AM8:15
「ったく…なんなんだよ、朝から」
二人しかいない応接室。雲雀が書類を前にして黙ってしまえば静かで、仕方なく俺は憎たらしくなった携帯を手の中でいじっていた。
「嫌がらせ、だよ」
ようやく雲雀が言ったのはそんな一言だった。俺もいい加減言われ慣れてるからそれくらいでつっかかったりはしない。
「10代目の前で恥かかせやがって…何で俺の携帯まで校歌いれなきゃなんねーんだよ」
独り言のようにぶつぶつと文句を言う。どうせ聞こえててもどうというわけじゃない。
「つうか狙ってやってるよな、性格悪ィ」
授業の開始を知らせるチャイムが響く。どうせ授業には出なくてもいいが、あまり遅くなると10代目が心配するかもしれない。そう思うと落ち着かなくなってきた。
「気になるなら教室に戻れば」
「うるせぇ」
見透かされたようでむかつく。余裕ぶった態度も、見下ろす目線も。
言われると素直に戻る気にはなれなくて、そのままソファに背を預けた。
「ヒバリ」
意味もなく名を呼ぶ。どうせ反応はないだろうが。
「なに」
ちらりとだけ視線が向けられた。それだけで油断していた俺は撃ち抜かれたように竦みあがる。
「…良く、寝れたのかよ」
顔を逸らしつつ、誤魔化すように言う。
「君が潜り込んでも気付かないくらいにはね」
しまった、と顔色を伺ってみるが、朝のように不機嫌な風ではなかった。
「そりゃ良かったな」
安堵の溜め息を隠さず、姿勢を崩す。雲雀といると緊張することも多いが、長くは続かなかった。
「お前の部屋、静かだったぜ?」
「…そう」
書類をめくる雲雀の表情に変わりはない。まるで何もないことをわかっているみたいに。
「大体何で俺なんだよ。いつも風紀委員とかこきつかってるくせに」
「プライベートまで風紀委員に関わらせる気はないし、君は鈍そうで丁度良かったんだよ」
雲雀の返事の意味は良くわからなかった。俺が鈍いとどうだって言うんだ。
「わけわかんねぇ、お前」
肘置きに寄りかかり、絡むように言うと、今度は雲雀が溜め息を吐いた。
「君なら見えないし感じないだろうって話」
それ以上は話したくない、といった感じの言葉を反芻し、考えてみると。
「…よせよな」
信じるわけじゃない。ただ、悪ふざけで雲雀がそんなことを言い出すとは思えなくて、悪寒が走る気さえしてくる。
「幽霊が怖いとか言うなよ」
「君こそ、怖いんでしょ」
「うるせぇ!」
そんな非科学的なものがいるわけない。雲雀の話も、俺をからかうための演技に違いない。第一俺は幽霊なんてものは見たことないから、信じるわけもないだろ。
「お前んち、もう行かねぇ」
生きてるやつにだって雲雀に恨みがあるやつがいくらでもいる。無念を抱いた霊が一人や二人どころじゃなく憑いてたっておかしくはねぇ。
「怖いんだ」
「怖かねぇって!」
くそ、雲雀の声が面白がってる。
「てめぇこそ、一人で怖くて寝れねぇって俺に泣き付いてきたんだろうが!」
「怖くないよ。そんなもの出てきたとしても咬み殺すからね」
雲雀が言うと本当にやりかねないと思うから恐ろしい。相変わらずこいつに怖いものなんてねぇよな。サクラクラ病にかかってフラついてた頃が懐かしいぜ。
「それに僕は泣き付いてなんかいないし。そんなことしなくても君に言うことを聞かせるのなんてできるからね」
確かに雲雀が泣き付いてきたら世界の終わりだと思うし、何だかんだで俺が雲雀に逆らえないこともばれている。
「自分で追い払えよな」
言っておくが、俺は幽霊なんか見たこともないし信じちゃいねぇ。雲雀の言うことに乗ってやってるだけだ。
「出てこないものは咬み殺せないよ」
むすっと呟く雲雀が可愛く見えたのは、気の迷いで目の錯覚だ。
「俺が番犬してればいいのかよ?」
「そうなるね」
あくまでも不遜な同意に、自然と笑みが浮かぶ。
「お盆の時期とか近いもんな」
「馬鹿にしてるでしょ」
「してねぇよ」
