side:G
飽きもせず、髪を弄られてどれぐらい経つのか、時計も見れず俺は計りかねていた。
信じられないことに、膝に乗って、鼻唄混じりで俺の髪にピンを止めているのは、鬼の元風紀委員長様である。
「おい…」
「動かないで」
雲雀の手が正面から器用に俺の後ろ髪を束ねて、後れ毛をピンで止める。あの後食器を下げに来たアホ女が持ってきたのは髪ゴムとヘアピンで、俺は自分でできると言い張ったにも関わらず、こうして雲雀に好きにされている。
まぁ、左手がまだ使い辛いから構わねぇけど。それにしても、こいつこんなに俺の髪の毛で遊ぶの好きだったか?
「できた」
「そーかよ」
ようやく解放される、と溜め息を吐くが、雲雀が離れる気配はなく、括られた毛先を指で弄ってるようだ。
「満足したんなら退けよ」
いつまでも至近距離でいられると、正直つらい。
「満足、してないよ」
雲雀が膝の上から降りて安心できるかと思えば、そんなことをさらっと言われて生きた心地がしない。
「マジかよ…」
動けないまま、雲雀の目線ひとつにも警戒してしまう。まるで、どこから食べられるか脅える獲物のようだと自嘲が浮かんだ。
「ここ、まだ治りそうもないね」
頬を包んだ手の平が、絆創膏の上から優しく撫でる。
「そのうち治るだろ」
戦闘に支障がなければ顔の傷なんて気にしてられねぇ。それでも、雲雀は細かいことを気にしていちいち俺に当たりやがるんだ。
「君はすぐ約束を破るから嫌いだよ」
「約束なんてしてねぇよ」
身に覚えのないことで責められても困る。
「したよ、顔に傷を作ったら許さないって」
「…いつだ」
言われた覚えは、ない。
「一月前」
「知るかぁっ!!」
そんなの、雲雀にとっては一ヶ月前でも、俺にとっては10年後だ。身に覚えがないどころの話じゃなかった。
「何度言い聞かせても、君は弱いからすぐ傷を作ってくるんだ」
不満そうな言い方で、雲雀は何度も俺の頬を撫でた。こいつが気に入ってるのは俺の顔らしいから仕方ないのかもしれないが、雲雀に執着されているようで変な気分だ。
「…悪かったな、弱くて」
雲雀の言いっぷりにも困るが、自覚のあることを突かれては仕方ない。
こいつは、俺がちょっとくらい強くなったって駄目なんだ。雲雀と肩を並べるくらいになって、ようやく認めてくれるんだろう。
「今の君が弱いのは仕方ないから、もっと強くなればいい」
傷の上に唇が降りてきて、そこがじんわりと熱くなる。雲雀はどうしてこう躊躇いもなく触れてくるんだろうか。俺は、まだ知れるはずのない雲雀の10年後の姿にまだ慣れてもいないというのに。
「…ヒバリ」
頬に触れてみても、雲雀は表情も変えなかった。大人になったこいつに、俺はどうやって触れていたんだろう。
「なに」
沈黙の先を促すように、雲雀が目を細める。苛立ちを見せないのは、少しは穏やかになったということだろうか。
「…何でもねぇ」
未来のことを知ったからって安心できるわけでもないし、その先がどうなるかなんて誰にもわからない。情報の制限されたこの場所にいられるのはいいことかもしれなかった。
「そう」
何度も髪を梳く指は、記憶より少し長い気がする。身長くらいは距離を縮められたんだろうか。そんなことすら聞くことは躊躇われて、沈黙を積み上げることしかできない。
傷を癒して、自分を鍛え直さなければならないのに、なかなかそう出来ない自分がもどかしい。雲雀に聞いたのはこの時代のことよりも、匣や指輪のことだけで、それ以上を知るほどの勇気を持てなかった。あの敵の男から聞いた、10代目の身に起きたらしきことを思い返す度に、全身の血液が冷えて、心臓に痛みが走った。きっと雲雀に聞けば何かは知っているだろう。だが、その口から語られるのが間違いのない真実だと知っているから、怖いんだ。
