電話は繋がらない。仕事の合間に何度かけても、繰り返されるのは無機質なアナウンスだけだ。
ヒバリと一緒にいた金髪の男、間違いない。跳ね馬ディーノだ。イタリアにいた頃に何度か仕事の付き合いもしたが、こっちの人間、裏社会の住人だということに未だ変わりはないはずだ。それが、何故ヒバリと?
ヒバリは自分のことはほとんど喋らなかったし、俺も訊きはしなかった。暗黙の了解のように互いに詮索はせず、唯一知ったのがヒバリという名前だけだった。名字か、名前かすらもわからない。次に会ったときに訊きたいと思っていた矢先に連絡が取れなくなって、ようやく見かけたのが跳ね馬と車に乗り込む姿だった。
「獄寺君」
「は、はいっ!」
無意識に手元の携帯電話を睨みつけていたら、いつの間にか10代目が戻っていらしたらしい。慌てて携帯をしまい、笑顔を作って見せる。
「ここ、皺すごいよ?」
「え…っ?!」
とんとんと、指先がご自分の眉間を指しているのに気がついて、慌てて自分の顔を押さえる。そんな酷い顔をしていたんだろう。というか、いつから見られていたんだろうか。
「なんかさ、心ここにあらずだよね、ずっと」
とっさに頭を下げようとするけれど、決して責めている口調じゃない。それどころか心配そうな声音すら滲ませている。気にかけて下さっているのだとわかって、つんと鼻の奥が痛んだ。
「申し訳ございません…」
「ううん、謝らなくていいよ。たださ、獄寺君が最近様子がおかしいって言うか……まぁ、その」
「……?」
珍しく言い淀む様子に首を傾げれば、きょろきょろとあたりを窺って10代目が口を開いた。
「…恋とか、しちゃったりしてるのかなぁって、さ」
「…………は?」
視界が歪んだような、そんな気がした。それほどまでに予想だにしないお言葉だった。
いや、否定すればいいだろう。たとえ10代目のおっしゃることでも事実無根であれば受け入れる必要などないのだと、いつも言われているじゃないか。
けれど、まるで喉につかえていたものが落ちたような気分だった。ずっと俺の脳内を支配していたのはそれだったのかと、考えてみるほどに納得がいく。
「うわぁ…獄寺君、顔」
「すみません…俺」
子供の頃からずっとそんな余裕とかなくて、10代目と出会ってからは右腕として働くことだけを考えていたから、つまりはあれだ。
「こういうこと、経験ないんで……」
まさかどころじゃない。この歳になって学生相手に初恋とか洒落にならないだろう。しかも、まともな出会い方でも付き合い方でもなかった。金を積んで、もうどれぐらいつぎ込んできたか、それでも惜しいとすら思わないほどにはまっていたのだから。
「経験ないって、…そうなんだ。獄寺君かっこいいからさ、俺はてっきり」
「10代目、俺はずっと10代目の部下として生きることを使命と感じていましたし、それは今でも変わらないんですが、ただあいつの、ヒバリのことが気になるんです」
「……え?」
それは、あまりにも最悪な偶然だった。