酸素が薄れ、脳が過度な快楽と欠乏に洸惚とする頃、ようやく長い奔流から解放された。日が落ち切り僅かな明度しか持たない部屋のなかでも、銀糸を伴って距離を置く唇が濡れる様は煽情的で、意識の下の性欲が呼び起こされる。彼もそれは同じようで、少しだけ上がった息、染まる頬には口付けの余韻。水底の石のように色の揺らぐ瞳には、情欲が陰りある光を宿していた。

「ヒバリ」

 呼び掛けられ、次の言葉を聞く前に首筋に手を回して、抵抗がないのを良いことに重力に任せて引き寄せていた。もともと意味ありげに腰を撫でたりシャツをたくし上げ掛けていた手はそのまま、意図を察したように動きを取り戻す。

 急いている、というほどではないだろうが、それなりに慌ただしくベルトが解かれ、ズボンの前も寛がされて下腹部を晒す。元々見せることへの羞恥はあまりないけれど、空調で保たれた室温は肌の露出への抵抗を薄くする。脱がなければ制服が汚れてしまうし、その方が僕は困る。
 脚から衣服が抜き去られるままに、自分の手でネクタイを緩めてボタンを二つ外し、首元を解放した。こうしても呼吸は苦しくはなるけれど少しはましだろう。

 彼の襟はいつものように閉じられてはいないから、首筋に唇が触れる間にベルトを抜いてやる。代わりにいらないと言っている痕が残され、不満のなか手にしたそれを床に落とした。
 明かりのない部屋の中では、金具の立てる耳障りな小さな音よりも、衣擦れがさざ波のように残る。胸までたくし上げられたシャツの下に伸ばされた手と、位置を移した唇は雑音を立てなかった。それよりも肉の薄い皮膚の上や肋骨に沿って触れられ、次第に熱がともされていく。

「っ……」

 探るように肌を彷徨っていた舌に胸の先を捕われ、息が乱れる。君は割とそこを弄るのに拘っているようで、一度許すと僕がうんざりするまで好きにされることもある。何が面白いのか、とは思うけれどそこも性感帯のひとつではあるようだから、行為の時に刺激されて悪いわけじゃない。

 片方を舌に捏ねられ、反対側を指で挟むように弄られると、胸の底に生じるざわめきは腰の深くに溜って、下腹部に熱を集めてくる。隠すものがなく晒されたそこは、まだ胸に顔を寄せている君には見えないだろうけれど、きっと反応を示している。

 いつからこんなに快楽に弱い体になったのだろう、と思い返せば、初めて君に情欲を呼び醒まさせられて以来、特に堪えようとも隠そうとしてもいないことに気付いた。抑えることは声を上げることばかりで、気持ち良いことは嫌いじゃないからこうしているのだから、当然だろうか。第一、触れられもしないうちにそれが反応しているのは僕だけじゃないのだし、特別おかしいわけではないんだろう。

「…まだ、そこなの」

 舌が触れる度に濡れた音を立てるくらいになってもそこを舐める君に、犬のようだと呆れた息を漏らす。窓からの僅かな明かりで視線が合わせられたことはわかっても、表情は読み取れない。

「感じてるくせに文句言ってんじゃねぇよ」

 意地悪な笑みを唇に乗せたのは声でわかる。言っていることは承服しかねるが、感じているのは事実で、それを気取られてはいたようだ。

「君だって、舐めてるだけで感じてるくせに」

 膝で脚の間を擦れば、確かに服の下でそこが主張している。腰が逃げようとするのを襟を引いて留め、ぐりぐりと膝頭で刺激してやるだけで明らかに固さは増し、熱が伝わってくるような気がする。

「おい…」

 制止を掛けようとする唇を塞いで膝を外すとそれ以上の抵抗はなく、襟から手を離してきつくなっているズボンを緩めて直にそれに触れば、同じように触れてこられた。

 互いの意図を汲んで、指で刺激を与え始めればすぐに先端が濡れていることはわかる。口付けで視界を塞がれたまま、感触だけで相手の気持ち良いところを探し、やり返されても躊躇わず指と手の平で手の中の熱いものを愛撫している。

「――ッ」

 先端を爪が掠め、思わず息を止める。自分が辛いのは相手もそうなのだと堪えながら、弱いところを露呈している不利に唇を噛んで苛立ちを伝えた。けれど、僕の感じるところは彼も同じと知っている。先手を取って先端を親指で強く擦ると、口付けに迷いが混ざった。

