突然の辞令だった。ぼんやりと週末を無駄にして巡ってきた月曜、掲示板の前に人だかりができていたのを横目にオフィスに入れば、机の上に一枚の書類。10代目社長となるべき方だと慕っている上司は事態を事前に察していたのだろう。デスクの上はすっかり片付けられていた。
「じゃあ、獄寺君の支度ができたら新しい仕事場に行こうか」
「すぐ、済ませますんで!」
 手伝うと言ってくださっている10代目のお言葉に甘えながら、急いでデスクの中身を箱に移していく。
 それにしたって、辞令の公布と同時に移動とは慌ただしい話だ。今さら思い返すと朝のあの人だかりは10代目の社長就任の件が貼り出されていたというところだろう。10代目は元々次期社長候補としてこの会社に籍を置いていたわけだから、ようやくといえばそうなるけれど、あまりにも急すぎて気持ちの整理が追い付かない。もちろん嬉しいし、自分を右腕としてそのまま連れていってくださることは光栄なんだが。
 異動となれば、本社の中枢機能が集められている方の建物がこれからの職場となる。何せボンゴレは大きな会社で、抱えている社員の数も相当なものだ。同じ部署以外に顔見知りなどほとんどできないくらいには。
 そこまで考えて、あの男の顔が浮かんだ。人の名刺を銜えて、ネクタイを締める動作。俺のことを知っていると言った、あの唇。
「獄寺君」
「はいっ!」
 反射的に顔を上げると、10代目が目の前に立っていることに気付いた。手を止めて姿勢を正そうとしたらやんわりと制されたからあくまでもお言葉を伺う姿勢を保ちつつ手を動かしていたけれど。
「なにか、心配事でもある? 朝からずっとぼーっとしてるけど」
 そう問われて一瞬浮かんだのは雲雀の顔だった。それをまさかと振り払って笑みで返す。
「いえ、なにも。ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません」
 社長の右腕になる立場なんだ。プライベートのことで仕事に支障をきたすわけにはいかないだろう。会社、仕事、何より10代目のことを第一に考えられないようじゃ駄目だと自分を叱責する。
「ん、気にしないで。俺の気のせいならいいんだ」
 そうだ、雲雀のことなんて考えていても仕方がない。どうせ二度と関わることもないんだから。

 頭の中から雲雀のことを追い出して、それで終わりにしてしまうつもりだった。
 なのにこれは、どういうことだ?