ただ、雲雀の家に行く理由はできた。どうせ幽霊とかそんなもんは見えねぇから、着替えと暇潰すものを持ってまた泊まりに行ってやろう。
「何にやついてるの、気持ち悪い」
「な…言うに事欠いて気持ち悪いはねぇだろ!」
その言い方は、マジで傷付く。
「気持ち悪いのを気持ち悪いと言って何が悪いの」
「繰り返すな!」
浮上し掛けた気持ちはまたどん底だ。悪意があってもなくても雲雀の性質の悪さには手を焼かされて、振り回される。
「くそ…ヒバリのバーカ」
やけくそで呟いた言葉に、雲雀が眉を寄せる。
「…君には言われたくないよ。10代目馬鹿のくせに」
「10代目を馬鹿にすんな!」
「君を馬鹿にしてるの」
「誰がバカだ!」
不毛な言い争いは暫く続いて、俺が息切れするのと雲雀が切れるのはほぼ同時だった。
トンファーでしこたま殴られて応接室を蹴り出された後、教室に戻る気もなくて。仕方ないからその辺で時間を潰して、昼休みになったら10代目を昼飯に誘いに行くことに決めた。
PM12:05
「大丈夫?獄寺君…」
昼休みに入ってから現れた獄寺君はボロボロで、所々血が滲んでいたりもした。まぁ、購買で新発売のパンをちゃっかり買ってくるくらいには元気みたいだけど。
「平気っス!その辺の野良猫に引っ掛かれただけっスから」
獄寺君は笑ってそう言うけど、近所の猫はトンファーで君を殴ったりはしないと思うよ。
「最近の野良猫は狂暴なのなー」
ほら、そういうこと言うと山本が信じちゃうから!
「そういや獄寺お前さ、校歌の着うた持ってんだよな」
「!…だから何だよ」
山本そこ突っ込んじゃ駄目ー!っと俺が慌てても通じるわけはなく。
「流行ってんだろ?俺にもくれよ」
山本スマイルがこーゆーときは恐ろしいよ。あぁ、獄寺君が暴れませんように!
「…これは駄目だ」
「そっか」
あれ?あっさりと会話終了。ていうか、もしかして獄寺君照れてるのかな。
「――10代目、俺が携帯にパス掛けてるとしたらいくつかわかります?」
4桁の数字で、と言われて考えてみたら、それっぽいのが一個浮かんだんだけど、まさかそんなことないよな。
「俺わかったかも」
「てめぇにゃ聞いてねぇ!」
山本に対する獄寺君はやっぱりいつも通りだった。さっきのは気のせいかな。
「1027ってとこだろ。10代目・ツナ」
「!!」
俺の考えてることを山本も考えてたみたいだけど、まさかね。
「くそ…野球バカにまであてられんのかよ」
獄寺君が本気で悔しがってる。まさかそれが正解なの?!
「10代目はどうっスか」
ここははずしてあげた方がいいんだろうか。でも今更他のなんて思い付かないよ!
「俺も…そんな感じかなって…」
恐る恐る言ってみれば、本気でショックを受けているみたいだった。俯いて、肩まで震わせてる。
「流石10代目は何でもお見通しっスね!」
獄寺君、何だか顔を上げた君の笑顔がとっても痛いよ。何か適当なことを言ってあげれば良かったかな。
「えーと…獄寺君?」
打ち所が悪かったんだろうか、ちょっと心配になる。さっきから赤くなったり青くなったり様子もおかしいし。
「今度は誰にも解けないようなパス考えてきますよ!」
「あぁ…うん、そうしてくれる?」
また良く分からない落ち込み方されても困るし。ていうか、獄寺君って頭良いわりにそういう所が変に真っ直ぐでわかりやすいんだよね。馬鹿正直、は言い過ぎか。
「んじゃ飯も食ったんでちょっくら行ってきます!」
「えぇ?!もう行くの?」
獄寺君はパンだからか、いつも俺より食べ終わるのが早かった。それにしても今日は早すぎる。さっききたばっかりなのに、どうしたんだろう。午後の授業もサボるつもりなのかな。
「今度はどこ行くんだ?」
「てめぇにゃ関係ねーよ」
山本にケンカを売りつつ本当にどっか行っちゃった…
「忙しそうだな、獄寺」
「うん…」
授業にはちっとも出てないんだけどね、今日。出席になるのかな、これで。