見惚れる。
side:G
ただ黒い睫毛だとか、日本人にしては白い肌だとか、観察していても妙に飽きないのだった。
切長の瞳はそれこそ刺すような視線を放つ割に、伏せられていれば濡れた黒曜石のようで、深い陰を宿している。
指先は、綺麗に整えられた爪の形や、もともとの指の細さも相まって何かの彫刻のようだ。
「なに」
「…なんでもねぇ」
視線が振られ、慌てて顔をそらした。雲雀はそれ以上追求することもなく、また書類に集中しているようだ。
つい見てしまうのは暇なせいで、下心とか、そーゆーもんはなんもねぇ。
ただ、黙ってりゃ綺麗な顔してんのに、もったいねぇとは思う。
今はこうして静かにしていれば追い出されはしないし、たまにこうやっていられるときくらいは見ていてもいいだろう。雲雀にどう言われるかはわからないが、俺にだって好きにしたいときはある。それがこんな消極的なことだってのは情けない気もするが。
迷いのない指先は書類の上を滑り、ひとつに積まれていた紙の山はふたつの山に分けられていく。可と不可だろうか、ここからは読み取れはしない。
仕事が早いから、屋上とかで平気で昼寝をしているんだろう、こいつは。俺に言えたことじゃないが、授業はいいのか?
ふと、雲雀の手が止まる。続いては大きな欠伸がひとつ。どうやら飽きてきたらしい。どうするのかと興味を持って観察していれば、かちりと視線が合った。
「……何だよ」
「なに見てるの」
咬み殺すよ、と続くはずの言葉は、押さえた手の向こうにある舌を覗かせるほどの欠伸に掻き消されたようだった。雲雀はそのまま何度か目をしぱたかせ、閉じそうになる瞼を堪えているようで。
「おい」
思わず、声を掛けた。
「……なに」
かくん、と落ちそうになった首が辛うじて支えられて、半目の雲雀がこちらを向く。
「寝るなら、こっちこいよ」
そのまま机で寝るよりはましだろうと手招きをすれば、案外素直に雲雀はやってきた。この状態で俺の言ったことがどれくらい聞こえているかはわからないが、隣に座るということは、ここで寝るつもりなんだろう。
「――って、おい!」
倒れ込んできた雲雀を支える間もなく、黒髪が俺の脚の上に横たわる。これは、もしかしなくとも膝枕って状態じゃないだろうか。
「…ヒバリ?」
名前を呼んでも、反応は、ない。その代わり、僅かに開いた唇からは寝息らしき呼吸音が規則的に繰り返されている。
「マジかよ……」
いつも眠そうにしてるところを見たり、寝ている雲雀を見掛けたりしていても、こういうパターンはなかった。足の、雲雀の頭の乗っている辺りが妙に温かい。天下の風紀委員長様がこんなに無防備でいいんだろうか、とは思うが、そんなところを見せられても何も出来ないことを見透かされているんじゃないだろうか。実際、こうして俺の膝で惰眠を貪るこいつにどうこうしようとは思えなかった。
「しょーがねぇな…」
黒髪に、触れてみる。起きる気配はなさそうなので、柔らかな髪の感触にしばらく浸ってみた。こいつがここまで無防備なのも珍しい。そんなに眠かったのなら、無理をしなければ良いのに。
俺の位置からは向こうを向いている雲雀の顔は良く見えない。けれど、辛うじて見える長い睫毛や僅かに開いたままの唇、緩く握られた手指が、さっきまで見つめていたことを思い返させる。
「ガキみてーに寝やがって」
心にもないことを呟きながら、髪を撫でる手は止まることはなかった。
一時的にしろ、雲雀がこうして身を預けてくれたということは、少しは認めてくれたということか、それとも何もされないと踏んだか。どっちにしろ本人の口から聞けるわけでもない。思考に耽る間に、膝の上の温もりに次第に眠気が襲ってくる。
猫を飼ったらこんな感じだろうか。最後の考えは欠伸と共に散っていった。
