AM0:00

「じゃあ僕はそろそろ寝るよ。音を立てたら咬み殺すからね」

 ベッドに潜り込んだ雲雀がそう言って欠伸をした。

「俺はどこで寝りゃいいんだよ」

 雲雀は床を指差して、そのまま布団を肩に掛けて寝てしまう。

「床かよ…」

 仕方なく横に置いてあった毛布を体に巻き付けて、ベッドに背中を預ける。一緒に寝ることを期待してたわけじゃないが、床で寝ろと言われるとは思ってなかった。

「しかし、静かなもんだよな」

 番犬としての役目を思い出して辺りを伺ってみるが、騒がしいどころか静まりかえっていて、他に住人がいないのかと思うくらいだ。
 雲雀の神経質さは尋常じゃなく、葉が落ちる音ですら目を覚ます、とは10代目から聞いていた。さすがに普段からそんなことはないと思うが、家で寝れないから学校でも良く寝ているのかもしれない。実際寝てる雲雀に何かしようとして、すんでのところで気付かれてお仕置きを食らうのはよくあることだった。

 静かに聞こえてくる寝息に、ほっと息をつく。様子は見えないが今は良く眠れているようで、身じろぎもしない。
 片膝を立てて腕を乗せ、寝る体勢を作る。今日は寝る前の一服は諦めるしかない。腕に額を預けて目を閉じれば、借りたパジャマからは雲雀の匂いがした。

「ん…」

 吐息を漏らすような声に、ベッドの軋みと衣擦れの音。雲雀が寝返りを打ったようだった。ぽふんと倒れてきた手が、頭に触れる。

「………」

 暫し確かめるように探る手が、次第に力をなくしていく。頭の上でそのまま落ち着いたのか、動かなくなった。

「マジか…」

 触れられた場所がほんのり温かい。雲雀は眠ってしまっているようで、このまま動けそうもない。
 俺は、気まぐれな眠り姫の睡眠を妨げないように朝まで眠るしかなかった。

 

 

 

 

AM6:30

 俺はぬくぬくと寝ていた。そう、切れるほどの殺気に気付くまでは。

「どうして君がここで寝てるの」

「待て、落ち着け!!」

 ゆらりと起き上がった雲雀がトンファーを構えると、流石に命の危険を感じて俺はベッドから飛び降りた。
 床で寝ていたはずが、寒くて思わずベッドに忍び込んでしまったらしい。寝惚けていたとはいえいささか命知らずな行動だとは思う。幸いその場では咬み殺されなかったが、今現在がヤバい。

「わ…悪かったって」

 どうせ一緒に寝るなら寝顔も見たかった、なんて言ったらますます殺される。

「むかつく」

 寝起きで不機嫌な雲雀は鬼とかそんなんじゃない、もっと恐ろしいものだと思う。

 

 

 

 

AM7:15

 幸いというかなんというか半殺しで済んで、着替えた後、朝食はバターを塗っただけのトーストとカフェオレをもらった。砂糖を掛けてあげようかと嫌味たらしく言われたので丁重にお断りしたが。

