「昨日はごちそうさま」
 そう言い残して雲雀が消えたドアをぼんやりと見ていたが、はっと正気に戻ればベッドの惨状を見るに何があったかはわかりすぎるほどだった。
「……待てよ、そういう趣味はねぇぞ」
 記憶は、ない。あるのは状況証拠ばかりで、けれどその全てが事実を物語っている。
「マジ、か」
 できることといえば、頭を抱えることだけだった。

 自分の部屋のリビングを通り抜けるだけのことをこんなにも躊躇うなど、きっとこの先ないだろう。それくらいの覚悟でドアを開けたが、雲雀はこちらに背を向けたままで振り向きもしなかったから、それだけは幸いだった。
 シーツと床に落ちていたシャツを洗濯機に放り込んで、乾燥までのコースをセットする。まるで証拠隠滅だな、と脳裏に浮かんだが生憎それ以上の痕跡が自分に残されてしまっている。
 熱いめに設定したシャワーを頭から浴びれば、肩口と、湯の伝った背中がヒリヒリと痛んだ。
 目を閉じると、断片的に浮かぶのは昨日の記憶だった。
 偶然隣り合った雲雀と店で飲んで、金曜だからとお互い羽目を外す一歩手前くらいで切り上げて、タクシーで帰ることにしたんだったよな。
 仕事が恋人だと笑い合って、案外話しやすいやつだと思ったから。
 そのあと、は?
「──っ」
 ずきん。
 酷く頭が痛む。まるで思い出すなと訴えているようだ。
「なんなんだよ、一体……」
 雲雀の態度はただ思わせ振りなばかりで、何も教えてはくれなかった。
 無造作に髪を掻き上げて、ふと気付いた。両手の指に着けていたリングがない。普段ならベッドサイドの棚に転がして置くか、洗面台のそば、キッチンで外すこともあるけれど、なにせ昨日帰ってきてからの記憶がないわけで。
「…しゃーねぇな」
 少なくとも家の中にあるだろう、そう考えるに留めてシャワーを止めた。

「物好きだね」
 リビングのローテーブルの上にあった指輪をひとつ手に取り、雲雀は笑う。
「人の趣味に文句言うな」
 無数の指輪の中から無造作に選ばれたそれは、シンプルながらも一番のお気に入りのやつだった。それが、雲雀の手の平の上でころころと玩ばれている。
「煙草も趣味?」
「るせ」
 一本銜えて灰皿を引き寄せても咎められなかったから、そのまま火を点ける。煙が直接行かないようには気を付けるが、自分の家なんだから好きにしたって問題ないだろう。
「格好いいだろ。それは有名ブランドの限定品でな」
 雲雀が興味を持ったのかと思って得意気に解説してやれば、呆れたような冷めた視線を向けられた。
「全部、自分で買ったの」
「悪いかよ」
 返せと差し出した手に、指輪は返されない。
「別に」
 シルバーリングが、雲雀の指でくるんと回る。その光景が昨夜の出来事と重なって、思わず雲雀の手を掴んでいた。
「……なに」
 無意識に、だった。