ヒバリを送っていった先は、まさに日本の屋敷といった感じで、なるほどただの中学生にしてはありえないわけだと納得がいく。けれど、あがってと言われると気後れしてしまうのも仕方がないだろう。いくら日本にくるからと作法を勉強したとはいえ、立ち入ったことのないような空間では何をするかわからない。いや、もし不作法なことでもしてしまったらと思うと、それをヒバリに見られることがいちばん怖かった。
「いや、俺は…」
「いいから」
 半ば引っ張られるように、門をくぐる。その先にはまさに異世界と言うべき空間が広がっていて、俺は溜息ともつかない息を洩らすことしかできなかった。
「おかえりなさいませ」
 家の者だろうか、迎えに出た男はこちらを窺って頭を下げた。調べた限りは、多分風紀副委員長の草壁だろう。
「恭さん、バイクは」
「壊れたから置いてきた」
 それぐらいのことに驚きはしないのだろう。そうですか、と納得した様子を見せただけで、ヒバリと二三言葉を交わして下がって行く。まあ、俺の車を見ればある程度の状況は飲み込めるのかもしれないが。
 通された部屋は、随分と広いばかりで何もない。部屋と言うよりは広間と言うのが近いだろうか。中央近くに置かれた座布団に座るよう促され、ヒバリは襖の向こうに消えていった。
「な…っ」
 やがて戻ってきたヒバリは、制服から着替えて黒の着物を身につけていて。そんな格好で目の前に置かれた座布団に座るものだからつい目のやり場に困ってしまう。
「それで貴方は、どうしたいの」
「どうって…」
 まっすぐなヒバリの視線に貫かれる。誤魔化すつもりも元からないが、全てをはっきりさせたいというヒバリの意志が感じられて、思わず言葉が濁る。
「好きだって言った」
 じっと、ヒバリに見据えられる。けれど、どうしたいとか何も考えてはいなかったからすぐに答えが出せるわけでもない。
「そりゃ言ったがな、だからってすぐにどうとかいうわけでもないし、何かしたいわけでも、させたいわけでもねぇよ」
「…そう」
 上手くない説明だが納得しただろうか、ヒバリは小さく頷く。ただ、少し困ったように眉を寄せて、居心地悪そうに何度か袂を握ったり、畳の面を指先で撫でたりしている。
「でも僕は、好きとかそういうことはわからないから、どうするものなのかも知らない。そういうのは、困るでしょ?」
 困るでしょ、なんてことを言われても困る。そんな顔をさせたいわけじゃないと、どう言葉を尽くせば伝えられるだろうか。
「俺だって、よく知らないんだからお前が考えなくても良い。俺はお前にしたいことをするだけで」
 改めて考えれば自分のしたいことが何なのかわからないなんて、笑われたって仕方ないというのに。ヒバリの目はただ色を揺るがさずにこちらを見つめている。