「…ん、ぅ…」

 僕も限界が近い。視線を合わせて訴えれば、ようやく唇が離れた。

「汚れ、る」

「…どうせ帰るだけだろ」

 辛うじて発した声に被るように告げられ、止める意思がないことを知らされた。もっとも、僕も止められるとは思っていなかったから仕方ない。再び唇を塞がれるまま舌を絡め、触れ合わされたそれを二人の手で擦り上げ、限界へと追い立てる。

「――ッ…」

「…く…っ!」

 同時に弾けたそれが、下にいる僕の体を汚していく。シャツをたくし上げられたままで良かったと、白くなる意識の中でふと思った。

 

 

 

 

 

side:G

「えろ…」

 眼下に晒される光景に思わず息を飲んだ。雲雀の白い肌に放たれた二人分の精は、荒い呼吸で上下する下腹部から垂れ落ち、黒い革張りのソファにまで濡れ広がっている。窓からの僅かな光で照らされた姿は、逆に全てが見えないからこそのいやらしさがある。

「…っと、良く出たな」

 気を取り直してローテーブルの下の箱を取り、零れた白濁をティッシュで掬うように拭っていく。辛うじて絨毯にまでは被害は及ばなかったから、すぐに綺麗にはなった。けれども匂いは鼻に付くし、まだ体の熱は治まっていないせいか、終わった気はしなかった。雲雀もそれは同じなのか、長い睫毛に縁取られた瞳を薄く開いたのみで、動こうとはしていない。

 ごみをまとめて片付けながら視線を泳がせれば、机の上には雲雀の性格を表したように整然と積まれた書類が目に付く。同時に浮かぶ悪戯心に従って、俺は素直に行動を起こした。

「何」

 雲雀の手を引いて立ち上がらせ、適当に書類を横に避けたデスクに向かせて手をつかせる。すぐに雲雀は意図を察したように唇を笑みの形に上げ、体を曲げて腰を上げてみせる。

「……お前、少しは嫌がれよ」

 汚れひとつなく真っ白なシャツに覆われた薄い背に唇を落としながら、苦笑混じりに呟いた。いつも、俺か雲雀がその気になればどちらかの都合が悪くない限り行為に及んだ。自制心がないわけじゃないが、あまりにも抵抗なく受け入れられるせいで、加減が分からなくなっている節もある。

「嫌なら、しないよ」

 雲雀には羞恥とかそういうものが欠けているのか、余りに無防備に肌を晒されて、俺の方が落ち着かない。見た感じ倫理感をもっていないわけでもないのに、潔すぎるくらいのその態度は何なのか。

「そうかよ」

 下手なことを言って機嫌を損ねるまでもない。シャツを捲り上げ、背骨に沿って舐め上げると小さな震えが性感を示した。何度となく抱くうちに雲雀の体の弱いところは把握したけれど、それでも明らかに感じやすいのだろうとは思う。声だけは漏らさず、かといって気持ち良いのが嫌なわけじゃないらしいから、俺としていることは体の良い性欲処理になっているんだろう。

 なら何故自分なのか、と考えても、マイナスの答えしか浮かばない。いつしか思考に落ち込む前にそのことは追求しないように脳に歯止めを掛けるようになった。

 今だけでも、好きなようにできればいい。弾き出した無難な結論で、また欲に溺れるままに白い肌に映える痕を残した

「……ッ」

 舌先で紅く熟れた蕾に触れると、揺れた膝が机に当たって音を立てる。どうせ校舎に人などたいして残ってはいないから、誰かに聞き咎められることもない。気にせずに腰を引き寄せ、こじ開けるように舌を押し込んだ。

「ん」

 力を入れないように意識しているのだろう体が、明らかに強張る。唾液を送り込んで濡らしながら舌の脇から指を差し込むと、白い脚が逃げ場なくデスクの側面に擦り寄せられていた。

「もう入れて欲しいのかよ」

 温かい内部をなぞるように指を押し込みながら揶揄するように言えば、もの言いたげな視線とかち合った。

「したいのは、君の方でしょ」

 息を殺しながら、それでも嘲笑を唇に浮かべて囁かれる言葉に、わかっていながらも煽られる。