side:H
意識が不意に浮上して、夢もない眠りから覚醒した。妙に温かく、不思議な感覚に目を開ければ、見慣れた応接室が見える。ただ、違っているのは自分の頭に乗せられた手と、頭の下の温もり。上半身を捻って仰向けになったところで、納得した。
唐突に襲われた眠気に抵抗をすることをやめた僕が、ソファに座る彼の手招きに誘われたことは覚えている。その後は記憶にないが、状況は理解できる範囲でしかないだろう。
間抜けな顔をして眠っている彼がどんなつもりでいたかは知らないが、多分寝床としては都合が良かったんだ。実際、明るかった陽はすっかり陰りをみせている。
意識が浮上しても体の方はまだ眠気が根を張ったままで、動かすのには労力がいるようだ。仕方なく、覚醒するまで真上にあるものを観察することにした。
伏せられた睫毛は、光に透けて目立たないが、案外長い。瞼に隠された瞳は異国の色を宿して、緑に揺らいだ光を反射する。
個々のパーツはとても良くできているのに、それが合わさると何故生意気な顔ができるのか。性格が表情に現れて、君はいつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、周囲を警戒するように睨みつけていた。ふと気を緩めた瞬間や、考え事をしているときに見せる顔は整った造りのままの印象なのに。
勿体無い、とは訳もなく思う。けれど、僕が居るときに君にその表情をさせているのは僕で。なら、仕方ないかと息を吐く。僕に素直な表情を見せる君なんて気持ち悪いし。ただ、こうしてたまに何の気負いもない表情を見るのは悪い気はしなかった。
でも、そろそろそんな時間には終わりを告げよう。
開いた唇は思いの外乾いていて、僕のひとつめの行動は喉が息を通して小さくひゅうと音を立てただけで意味がなかった。もう一度声を立てるのに挑戦するつもりもなくなり、仕方なく力の入らない左手を持ち上げて、白く柔らかい頬に爪を立てた。
「て…ッ!」
ぱちっと開いた緑と目が合う。僅かに紅い線が走る頬を抑えながら、現状を把握するためだろう、瞬きを繰り返したと思うと視線がさ迷い、戻ってくるともう一度僕に定められる。
「おはよう」
まだ寝惚けているような彼をからかうように囁き、僕は重い体を持ち上げる。自分ですらこれだけ重いと感じるのだから、乗っていた彼の脚はどうだろう。悪戯心が湧いてくる。
「ちょ…お前、触んな!」
太股に手を伸ばせば、慌てたように押し返される。頭がはっきりしてくると同時に蘇った血流で、余計痺れがきたんだろう。慌てて僕の手から逃げようとして、それも叶わずただ暴れている。
「良く寝てたね」
君も、僕も。
部屋がすっかり暗くなってきたことは気付いただろう。それと、足の痺れの原因にも。
「おめーもだろ」
微かにだけ傷のついた頬を気にするように触れながら、苦笑で返された。多少の時間は無駄にしたことになるだろうか。僕の仕事は急ぐものではないから構わないけれど、面倒を後に回すことによって生じる煩わしさは知っている。
自然と溢れそうになった溜め息は、唇で塞がれた。
「……ん」
唐突な行動に抗議を漏らそうとするが、舌が絡め取られて言葉にはならない。抵抗するほどではないからそれ以上は何もせず、唇の隙間から軽く息を交して続きに耽る。
ソファの背に押し付けられてより口付けは深くなり、体重を掛けられ軋む音と、シャツに滑り込む手に意識を散らされながらも熱い舌に口内を蹂躙されるままではいられない。お返しとばかりに生意気に這い回る舌を甘噛みし、絡み返した。それをきっかけに負けず嫌い同士主導権を握らんと、お互いに愉悦に引き摺られつつも相手へ与えることを激しく行い始めた。