触れたそれは、見た目の通り柔らかく、しっとりとした手触りはその髪に似ていた。けれど血の通っている温度が、余分に付けられたパーツだとは思えない確かさを指先に知らせていた。

「…ッ」

 ぴくり、と肩を揺らす前に、触れていない方の耳も同時に伏せられる。

「なぁ、感触とかあんのか?」

 反応を見れば分かるものを、わざとらしく問い掛けながら弄り続ける。

「…あるよ」

 末端は神経が過敏なものだ、ということは、この耳も相当敏感だろう。嫌がる素振りを堪えてみせる雲雀に、悪戯心が抑えきれない。

「こっちもか?」

 ソファに背を預けて座る俺の膝を跨いだ体勢で、雲雀は首に歯を立ててきていた。そのままの状態で引き寄せて、尻尾の付け根に手を伸ばした。

「なに」

「感触、あんだろ」

 根元から先端まで撫で上げると、確かに反応を抑える雲雀に、色が見える。

「いちいち触らないでよ」

 抗議の眼差しも、少しも怖くはない。雲雀自身余り触ってもいなかったのだろうか、当惑が瞳の鋭さを落としていた。

「いいじゃねぇか」

 雲雀を膝に乗せていると耳に唇が届かないのは残念だが、代わりに片手ずつで丁寧に柔らかい猫毛を撫でてやる。

「調子に乗ると、咬み殺すよ」

 距離の縮まる唇に誘われるように、自然に口付ける。舌先で割れば素直に招き入れられ、ざらりとした感触が襲った。どうやらこんなところも猫化しちまっているらしい。ただでさえ敏感な口内にそんなものを差し込まれてはたまらないと、雲雀の口の中に押し込むように舌を絡めた。

「ん…」

 耳を撫でられるのは悪い気はしないんだろう、まさに猫のように目を細めて舌を甘噛みしてくる。しかし、尻尾を強く刺激すると、尖った牙で反撃してきた。

 常になく不思議な感覚。けれど雲雀は雲雀でしかなくて、惑わす香りも、誘うように髪に絡む指もちっとも変わっちゃいなかった。

 唾液が混じり合いながら、口付けはなかなか終わらない。牙を舌先で確かめるように舐めてやれば、お返しにざらりと舌の裏を舐められる。息を繋ぎながら時間を数えられない間、どれくらい経っただろうか。尻尾を撫でる度に欲情に染まる頬のように、三角耳の内側も熱ってきてるように見えた。

 距離を置くと、濡れた唇の間から赤い舌と白い牙が覗く。手の甲で拭う仕草も、見つめる黒い瞳も、毒のようにどうしようもなく俺を苦しめる。

「するの」

「…しねーとは言わねぇ」

 引き返せなくなっていることを知っているくせにこういう聞き方をするから性格悪ィんだ。手っ取り早く脱がせちまおうとベルトに手を掛け、ふと気付く。

「尻尾、どうしてんだ?」

 ぴくりと雲雀の眉が動いた時点でまずいことを聞いたと気付いたが、それでは手遅れだ。不機嫌そうに尻尾を揺らして、雲雀は膝立ちのまま自分からベルトを解いてみせる。

「ズボンは仕方ないから古いのを一本駄目にしたよ」

 下着までは穴は開けなかったけどね、と言いながら躊躇い無くズボンを下ろし、下着姿を俺の目の前で晒す。見てみれば、確かに下着は尻尾の下側に引っ掛かり、半分くらいしか役に立っていない。

「そりゃ大変だな」

 制服に穴を開けざるを得ない状況はさぞ不満だったろう。誤魔化すような適当な相槌と共に伸ばした手は、下着に指を掛ける前に叩き落とされる。

「ッてー…なんだよ」

 赤くなった手の甲を摩りながら雲雀を見上げると、その手首を一瞬の内に取られ、捻り上げられてしまう。

「いてててて!何しやがるてめぇ!」

 うつ伏せにソファに押し付けられたかと思うと、手首を合わせて後ろ手に縛り上げられた。多分ベルトでだろう、容赦無く締め上げられて、痕が残りそうなくらいだ。

「余計なことしないように、予防だよ」

 もう一度仰向けに転がされて、また雲雀が跨ぐように乗ってくる。尻尾に持ち上げられたシャツの裾から見える限り、準備の良いことにもう下着まで脱いでしまっているようで。体の下敷になった手首が痛いとかそんなことよりも、うっかり状況に流されそうになる自分に苦笑が浮かんだ。

