思い出そうとするたびに、頭にかかった靄は濃くなっていく。雲雀の言葉が思い浮かぶ。
「マジかよ…」
 同性愛者だと、そう言ったのは真実だろうか。嘘をつく必要なんてあったかと思い返しても、わからなかった。とにかくあの時は早く会話を切り上げたがっているように、そう見えた。その態度が余計に何かあったことを物語っていたような、そんな気さえしてくる。
 雲雀が去った今、部屋はとても静かで、それを打ち破るように子猫が鳴いた。それに妙に驚いたのは仕方ない。頭の中は雲雀のことでいっぱいになっていたからだ。
「なんだよ、瓜」
 抱き上げようとするとするりと逃げられ、ドアの方を見て鳴き声をまた上げる。やけに雲雀になついていたから、寂しいのだろうか。もう二度と会うこともないだろうに。
 同じ会社、行きつけの店が同じで、歳が近いだけの他人。それだけで今まで何の接触もなく人生を送っていて、きっとこれからもその距離が変わることなどないだろう相手だった。
「あー…くそっ」
 面識があるわけでもなかった。声を聴いたのすら初めてだったかもしれない。カードケースを拾われた、あの時が最初の接触だ。
 二度目は、同僚と飲むはずだった日に、偶然雲雀の隣が空いていた、それだけのこと。それだけで、翌朝には雲雀が俺の部屋にいた。わかるのはそこまで。
 ぐちゃぐちゃな脳に苛立ち、髪を掻いたとしてもなにも変わらない。でも、そうせずにいられない。
 ふと、雲雀の手を掴んだことを思い出した。細い手首にぎょっとしたけれど、それ以上に無意識の自分の行動に驚いた。まさに、そうせずにいられなかったのだ。何故。自らに向けた問いは空を切る。だが、去り際に雲雀が残していったのは明らかな拒絶だ。こちらの思惑がどうであれ、追い縋ることなどできるわけもないじゃないか。
 俺はただの都合のいい相手で、それ以上の理由はないと雲雀に言われたんだから。
 そう、割り切ればいいだろう?
「……こっちの都合も考えろってんだ、畜生」
 次に会ったときには、皮肉のひとつでも言ってやらなきゃ気がすまなかった。