たまに見る顔だった。ラフな格好で出勤する人間の多い社内でも、一際目立つ銀色の髪の男。興味はなくとも耳に入るのは、外国の血が流れているだの、海外の大学を飛び級で卒業しただの、本人の社会的な立場についてのものだけじゃない。交遊関係、とくに女性との付き合いに関しては様々な噂が耳に付いた。
 外人の女と腕を組んで歩いていた、どこかの課の誰かと付き合っている、いない。
 ただ、彼自身は仕事に対しては真面目で、噂を裏付けるような行動は少なくとも社内ではしていないらしい。仕事上がりにたまに寄る店で彼を見かけても同僚と連れ立っていて、特に親しい女性がいる素振りもなく感じていた。

 ある日のことだ。会計に立つ彼が、カードケースを落とすところに偶然居合わせた。小さな音を立てて床に落ちたそれに気付いていないのだろう。そのまま通りすぎても良かったけれど、気まぐれに拾って手渡した。
「これ、君の?」
「……どうも」
 指輪をいくつも着けた指だった。差し出したカードケースを受け取り、スーツの内側へと仕舞う。それを確認して、僕は店を後にした。
「ありがと、な」
 控えめな声が辛うじて背中に届いたけれど、それ以上応える必要など感じずに、自動扉が閉まる背後から意識を前へと戻していった。

 そんな小さな出来事も忘れた頃だ。週末だからと夕食がてら飲み屋の一席を埋めていた僕に、彼が声を掛けた。
「ここは誰かの予約席か?」
 カウンターでひとつだけ空いていたのは僕の隣だけで、彼はそれでそう言ったのだろう。
「別に」
 リザーブの札も立っていないから、僕は知らない。
 その席を埋めた彼と、何とはなしに会話をしていた。他愛もないことをぽつりぽつりと、互いに饒舌ではないけれどよく話していた方だと思う。
 グラスを傾ける彼の左手の指全部に、指輪が並んでいたのを覚えている。
 その後は、記憶がないわけじゃないけれど、帰りのタクシーに相乗りして、何故か彼のマンションに上がることになって。
 翌朝は猫の鳴き声で目が覚めた。彼の飼い猫らしいことは昨夜に聞いたし、つまみを分けてやったら飛び付いてきた。お腹が空いているのだろう。シャツだけ羽織って扉を開ければ、餌をねだるように足元にじゃれついて、人の使い方を心得ているような素振りを見せた。
 シャワーを借りて寝室に戻れば、彼は目が覚めて僕を見たときに間抜けな顔をしていた。それなりに飲んでいたから、もしかしたら忘れているのかもしれない。
 まぁ、それでも僕は構わないけれど。
 初めて男を抱いたという彼の表情も仕草も、僕は知っているのだから。

 

 

→ ※R18