていますが、かれらはなんのためにそうしているかと考えると、ほかの動物に食われないように防衛目的でそのようになったと考えらるのが普通だと思います。
昆虫と同じく、生き物である植物も、食われて絶滅してしまう事態から免れるためにはなんらかの防衛手段が必要です。このために、進化の段階で種々の自衛システムが発達してきたと考えられています。 動物の場合は、文字通り「動ける」ので、自衛の手段として「毒」を選択した種が特に多いとはいえないのでしょうが、植物の場合は身動きできず逃げようがないので、「化学兵器」による自己防衛システムが発達しました。
植物が使用する「兵器」にはフラボノイド、アルカロイド、植物性エクソダイン(脱皮ホルモンもどき)、グルコシノレート、青酸配糖体、テルペン類、有毒タンパク質などなど、あげればきりがなく非常に多彩です。 ただ、これらが草食動物や草食昆虫への防衛システムとして機能しているだけならいいのですが、自然は正しい意味で「平等」ですから、植物を食べる人間だってタダじゃすまないのは当たり前です。
この化学兵器のうち、とくに効果の点から人間によって選ばれたものがいわゆる「自然農薬」となっており、そのなかからさらに詳細に検討されたものの中にはロテノン(現在は使われてない)、ピレトリン、ニコチンなど実用的な農薬になるものも出てくるわけです。
もうお分かりでしょう。この植物の自己防衛システムに使用される「天然の農薬」ともいうべき有毒物質が、野菜を食べることによって一日あたり1.5g(米国の場合)も摂取されていると計算されているのです。この事実はカリフォルニア大学バークレイ校のBruce N. Amesによって指摘されました。当時はだいぶショックだったようで、「エームス・ショック」と言われています。
我々の祖先が長い時間をかけて築き上げた農耕文明は、品種改良(選抜)の歴史でもありました。それは、より多くの収穫を生む品種の選択であると同時に、より毒性の少ない品種への改良・選別がその目的であったことを忘れてはなりませんが、その歴史の選択をパスした野菜たちでさえも、まだこれだけの天然農薬を含有しているのです。
しかも現在用いられている発ガン性の確認手法で調べると、これら化学兵器の多くが発ガン性ありと認定されると考えられています。下表がそれらのうち、動物実験で発ガン性が認められたもののホンの一例です。 食用植物にしてこれですから...
化合物 含有する植物 含有量(ppm)5-または8-メトキシプソラーレン
パセリ 14 〃 セロリ 0.8〜25(ストレス付与時) シニグリン(アリルイソチオシアネート) キャベツ 35〜590 〃 カラシ(褐色) 16,000〜72,000 〃 芽キャベツ 110〜1,560 リモネン オレンジジュース 31 〃 黒コショウ 8,000 酢酸ベンジル ジャスミン茶 230 カフェー酸 リンゴ、ニンジン、レタスなど 50〜200 クロロゲン酸 コーヒー(焙煎豆) 21,600Source: B.N.Ames, et.al.: Proc.Natl. Acad. Sci. USA, 87,7777 (1990)
一方、化学農薬で栽培されている普通の野菜に残留している合成農薬の量はどれほどのものでしょうか。どちらかというと農薬を悪者にしたがっている編集方針が見て取れる「農薬毒性の事典」から引用すれば、きっと「高め」の値が得られるでしょう。果実の場合を見てみると、下表のようでした。なお、ほかの文献で野菜に関してみてみると、ごくわずかの不正使用の例を除き、「検出せず」というのが普通のようでした。
農作物 農薬残留量(ppm)
果肉 果皮 モモ MPP <0.003 0.02〜0.09 CYP 0.004〜0.014 4.8〜27.0 CYAP 0.01〜0.017 0.22〜4.22 TPN 0.07〜0.35 27〜140(洗浄除去率90%) モノックス 0.04〜0.06 0.96〜2.44 ベノミル 0.20〜0.40 6.6〜10.1 リンゴ ケルセン 0.01〜0.09 0.72〜4.02Source: 植物防疫 32, 92 (1978)
いかがですか、残留農薬は植物本来の天然農薬に比べて桁違いに少ないことが分かりますが、食品中に残留してる化学農薬は、先に挙げた天然農薬「1.5g」の、ナンと1万分の1といわれています。おまけに現在の化学農薬は、選択毒性(化学殺虫剤の項参照)について考慮されているものが多いので、実質的な毒性効果は単純な量による比較以上にひらいているかも知れません。
さらに、化学農薬を使用していると、野菜は害虫の攻撃に対抗する防衛システムをフルに稼働する必要がありませんから、「兵器」の合成をサボります。つまり化学農薬によって外敵からのストレスが軽減された環境で栽培されている野菜が含有する「化学兵器」の量は、必死に害虫たちと対抗しなければならない無農薬栽培野菜のそれより少なくなると考えるのが自然です。これが、庶民の方が「貴族サマ」よりも農薬摂取量が少ないはずだという理由です。
でも、数字ばかりではピンとこないですね、では天然農薬による問題の具体例を二つばかり挙げてみましょう。
アブラナ科の植物に含まれるグルコシノレート(カラシ油配糖体)は、ワサビや大根おろしの辛みのモトですが、これのおかげで、大根やキャベツにはアオムシくらいしかつきません。多くの害虫が忌避します。
このグルコシノレートのあるものを摂りすぎると甲状腺の機能低下や腫瘍の発生がおきることが古くから知られているそうで、キャベツやケールを摂りすぎて、さらにヨードの摂取量が不足すると問題となるようです。
また、グルコシノレートが加水分解して出来る物質は、腎臓や肝臓障害を引き起こしますが、このような加水分解は植物が障害を受けたときに進行します。つまり害虫に食われてダメージを受けた無農薬キャベツは化学農薬で守られた無傷のキャベツよりヤバイということにもなるのです。
また、セリ科の植物に多く含まれるフラノクマリン類は多様な毒性を示します。代表的なのは光増感作用です。これを食べたり皮膚から吸収したあとで太陽光に当たると皮膚にはやけどのような炎症を生じ、視力を失います。致死的に作用する場合は心臓麻痺を起こします。セリ科植物を食草とするキアゲハの幼虫は、このフラノクマリンを分解無毒化する能力を有しているため、餌場を独占できますが、人間はそうではありません。
例えば、障害を受けたセロリに含まれるフラノクマリン濃度は、ときに危険なレベルまで上昇することがあるそうで、栽培中や冷蔵保存中に菌核病にかかったセロリに接触したあとで日に当たると、やけどすることが人体実験で確かめられているそうです。
いかがですか? 「農薬がかかってて虫も食わない野菜なんてコワくて食えたもんじゃない!」などというセリフが、無農薬野菜礼賛者から聞かれることがありますが、これがなんの根拠もない思いこみだということがお分かりいただけたでしょうか。正解は「無農薬なのに虫が付かないほど丈夫な野菜には、いったいなにが含まれてるんだ?ヤバイぞ」...です、たぶん ヾ(^^;)
・野菜を食べるとガンになる?
