身体中のあちこちに噛みつかれて、少し痛む。代わりに口付けてやれば、唇も切れた。
「ん…っ」
歯の当たるところが擦りきれているようで、血の匂いが鼻についた。きっと、シャツにも染み付いているだろう。
彼がここまでわかりやすく僕にあたるのは珍しい。いつもは悩んだ末に自虐的なまでの優しさで僕に触れるのに。
指に、ぎりりと歯を立てながら、そんな泣きそうな顔をするならやめれば良い。僕に止めて貰いたがって、噛みつくくらいなら。
「………」
口を開きかけて、やめた。僕が何かするほどのことでもない。その代わり、癖のある銀糸を片手で撫でてみた。途端、肩を揺らして驚いた顔。今の君がどんな顔をしているか、鏡を手にしていたら見せてあげられるのに。
そのまま指を滑らせて誘うように首筋を撫でれば、素直に堕ちてくる。血の味のする口付けを何度味わっただろうか。その大半は僕のものではなかったけれど。
「ん、く…っ」
開かされた脚の奥、満足な前戯も与えられないまま指が侵入してきた。濡れていないそこは拒むように異物を締め付け、余計に摩擦が増す。
痛みを示すようにシャツ越しの背中に爪を立てても、余裕のない様子に無駄だと悟った。後は、せめて体の力を抜いて、無意識の抵抗をやめるしかない。
「ヒバリ…」
歪めた顔で、僕の名が呼ばれる。それを特別な響きだと受け取るのは僕の自由だ。
「いい、よ」
痛みは伴うだろう。それでも、躊躇うことはない。首に手を回して強請るだけで君も僕の真意を受け取って、指をゆっくりと引き抜いた。
「悪ィ…」
余裕のない掠れた声が耳元に囁き、あてられたそれが容赦なく押し込まれ始める。君のそんな声を聞くことで僕が欲情するとは気付いていないだろうね。
「ァ、……ッ!」
切り裂くように拡げられる痛みに、堪えきれず喉から音が漏れた。こんなのは僕の声じゃない、生理現象だ。熱い塊が僕を奥まで侵し、理性を奪っていく。
「……ッ…」
喉が引き攣り、声すら出ない。それでも悟られないように腕を回し、肩口に唇を押し当てた。薄いシャツ越しでもその体は熱く、僕に温度を与えていく。
「ハヤ、ト…」
呼び掛けた名は揺すり上げられた拍子に不自然に途切れた。それでも伝わっていたのか、掻き抱く腕がより強くなって、肺が圧迫されて逆に苦しくなってしまう。
このまま水の外で溺れてしまうのかと他人事のように思いながら、行為に耽るのはやめない。意図的に脚を絡め、より深く引き寄せるように誘っていく。
「ふ…ぅ、…ッ!」
漏れる声は神経を逆撫でして邪魔をするようだけど、殺し切れなかった。
少しずつ滑りが良くなってきた内部に、君が構わず刺激を与えてくる。痛みさえも僕には快楽と紙一重、甘んじて受け入れてあげよう。
ひときわ激しくなる抽挿に、限界まで追い立てられる。
「ひばり」
呼ばれた気がして、揺らぐ視線を君に固定する。銀色の髪がちかちかした気がして、何度か瞬いた。
「……」
続く言葉はなかったらしい。否、言えなかったようで、歪んだ表情が全てを物語っている。君の引き出しには一体どれだけの言葉が腐ってしまっているのだろうね。
「もう…いい」
一際強く引き寄せて限界を知らせた。これ以上続けても、きっと記憶がなくなるから。
「…あぁ」
低い声が耳元を掠め、終わりに向けて激しさを増す行為に、僕は思考を投げ出した。
「…中で出されると困るんだけど」
ソファの上で君を敷布団にして、しみじみ呟いた。汗ばんだ肌が触れるのは、行為の後は不思議と嫌悪感は無い。
「外でも困るだろ」
「まぁね」
どっちにしろ、欲を処理する代償にしては後始末が面倒だった。
「離してくんねぇくせに、良く言うぜ」
小声でぼやくのを僕が聞き逃すわけもない。耳に指を掛け、少しだけ引っ張って恐怖を与えてやる。普段されているだけに、体に染み付いている痛みに顔を青くする君を見るだけでも、僕は気分が良くなる。
「仕方ないね、その方が気持ち良いから」
「……っ!!」
素直に言うと、真っ赤になった顔をすぐに反らす。たいしたことは言ってないのに凄く反応するね。
「信じらんねぇ…言うかよ、普通…」
「男同士でしてる時点で普通の基準からは外れてるよ」
「そーだけどよ…」
僕にとってはどうでもいいことを気にして君は悩むけど、本当に僕は気にしないんだ。
ああ、そうか。
「隼人は照れ屋だね」
「な…ッ!」
貞淑な性質の日本人であるはずの僕より、イタリア帰りの君の方が余程それらしい。皮肉な話だね。
「わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ!」
「…っ…動かないで…」
体を起こそうとする動きが、唐突に腰に響いた。
「…悪ィ」
撫でてくれる手は、温かくて優しい。噛み痕の残る肌はちりちり痛むけれど、そんなことは気にならなくなる。このまま寝てしまおうか、体の欲求に従いそうになって目の前の唇に噛みついた。
「――ってぇ、なんだよ」
「別に」
ことんと頭を落とせば、胸の近くに耳が触れて、鼓動が流れ込んでくる。
「うるさい」
「…何も言ってねぇよ」
せっかちな心臓の音は煩わしいけど、遠慮がちに髪に触れてくる指は、嫌いじゃない。
「…なぁ……恭弥」
どくん、と大きな音がした。どんどん早くなる心音。聞かない振りをした方がいいのか顔を覗こうとすると、頭を撫でる手で胸に押し付けられた。
「なに、隼人」
仕方がないから、名前を呼んであげる。何度か口にしただけで、名字よりも呼び易いせいかその三音は唇に馴染んだ。
「何でもねぇ!」
君の顔はきっと真っ赤で、自分でしておきながら後悔の渦に巻き込まれているのだろう。見なくたって簡単に想像できる。
かといって僕が素直におとなしくするわけもないことは、君も知っているだろう。
「はやと」
体を持ち上げて、顔を合わせる。白い肌は耳まで赤くて、本人は否定するだろうが、可愛いと思う。
「…なんだよ」
それでも、視線は外されたまま。
「さぁね」
君の心情は、鼓動と体温、そして何より顔が物語ってくれている。
たまにはこんなのも良いかもしれない。けれどその目が逃げているのは気に食わない。また、逃げられないよう追い詰めて、こちらを向かせれば良いけど。
唇に歯を立てて、血の混じり合う口付けを味わいながら。
さあ、次はどんな罠に掛けてあげようか。
獄寺って呼びにくいから、隼人って呼んじゃえばいい
ヒバ獄見てるとすごくナチュラルに名前呼び合ってて逆にびびるくらい
でも絶対 「はやと」より「きょうや」の方が呼びにくいよ
隼人は照れ屋さんだからむしろうちの雲雀さんは少しは恥じらいを持った方がいいと思う
…それはそれで怖いね