「隼人」
呼ばれて、大袈裟なくらいに肩が揺れたのが自分でもわかる。顔を合わせれば、額にあたたかい唇が触れて、腕の中に隠すように抱き締められてしまう。
雲雀は、余計なことは何ひとつ言わなくて、俺の言えないことも全て知っていて、そのことで俺を責めたりはしないんだ。徹底的な個人主義が、逆に俺の支えになっていた。
「…ヒバリ」
背に回した手が、服を強く握る。そうしていなければ、自我を支えられそうになかった。
side:H
どれくらいそうしていただろうか。
「…悪ィ」
腕の力を緩めると、体を離して君がそう言って笑うから。
僕は衝動のままに口付けていた。
「――っ!」
逃げようとする頭を押さえ、唇を割って舌を差し込む。今だけは、煙草の味のしない君が不思議だった。
「ん、ん…ッ!」
文句も全て封じ込むように、酸素を奪って舌を絡め取る。まだ細く小さな体は、体重を掛けるだけでベッドに沈み、動かなくなった。
体面や状況を気にして欲しいものを得られないなら意味がない。過去の自分に遠慮する必要もなければ、君に気を遣うことだって僕らしくもない。欲情のままに、君の傷を暴いて僕の物にしてしまえばいいんだ。
「…ヒバ、リ…?」
困惑と呼吸に揺れた声は、まだ子供らしいそれで。手の内にある君は、懐かしい姿で僕を迷わせた。けれど、それも終わりにしよう。体を重ねてしまえば、時の隔たりなど大した問題じゃない。
「隼人」
呼ぶ名前は、君であり、僕の知っているもう一人の君。役割や立場など間に挟まない、唯一の関係するもの。
「なんだよ、いきなり…っ」
肩を押し返そうとする手首を掴み、捻り上げる。頭の上に押し付けてしまえば、緑の瞳には恐怖の色が浮かぶ。君が獲物で、僕が捕食者だということをようやく思い出したね。
「僕は自分のしたいようにするだけだよ」
乱れた髪からピンを外し、床に投げ捨てる。膝に体重を掛けて乗り上げれば、病室の寝台は酷く軋んだ。
「わけわかんねぇ…」
「君だって、したくないわけじゃないでしょ」
キスだけで反応したのか、ズボンの上から触れたそこは、僅かに堅くなりはじめていた。
「…っ…!」
「もっと、傷が深いうちにぐちゃぐちゃにしてあげればよかった」
けれど、小さい君は青白い顔で虚勢を張って、折れそうに細い体で自分を支えていたから。
「大人になるのは嫌だね」
手加減を覚えた手は、あくまでも優しくそこに触れる。下着の中に手を差し込めば、すぐに濡れた先端に届いた。
「誰が、大人だ…ッ!」
真っ赤な顔で、責めるような眼差し。まだ理性や羞恥が残ってるみたいだ。仕方なく押さえていた手首を解放してやり、腰に手を回す。
「ッ…おい…!」
制止の言葉を聞かず、それを口に含んだ。
「ヒバリ…ッ」
指と舌で刺激を与えてやれば、すぐに快感に震える腰。上擦った声も、情欲を呼び醒ますだけ。
「…ん」
深く口の中に招き入れ、上顎と舌で包み込むように吸い上げる。抵抗するわけでもない指に髪を乱されるが、気にも止まらない。そのまま、知っている箇所に舌で触れ、堪えられなくなるまで追い詰める。
「よせ…ッ!」
く、と喉を窄めるようにすれば、限界がすぐそこにあることは見えた。
「…ヒバ、――ッ!!」
細い体が二三度跳ね、放たれたものは全て受け止めた。飲み下し、唇を拭って見下ろせば、君は乱れた前髪の下から非難の視線を送ってきていた。
「早いね」
「うるせぇ!人が今まで我慢してきたってのに…」
体の横に膝をついて圧し掛かれば、言葉は途中で終わる。
「我慢、してたんだ」
「…うるせぇ」
「僕も、ここのところしてないからね。相手してよ」
君は僕には逆らえない。10年前も、今も。