たんじょびびふぉあー

 

 

 まずい

 いや、直前に気付いただけまし、というか命拾いしたというか。Xデーはすぐそこに迫ってきていた。

 生憎手元に残っている金は当面の食費のみだが、暫く飢えに苦しむのと明日命を落とすことを天秤に掛けたらどちらに傾くかは明らかだった。

「ヒバリの喜びそうなもんなんてわかんねぇよ…」

 金があろうがなかろうが、使い途が決まらなければ意味はない。しかも去年は知らないうちに過ぎていたから、今回が初めてだってことにも余計緊張する。
 あいつの好きなもの、といったら並盛しか思い浮かばないし、他に興味のあるものなんて知らない。食べ物の好みも、わかんねぇ。嫌いなものがいっぱいあるっつーか、割とうるせぇ感じで。甘いものは嫌いじゃないみたいだが。
 そもそも、贈り物の定番とかで喜ぶ性格ではないのはわかりきっているし、ものを欲しがることがないのは承知してる。なら、どうするべきか。

「わかんねぇー…」

「獄寺君、どうかしたの?」

 机に額をぶつける俺の前に、10代目がひょこりと顔を出される。部下の様子を気に掛けて下さる10代目に、雲雀に渡すものの相談なんて恥ずかしくてできるわけもない。苦笑で誤魔化して顔を上げると、邪気の欠片もない10代目の大きな目とかち合った。

「う、いや…何でもないっス」

 俺と雲雀がどうこう、なんて知るわけもないとはいっても、後ろめたい気分になるのは隠し事をしている自覚があるからだろう。しかし、こればっかりは10代目に知られるわけにはいかない。

「具合が悪いわけじゃないならいいんだけどね」

 目の前の椅子に横掛けて朗らかに笑う10代目を見ていると、もし体調が悪くてもその笑顔だけで元気になれるような気がする。ボスが癒し系ってすげぇ恵まれてるんじゃねぇか、もしかして。

 それに比べて、癒しの正反対を行くあいつは。

「くそー…」

 ぐしゃぐしゃと頭を掻いたって何の解決にもならないことくらいわかってる。それでもこのはっきりしない気分と目前に迫るタイムリミットは脅迫にも似た圧力で俺を苦しめていた。

「えと、獄寺君…悩みごと?」

 俺で良かったら話聞くよ、なんて言われて思わず感動で視界がぼやける。

「10代目ぇ…」

 無理に聞き出そうとはしない優しさと、心配してくれていることに胸が詰まる。なのに、俺が考えていたのはあのヤローのことばっかりで、情けねぇったらありゃしねぇ。いっそ、ここは10代目のお力を借りるしかねぇか。

「実は…」

「お、何か真面目な話でもしてんのか?」

 頭の上から脳天気な声と重さが降ってきて、俺の額はまた机と激突した。脳に衝撃与えると細胞が死ぬって言う話が本当なら、今俺は何%か馬鹿になっただろう。

「てめぇこの野球バカ!今10代目が俺の話を聞こうとなさってんだ邪魔すんな!」

「まぁまぁ、面白そうだし俺も混ぜてくれよ」

「てめぇはどっか行ってろ!」

 頭の上に馴れ馴れしく置かれた腕を振り落とし、10代目に向き直る。あぁもう、考えてたことがすっかり吹っ飛んじまった。

「で、実はですね…」

「…う、うん」

 何となく小声になる俺に釣られてか、10代目も身を乗り出す。横から野球バカのムカつく顔が割り込んできたがもう無視だ。

「ヒバリのヤツのことなんです」

「え、ヒバリさん?」

 その名前を出すだけで10代目の顔色が変わる。そりゃそうだ、この学校で平穏無事に過ごそうとすれば避けて通るのが一番、触らぬ神になんとやらだ。

「あいつが喜びそうなもんとか、何かないっすかね…?」

 段々声が小さくなっていくのを必死に聞き取って10代目が頷くのを確認する。何か、改めて口に出すと恥ずかしいってもんじゃねぇ。やっぱりやめとけばよかった。

「ヒバリさん……そっか、誕生日」

 ぽん、と手を打つ10代目。流石慧眼でいらっしゃる、あえて言わなくてもお見通しだ。というか、その誕生日自体も10代目に教えていただいたんだから当然か。

「なんだ、パーティでもすんのか?」

「話を大きくすんじゃねぇ!」

「そ、そうだよ。皆でパーティなんて開いたら咬み殺されちゃうよ!」

 確かに、群れと見なせば目的は何であれ咬み殺すのがあいつだ。…ていうか、そもそも10代目がヒバリの誕生日を祝う理由もねぇ!

「はは、ヒバリの誕生日祝うのも難しいのな」

「ヒバリさんの喜びそうなものかぁ…」

「あいつが好きなもんって、わかんねぇっすよ」

「そういやこないだ親父が、ヒバリが食いに来たって言ってたな」

「ヒバリさんが竹寿司に?!」

「平目の縁側とか好きみたいだって聞いたぜ」

 制服のまま平気で寿司屋に入ったんだろうことは想像できる。和食とかも嫌いじゃないだろうし、回ってる寿司を食ってるところなんて考えられない。それにしたって。

「寿司かよ…」

 祝いごとには悪くはないかもしれないが、そんなものは選択肢にすら入れられるわけもなかった。何より、先立つものがないんだ。

「……ヒバリさん、ケーキとか食べるのかな」

 ぽつり、と10代目の溢した言葉に頭の上で電球が点灯する。いや、古風な例えだがまさにそんな感じだった。

「それです、10代目!」

「へ?!ど、どれ?」

 あのヤローのことだ、どうせ自分でケーキなんて用意してないに違いない。そこで俺がケーキを渡せば一石二鳥ってやつだ!

「じゃあ、俺ちょっと調べものしてきますんで!」

「あ、うん、頑張って」

「よくわかんねーけど頑張れよ、獄寺ー」

 10代目の声援を背に受けて、俺は図書室へと走った。

 学校の図書室では大した資料が望めるわけじゃない。ただ、作戦をまとめるには静かな環境がいいってだけだ。

 隅の机の一角を占拠して、紙を広げる。手持ちの資金は心もとないが、最大限に生かさなければならない。



――雲雀恭弥に、ケーキを与えるために。