殺戮の日に見た青空
機嫌が良い日は最悪。
あいつが笑ってるときは、哀れな犠牲者を見つけたときくらいだからだ。
もちろん、それには俺も含まれる。つまり、現在の状況はとても危険だということで。「おいでよ、咬み殺してあげる」
並盛の魔王は、極上の笑みを浮かべて俺を誘った。
人気のない校舎裏、手応えのない雑魚の屍の上に君臨する風紀委員長様は、どうやら次の獲物を探しているようだ。
そこに煙草を銜えたまま通り掛かった俺は、しっかりと目を付けられていた。「随分楽しそうじゃねーか…」
「掃除は嫌いじゃないよ。それより、君が来ないなら僕から行くよ」
トンファーについた血を払い、肩に掛けた学生服を翻しながら雲雀が歩み寄ってくる。
「おい……」
威圧感に思わず後退り、忍ばせているダイナマイトに手を掛ける。
「遅いよ」
気が付いたときには、眼前に踏み込まれていた。殺気を隠そうともしないひと振りをギリギリでかわし、火の点いたダイナマイトを放る。
「―――ッ!!」
後ろに倒れ込もうとした瞬間、視界がぐるんと回る。一瞬遅れて、爆風と爆発音が背中をうんと叩いた。盾にされたと気付いたのは後のことで、今は痛みと視界に広がる黒い影に神経を奪われていた。
「僕とは相性悪いみたいだね」
近接戦闘型の雲雀と中距離が得意な俺。懐に潜り込まれては勝てるはずもない。
紅い舌が、唇を舐める。これから俺は美味しく頂かれて、地面に転がる屍の仲間入りか。冗談じゃねぇ。
「!」
目の前で、チビボムに火を付ける。もちろん、導火線は激短だ。
「ぐ…っ!」
両腕で顔を防ぐ間に腹を蹴られ体勢が後ろに傾いた瞬間、爆風が襲う。
「くそっ」
咄嗟に地面に手を付き雲雀の姿を探すが、爆煙の向こうには見えなかった。
「ここだよ」
ひたりと、喉元にトンファーがあてられる。いつの間に背後に回り込んだのか、雲雀はそこにいた。
「てめぇ…ッ!」
声を上げ掛けたその時、喉元のトンファーに力が入った。
「…う、ぐぅ…っ」
手加減なしに絞め上げられ、息が詰まる。
「良い声で鳴いてよ」
耳元でご機嫌な雲雀が囁く。生命の危機を感じても、俺の手は雲雀の腕を引き離すほどの力はなかった。
「ぁ、が…」
視界が霞む。口の端から唾液が溢れるのを感じるが、止めることもできない。
気のせいだろうか、霞む校舎の向こうから敬愛する10代目の近付いてくる姿が見える。「獄寺君!!」
どうやら幻聴まで聞こえてきたようだ。ヤバいかもな、俺。
「やぁ、君の大事な犬が縊り殺されるところを見に来たのかい」
あぁ、雲雀が幻聴と会話してる。
「犬じゃなくて友達だよ!」
流石10代目、幻聴でも胸に染み入るお言葉です。何やら離せとか離さないとか言い争っているのを聞きながら、残念ながら俺はここで意識を手放した。
空が青い。ぽっかりと浮かぶ雲が、手の届かないところで俺を見下ろしていた。
「獄寺君、大丈夫?良かった、このまま目が覚めないんじゃないかと思ったよ〜」
倒れている俺の側に膝をつき、心配そうに顔を覗き込んでいる心優しき10代目を見て、ようやくさっきの出来事を思い出した。
「10代目…」
喉は痛いが、辛うじて声は出た。心配させまいと笑顔を作り、何とか体を起こす。
「大丈夫っスよ、丈夫なのも取り柄のひとつですから」
安心したような顔を見て、俺もこっそり安堵した。どうやら雲雀は10代目にまで魔手を伸ばしはしなかったらしい。
「そういや、ヒバリのヤローはどうしたんすかね?」
どれくらい意識を飛ばしていたのか、辺りには雲雀はおろか転がっていた連中の姿もない。
「うん…獄寺君が動かなくなったら、『飽きた』って言って帰っちゃったよ。倒れてた人たちは風紀の人が運んでってたけど」
なるほど、その時の様子が想像できる。後頭部の痛みは雲雀が手を離したときに地面に落とされたせいってところだろう。
「俺はともかく、10代目が無事でなによりっスよ」
しかし、気を失うとは情けない。よりにもよって10代目の目の前で。
「爆発音がしたから来てみただけなんだけどね。雲雀さんの機嫌が悪くなくて助かったよ」
「いや、あいつは機嫌良くても危ない奴ですから」
顔を見合わせて笑いながら、二人して立ち上がる。
「もうお昼休みも終わるし、教室に戻らないと」
「いや、俺はちょっとあいつに文句言ってきます」
「えぇ?!一人で行く気なの?危ないよ!」
大丈夫っス、お気を付けて!と手を振り、あのにっくき風紀委員長のいると思われる応接室へと走る。