ぎくり、と触れる手が固まる。
「何だって…？」
「君に変な下心があるとは思わなかったけど、したいんでしょ」
いいよ、ともう一度言い、挑発するような笑みを浮かべる雲雀に、頭に血が上る。
「馬鹿にすんなよ」
肩に手を掛け、ぐっと体重を乗せてのしかかる。それくらいではひるまないこいつは、表情も変えずに俺を見上げていた。
罠だとわかっていても、踏み込まなければ敗けだと、本能が告げていた。シャツを剥ぎ取るように前を開かせれば、晒された白い肌に眩暈がする。誘われるままに痕を残し、浮き上がる鎖骨に歯を立てた。
「――……」
雲雀は僅かに肩を揺らしたのみで、俺の下から見下すように俺を見ている。
こんなもんじゃない。こいつの余裕をなくすくらいのことをしてやらないと、敗けっぱなしになる。骨の浮き出るような薄い胸を手の平で撫で、小さく尖る其所を指で挟んだ。摘んで舐めて引っ掻いたりすると、次第に紅く染まってくる。それを口に含んで、舌先で転がし、軽く吸ったりしてみる。
「ん」
目を細めた雲雀が、軽く頭を振る。その度に柔らかい前髪が顔に掛かり、色気を演出する。
不感症というわけではなさそうだ、と変な安心をしながら、格好悪いことにそこを弄るのに必死になってこちらも余裕がなかった。「ヒバリ……」
良く考えてみたら、自分は何故性欲の対象ではないはずの男に欲情してるのだろうか。唇を離し、されるがままにしている奴の名前を呼んでみる。
薄く開いた瞳に視線を奪われ、惚けている間に襟首を掴まれた。殺られる、と本能的に思って目を閉じた瞬間、ぐいと強く引き寄せられ、柔らかくて温かい感触が唇を襲った。「――ッ！？」
キスってやつだと理解したのは、目を開いてから三秒後。襟首を引かれたまま髪を撫でられ、どちらからか開いた唇の隙間から舌を触れ合わせ、絡め合わせた。
余りに神経を刺激する接触に、先刻の疑問は吹っ飛んだ。欲情はするものだから仕方ない。ただ誘われるままに溺れるしかないと。
口付け合いながら胸を撫でる手は下がり、ベルトに手を掛けた。雲雀の指に自分の制服の前も緩められていたが、気にする余裕もない。下着の中に差し入れた手がそれに触れると、電流が走ったように背中が固まった。下着を下ろし、手の中でゆるく形を成すそれを見ようと頭を動かそうとすれば、髪を痛いほど掴まれる。
「見るな」
普段なら心臓が止まるほどの形相で言われ、しかし今は妙な笑みが唇に浮かぶ。それを噛みつかれるように口付けながら、雲雀のそれに、自分のものを触れ合わせる。
眉間に皺が寄るのを確認しても、そのまま触れ合わせるのを止めない。自分のと一緒に握り込み、緩やかに擦り始めた。「――ん、」
髪に絡む指の力が緩んだ。舌先から全身の神経を刺激されながら、手の中がじわりと濡れてくるのを感じる。息が上がり、キスの間に酸素を取り込みながら、雲雀の匂いが鼻に付く。意識しまいとすればするほど、くゆる香りに理性が奪われてしまう。
夢中で行為を続けていると、雲雀がびくりと肩を揺らした。靄の掛かる頭の中でそろそろ自分も限界が見えていたので、雲雀のそれに強く擦り付けながら二人のそれを指で扱き上げる。「――ッ！！」
唇に立てられた歯が、余計に倒錯的だった。二人分の熱を手の平に感じて体を離せば、雲雀の不服そうな顔が目に付いた。
「……何だよ」
「汚い」
自らの腹に散った飛沫が嫌なのか、不満を口にする。
「しょうがねぇだろ、こういうもんなんだしよ」
正直熱は収まってなかったが、相手にその気がないならどうしようもできない。
「綺麗にしてよ」
そう我が侭を言われても、手近に何か拭けそうなものはなかった。仕方なく濡れた肌に指で触れていたら、ふと悪戯が思い付いた。