結局、発ガン物質としての量からだけみれば、大量の自然発ガン物質に極微量の合成発ガン物質を加えても、自己防衛能力の強力な無農薬野菜の発ガン物質総量には及ばないと考えられるのです。
なら、なんで無農薬野菜食べ続けてもガンにならないんだ? と思いますよね。
ご存じのように、適量の野菜を摂ることは、発ガンの抑制につながるということは確立した考えのようです。これは野菜に含まれているビタミンやカロチノイド、ミネラルあるいは食物繊維が、抗酸化作用や発ガン物質の排出作用を発揮して発ガンを抑制するということのようですが、そのメリットのほうが、天然農薬の影響よりも大きいということが、その理由なんだろうと思われます。
しかし実際には、食べ物による発ガンリスクって、我々シロウトが考えるほどひくいものじゃありません。下の表を見てください。
これは、ガンの原因についての、一般主婦とガンの原因追及のプロである疫学者の考え方の違いに関するもので、雑誌「暮らしの手帳」1990年4・5号に掲載されたものです。
ガンの原因と思うもの 主婦の考え(%) ガンの疫学者の考え(%)食品添加物
43.5 1 農薬 24 0 タバコ 11.5 30 大気汚染・公害 9 2 おこげ 4 0 ウイルス 1 10 普通の食べ物 0 35 性生活・出産 0 7 職業 0 4 アルコール 0 3 放射能・紫外線 0 3 医薬品 0 1 工業生産物 0 1なんと主婦の24%が、農薬はガンの原因だと考えている一方、プロの疫学者でそう考えている人はゼロです。そもそも、専門家は化学農薬を、発ガンの犯人として認めてないようです。また、普通の食べ物がガンの原因だと考える主婦はいませんが、疫学者は最大の原因と考えています。そのコワさは悪名高きタバコなみなのです。
普通の食べ物が一定の危険性を持っているということの中には、肉や脂肪の多食、漬け物、塩辛いもの、薫製などによるもの、あるいは、カビ毒、消化管内での発ガン物質発生などが主で、アルコールの影響も含まれていると思います。
野菜による影響分に関しては、ワラビやフキ、コンフリー、セロリ、マッシュルームなどの発ガン性が強いものを多量に長期間食べた場合などが含まれるかもしれませんが、このような場合は例外的で、一般的に野菜では発ガンを促進するよりは、上に記したように、含有する各種ビタミンや食物繊維などのガン抑制因子による、ガン抑制の効果の方が大きいと考えられていると思います。
米国での調査では、全人口を4等分してグループ分けすると、もっとも野菜摂取の少ないグループと、もっとも多いグループとでは、発ガン率に2倍のひらきがあるそうです。もちろん野菜をたくさん摂った方が発ガン率は低いという結果です。
無農薬野菜と農薬野菜との差は、おそらく疫学的に調べた例は無いと思いますので、データで明確にはされていないでしょう。調べられてないのは、サボってるからではなく、そのほかの多くの周辺データを根拠に、差など無いと結論できるからだと思います。
このように、幸いというかナンというか、野菜は無農薬だろうが普通のスーパーに並んでるモノだろうが、ガンの原因という観点では差なんかなさそうだということが言えるのではないでしょうか。最悪、わずかな違いがあったとしても、そのときは完全無農薬の方がリスクが高いといえそうですが...
もちろん、「味」と栄養価の観点からすれば、やはりハウス栽培よりも篤農家が手厚く育てた露地物の方が上だと思います。ですから、件の貴族サマは、安全性の点から見ると、無駄な努力と金の浪費をしてるようにも見えますが、グルメ的視点からは...まあ、このへんは個人の嗜好の問題ですが...件の脅し本のような内容で一般人に不安を抱かせることさえしなければ、「ああ、いいご趣味ですね」と笑って見ていられるのにねぇ...
あ、GAMIはどっちがいいかって? そりゃウマい方がいいです、値段にあまり差がなければね ヾ(^^;)