「ヒバリ、いるか?」
ノックもせず、応接室のドアを開ける。部屋の主の姿は見えなかった。
「……寝てんのかよ」
人を地面に寝かせておきながら、自分は上着を掛けてソファで眠り込んでいた。
無防備な、寝姿。さっきまでの怒りは何処かへ行ってしまった。仕方なく、向かいのソファに腰掛けて煙草に火を付ける。
喉の苦しさは大分消えて、代わりに煙草の味が喉に染みた。「わけわかんねー…」
こいつの行動も、自分の苛立ちも。10代目を思う真っ直ぐな気持ちとは違う、不可解なもの。
目を閉じると、規則的な寝息が聞こえてくる。人のことは言えないが、こいつは学校に何をしにきているのだろうか。
誰よりも並盛を愛する男。校歌にすら愛着を持っているなんて、自分では考えられない。「あぁ、そうか」
俺が10代目に心酔してるのと同じだと考えれば納得が行く。
お互い、大事なものが他にあって、目を合わせることもほとんどなくて、擦れ違うことすらない。だから苛立たしいのか。
「くそ…」
煙が天井まで立ち上る。目を閉じて、深く息を吸い込んだ。
「禁煙なんだけど、ここ」
「んあ?」
不意に煙草を取り上げられ、慌てて目を開ける。不機嫌を露わにした風紀委員長の姿が、そこにはあった。
「煙草、臭いし。煙たいし」
それでも何故かテーブルの上に備え付けてある灰皿で取り上げた煙草を揉み消し、乗り出していた体をソファの上に戻す。その目つきは、よく見れば不機嫌というよりは眠そうに見えた。
「そりゃ悪かったな」
反省の色を見せずに言っても気にも止められず、雲雀は小さな欠伸ひとつ残してまた眠りの淵へと落ちていった。
「……それだけかよ」
トンファーで殴られたかったわけではないが、煙草以上には存在を意識されていないような感じがして、余計イライラする。
俺は、こいつに認めて欲しいのか。たとえマイナスの感情でも、棘のように意識の何処かに引っ掛かることができたなら。無駄に青い空が目に痛い。
遠くで、野鳥が旋回するのが見える。手の届かないものの、なんと綺麗に見えることか。「気に入らねぇ」
何もかも、思い通りにならないこと全て、ぶち壊してやりたいくらいにイライラする。
平気な顔で寝てるこいつも、少しは慌てた顔でも見せれば良い。寝ている雲雀の側に膝をつき、顔を覗き込む。
無防備過ぎる寝顔が、逆に憎らしい。「起きるなよ……」
緩められているシャツの襟を指でさらに広げ、そこに唇を寄せる。
起きないわけがない、けれど、僅かな可能性に賭けたかった。
白い首筋に、見えるか見えないかの位置で印をひとつ。「……何をしてるの」
突然の低い声にはっと身を離した瞬間、俺は床に叩き伏せられていた。殴られた頭には鈍痛、倒れたときに肩も打った。
「ってー…」
頭を押さえて起き上がろうとするが、それは叶わない。どうやら、ソファで寝るために靴を脱いでいたその足で踏まれているらしい。
「僕が寝てるの邪魔しないで、って言ったよね」
以前言われたのがまだ有効なら、そうだと頷かなければならないが、額は毛足の長い絨毯に沈んでいて実行には移せなかった。が、雲雀は沈黙を肯定と取ったのか、そもそも返事はどうでもいいのか、そのまま言葉を続ける。
「おとなしくしていられないなら、繋いでおいた方が良いみたいだね」
「げ…」
雲雀なら、有限実行しかねない。
不意に後ろ髪を掴んで引き上げられ、耳元に雲雀の唇が接近した。「君に似合う首輪を、買ってあげるよ」
唄うように楽しげな囁きに、俺は今日も身も心もノックダウンさせられたのだった。
あぁ、青空が遠い。
10代目、俺が自ら膝を付くのは貴方にだけですが、どうやら俺の天敵である雲雀には強制的に這いつくばらされてしまうようです。
獄寺を足蹴にするのがマイブームのようです
虐げ萌え!