「なぁ」

 カウンターで一人朝食を摂る雲雀にソファから声を掛ける。トースト一枚はあっさりと腹に消えていた。

「また番犬が必要なときは呼べよ」

 役に立ったのかはわからないが、飯付きボコりなしならまた泊まっても良いかななどと思っていた。

「気が向いたらね」

 食べ終わったのか片付け始めたので、俺も食器を持って台所についていく。

「コップのひとつも洗えないなんて、どうやって生活してるの」

「うるせぇ、あれはたまたまだっつーの」

 力が入りすぎた、という自覚は一応ある。さすがにいつもはそんなに食器を割ってなんかいるわけもない。

「ふぅん」

 何かしている雲雀の手元を見てると、つい魅入ってしまう。何気なく見つめていると、雲雀に声を掛けられた。

「支度しなくて良いの」

「っと、そうだな。洗面所借りるぜ」

 さっさと支度して、今日も10代目をお迎えにあがるんだ。

「歯ブラシ新しいの使ってね」

「おう。これだな」

 パッケージから出されていない歯ブラシを見付け、手早く歯を磨く。すすいだそれをどうするか少し考えたが、雲雀のやつの隣に立て掛けた。

「スプレーとかねーのかよ…」

 整髪料を探してみるが、あるのは余り使われてなさそうな寝癖直しウォーターだけ。

「ナチュラルすぎだっつーの」

 雲雀の髪の感触を思い出して、つい呟く。仕方なく適当に梳かして頭は済ませた。

「…ってなに俺の携帯勝手にいじってんだ!」

 顔を洗って戻ると、ソファで暇そうに座る雲雀が持っていたのは俺の携帯だった。

「別に」

「メモリー消すなって!…くそ、じゅうだいめ、と…」

 急いで取り返すが、幸い電話帳を何件か消されただけなので真っ先に10代目の番号を入力し直しておく。後は掛ってきたら登録すれば良い。

「覚えてるの、馬鹿みたい」

「うるせぇ!…げ、ヒバリの着信音、校歌になってら…」

 他にも何かされてないか確認してみれば、えらいことになっていた。

「勝手に変えたら咬み殺すよ」

「なんだそりゃ!てぇかどんだけ学校大好きっ子なんだよお前!」

 パス掛けときゃいじれねーだろ、とあてつけに言いつつ、セキュリティロックを掛ける。

「1027」

「………」

「あたり」
 俺が散々悩んだ末に忘れないよう考えた番号は、一発で言い当てられた。くそっ!何にやにやしてんだてめぇ。

「余裕ぶっこいて遅刻しても知らねぇぞ、バーカ」

 我ながら子供っぽい捨て台詞を残して、上着と鞄をひっ掴んで部屋を出た。雲雀が怖いわけじゃないが、できるだけ振り返らないで。

 

 

 

 

AM8:00

 今朝の獄寺君は何か違った。髪の毛がいつもみたいにつんつんしてないし、煙草も吸ってなかった。そのせいか、隣に立ったときに妙に良い匂いがした。山本にそう言われると、顔赤くして慌ててたっけ。

「あれ、今の着うたってヒバリさんの…」

 三人で歩きながら校門に差し掛かった頃、微かに並中の校歌が聞こえて、近くにヒバリさんがいるのかと思って見回してみる。

「ッてめぇ朝からいきなり電話してんじゃねぇよ!」

「獄寺君のなのー?!」

「今のってうちの校歌だよな」

 ヒバリさんはいなくて、慌てて携帯を開いて耳にあてたのは獄寺君だった。意外…っていうかどうしたんだろう。

「って、窓から見てんじゃねぇ!わざとだろこの野郎!」

 獄寺君が睨んでる方を見てみると、校舎の窓に黒い人影が小さく見えた。

「まさか」

 黒髪に、黒い服と言ったらあの人しかいない。

「…わかった、今から行くから覚悟しとけ!」

「………」

 気のせい、だよな?こっち見てるとは限らないし、ね。

「10代目、俺ちょっと用事ができたんで先に教室行っててください」

 携帯を切って振り返った獄寺君は、いつもの爽やかで人懐こい笑顔。

「あ、うん。…ところで、さっきの着うたって…」

 一応、聞いてみようか。何かの間違いかもしれないし。

「げ、いや、あれは…流行ってるんスよ!じゃ、俺行きますんで!」

 物凄い勢いで走って行っちゃったけど、一瞬顔色悪くなったよな、今。やっぱりヒバリさんが関係してるのかな。

「なんだ、校歌の着うた流行ってんのな。そんなの使うのヒバリくらいだと思ってたぜ」

「いや、多分流行ってないよ…」

 朝から何だかどっと疲れた。ツッコミいれたいのはやまやまだけど、聞いちゃいけないような気がするし。

「ヒバリにコピってもらったんかな?後で俺らも獄寺にもらおうぜ、ツナ」

「いや、いらないし!」

 流行りに乗るたちじゃないのに、山本は面白がってるみたいだし、誰か何とかしてくれ〜!