どうでもいい。鳴らない携帯を持っているのも嫌で、花瓶に沈めた。
 違う世界に住んでいるのならいい。けれど、この同じ並盛の地にいて、絶対的な距離を感じることなど、考えもしなかった。
 近くなるほどに、彼を知る。ずっとそう思っていたから、知らずにいることを選んできたというのに。
「……下らない」
 そう呟いたとき、応接室の扉が開いた。職業柄気配を消すのは得意だと言っていた男が、図々しくも顔を出した。
「よお恭弥、荒れてんな」
「入っていいと言ってない。帰れ」
 唯一僕の認める人が、家庭教師にと送ってきた男だったけれど、馴れ馴れしい態度に僕は辟易していた。トンファーを握る気にもなれなくて視線で退室を促すけれど、受け流された。
「ボス、ノック忘れてたぜ」
「おっと、悪ぃ。これでいいか?」
 開いた扉を叩いて、何の意味がある。僕は溜め息を隠そうとせず、相手もそれに対して苦笑を誤魔化そうともしない。
「それで、何の用?」
 切り出したのは気まぐれだった。何より、これ以上あの男に思考を支配されていたくなかったからだ。
 硝子の花瓶に沈んだ携帯は、ゆらりともしなかった。