「ねぇ、その気になったんでしょ」

 確かに、それは否定しない。けれど、この状況で素直に欲情しましたなんて言ったら変な趣味があるみてぇじゃねぇか。

 口元を歪ませて変な笑みを浮かべることしか出来ない俺に業を煮やしたか、返事なんてどうでもいいのか、雲雀の手はもともとボタンのひとつも止めていない俺のシャツを肌蹴させ、中に着ているTシャツをたくし上げてくる。

「あのな…」

 文句は、唇に塞がれた。いろんな状況を含めてこいつは俺を黙らせるのは得意だが、この手は一番有効だと思う。

 ざらりとした舌に唇を舐め上げられて、つい噛み締める気もなくしちまう。緩んだ唇の隙間から侵入した舌は、猫特有のざらついたそれで歯をなぞり、奥に引っ込んでいた俺の舌を絡め取る。

 ただでさえ敏感な口の中、雲雀に好きにされるってだけでもやべぇのに、猫の舌ってのは本気でやばい。舌先で上顎舐められたりした日には、降参するしかないんじゃないか。そう思ってる側から雲雀の舌は狙うように前歯の裏を探り、知っている弱いところを舐め上げてきた。

「――…ッ」

 耳の後ろに抜ける、痺れるような感覚。ぞわぞわと這い上がり、俺を突き崩していく。

 目を合わせたままというのも、いつものことだがばつが悪い。雲雀に全て見透かされて、思うようにされることはわかりきっていた。それでも体は快楽に正直で、気持ち良いことを求めて舌を絡めてしまう。

「したいなら、素直に言えばいいのに」

 あぁ、てめぇ相手に素直になれるかってんだ。

 文句は言葉になることはなく、代わりに口の中を好きに荒らす舌にあくまでも軽く歯を立てた。俺の言わんとしていることはしっかりと伝わっているようで、雲雀は機嫌良く目を細めた。俺が何しようが、雲雀の機嫌が良かろうが悪かろうが、こいつの好きにされることには変わりはねぇ。ただされることが多少違うだけで。

「――ッ!」

 少し思考を飛ばした間に、雲雀の牙が唇を咬み切った。血の滲むそこに舌を這わせて、つまらなそうな視線を向けてくる。どうせ俺の反応がなくちゃつまんねぇってんだろ。くそ、わがままなヤローだぜ。

「隼人」

 わかってる、けどな。俺も大概ひねくれていて、唇を舐め上げる舌のざらざらした感触に欲情するとか、シャツの裾から伸びた白い脚に触りたいとか、思った通りに言えはしない。

「発情期の猫みてぇだな」

 口にするのはそんな皮肉ばかりで、雲雀が不機嫌に眉を寄せるのを余裕な顔を取り繕いながら見上げた。

「誰が猫だって?」

 感情を表すようにゆらりと揺れる尻尾、ぴくんと動く耳は猫のそれでしかねぇってのに、相変わらず自覚はないらしい。

「おめーだよ」

 視線で頭上の耳を示せば、言いたいことはわかったようでさらに機嫌悪そうに目を細める。猫のようだと思うのは体に現れた特徴だけではない、と伝えるような真似はしないが、替わりになるようなことを言えるわけでもない。

「…このまま、すんのかよ」

 自分と雲雀のの体重に潰された腕が痛むし、きつく締められたせいで血が巡らないのか、指先が痺れてきた。

「不満があるなら、首も締め上げるよ」

 頸動脈の上から確実に押さえ付けられたそこは、雲雀の体温で塞がれていく。気付いたら割と、良くされていることだけど、流石に背筋が冷えるくらいには慣れはない。

「か、は…ッ」

 本気じゃない。そのつもりになったら声すら上げる隙間もないほど絞め殺されるだろう。頭の片隅が、酷く冷静に事態を分析していた。