「文句言うんじゃねぇぞ」
「何……っ」
濡れたそこに、舌を這わせて舐め取っていく。自分のをこういう形で始末するとは思ってもいなかったが、仕方ない。臍の回りを舐め、窪みに舌を差し込み、時折吸って痕を残しながら唇を下ろしていく。
余計な肉は一切付いていないというのに白く柔らかな下腹部が、舐める度にぴくんと震える。ちらりと覗いた表情は、不満ながらも満更ではなさそうだった。「これで最後な」
勃ち上がり掛けている雲雀のそれに手を掛け、口に含んだ。
なんとも言えない味が、癖になりそうだ。「調子に、乗らないで」
いつもは恐ろしい雲雀の声色も今は何処吹く風で、俺は手の中のそれを愛撫するのにかかりきりだった。舌で裏筋を舐め上げれば太股が震え、先端を吸えば苦味が口に残った。髪に絡まる雲雀の指さえも、俺の行為に反応するように力が入った。
「もういい」
制止を促す声はいつもと同じトーンのはずなのに、語尾の掠れがいやらしい。
手遅れだ、と気付いたのはそこから吐き出されたものを全て飲み干した後のこと。上がる息を堪え、紅く上気した頬に濡れた瞳。それら全てに誘われるような錯覚が襲う。けれど俺を踏み止まらせたのは、最後の理性と困惑だった。
眼下に広がる非日常。学校で、しかも鬼の風紀委員長様相手によりによってこの場所でこんなことになっているとは、数十分前の自分では想像もできなかっただろう。「……終わり？」
前髪を掻き上げ、雲雀が体を起こしてくる。
「これ以上は流石にヤベェだろ」
間違い無く本音で呟いた。止められたのだってギリギリで、今度があったら耐えられそうにない。
「ここは満足してないみたいだけど」
雲雀が手を伸ばしてくるのをソファの上ではかわしきれず、まだ元気なそれを握られてしまう。
「おい……！」
「これ、帰って自分で処理するつもり？」
ゆるゆると細い指で擦り上げられ、それは雲雀の手の中で自然に形を成してしまう。
「離せよ」
快楽に容易く堕ちてしまいそうな自分が憎い。迂濶に動けないまま、意地悪な笑みを浮かべた雲雀に好きにされている。
「いつも自分でどうしてるの？」
わざとらしく親指で先端をぐりぐりとされ、思わず呻き声が出そうになるが、それを堪えても、雲雀がそう簡単に解放させてはくれないだろうとは覚悟があった。
「うるせーよ」
我慢の限界を感じ、眉根が寄る。雲雀が終始こちらを見ているのもばつが悪かった。
「ふぅん」
「おい、待てよ……ッ！」
止める間もなく、顔を寄せた雲雀はそれを躊躇い無く口に含んだ。
「マジかよ……」
濡れた温かい口内の感触に腰が震える。
「お返しだよ」
先刻自分がしたことをそのまま返され、耐えきれずに髪に指を絡めた。舌やら指やらで刺激しながら、雲雀は俺の表情を伺って弱いところを探っているらしい。
「く……っ」
早々に降参するわけにはいかないと堪えてはいるが、舐めたりくわえたりしている雲雀の顔はやけにえろい。本人は気付いていないだろうが、ちらちらと覗く紅い舌や、シャツの間から見える白い肌が正直良い眺めだ。何より、それをされているという事実に妙に興奮が抑えられなくなってきていた。
「案外しぶといね」
「馬鹿にすんな」
こっちは限界ギリギリだったが、余裕の笑みを浮かべてみせる。
「……疲れた」
突然、あと少しの所で手を離され、拍子が抜ける。
「おい！」
地獄か天国かあるいは両方のような責め苦から解放はされたが、散々もて遊んでおいて、これはどうするんだ！
「知らないよ、自分でしたら？」
「冗談じゃねぇぞ……」
この状況でそれだけは勘弁してくれ。