映画コラム



  1. 「オフシアター」

  2. 首都圏シアターガイドシリーズの最後は「オフシアター」。

    美術館、図書館、語学学校、文化交流センター等々、 正式には映画館ではないところで行われる上映会のこと。 こういうところは教育とか文化交流が目的なんで、 無料かそれに近い料金で、非常に珍しい作品が観られたりする。 上映は概ね一回限り。うっかりしてるとすぐ見逃してしまうので注意。

    最初は「ぴあ」のオフシアターコーナーで探すのがいいだろう。 「Tokyo Walker」は全然載ってないからダメ。


    まずは京橋の「東京国立近代美術館・フィルムセンター」。 その名の通り、北の丸公園の東京国立美術館の別館で、 膨大なライブラリーの中からだいたい2ヶ月周期で いろんな特集上映を行っている。 料金はプログラムによって若干異なるが、 所蔵作品なら一般400円ぐらい。 座席数がそんなに多くなくて立ち見もなしなので、 人気のあるプログラムだと30分前でも入れなかったりする。 一連の特集の間に2〜3回は同じ作品を上映するので、 気合いを入れて臨むべし。

    次がお茶の水と水道橋の間にある「アテネフランセ・文化センター」。 語学学校「アテネフランセ」の4階の一角が劇場になっている。 ここはむかーしから映画に通じていて、 上映会以外にも講演会や勉強会等、いろんな企画をやっている。 故淀川氏の「映画学校」という名の講演会が大好きでよく通った。 字幕のないフィルムにはスライドでオリジナル字幕を付けてくれたり、 とにかく映画に対するスタッフの熱意には、ただただ頭が下がるばかり。

    「東京日仏学院」、「東京ドイツ文化センター」は、 それぞれの国の文化交流が目的の施設で、 すごく珍しい作品がかかったりするんだけど字幕がないことがほとんど。 ちょっとつらいっす。

    「イメージフォーラム」は映画の専門学校だったんだけど、 最近渋谷に劇場を開いたようだ。 普通の作品はもちろん、受講生の作品の上映会なんかをやってるんだけど、 なぜかほとんどいったことないなぁ。

    そういえば、「アップリンクファクトリー」も行ったことない。 「ワンドリンクサービス」ってのがちょっと引っかかる・・。 プログラムは良いので一度行ってみなければ。

    都心からは離れるけど、武蔵小杉の「川崎市市民ミュージアム」も 結構いいプログラムを組むことが多い。

    ちょっとかわった穴場は渋谷の「電力館」。 月曜だけ上映会をやっている。 確かプロジェクターだったとは思うんだけど、 ただみたいな料金で大きなスクリーンで観られるのはおトク。

    あと、不定期に図書館で上映会をやることがある。 フィルムに映写機なのはいいんだけど、 そもそも劇場がちゃんと整備されていないことが多くて、 会議室にパイプ椅子並べてやってたりする。



    総じて、「おいおいこんなとこで映画やるんか?」って感じの場所が多いけど、 逆に熱意のあるスタッフがいないとこんなことやってられないし、 彼らが金勘定抜きに「観て欲しい」と思う作品を上映するわけだから、 非常にいい作品に出会えるチャンスがいっぱい転がっている。

    最初は雑誌「ぴあ」ぐらいしか情報源はないが、 一度いったらそこの上映予定のチラシをもらっておく。 たいがい、交流のある劇場のチラシなんかが一緒に置いてあるから、 それももらっておく。こんな調子で守備範囲を広げていこう。 やはり、こういうとこを極めてこそ真の映画オタといえよう。 俺もまだ行ってないとこあるってのはまだまだっすね・・。


  3. 「いちにの3番館」

  4. これまであんまり厳密に区別してこなかったけれど、 映画館というのは、「1番館(封切館)」、「2番館」、 「3番館」、「名画座」に分けられる。


    「1番館」てのはその別名の通り封切り映画を上映するところ。 作品もぴかぴかなら劇場もぴかぴか。 ドルビーサラウンドやら何やら最新の音響設備が整ってて、 座席もふかふか、トイレもぴかぴか。 当たればどんどんロングラン上映するけど、 外せばどんどん新作に差し替える。

    んで、1番館は追い出されちゃったけど まだまだ収益が見込めそうな作品は「2番館」にまわされる。 設備はそれほど整っていないけれど、 「しまった、見逃した!」ってときによい。

    1番館と2番館で、洋画なら半年、 邦画なら3ヶ月間上映したら「3番館」へ(大ヒットロングランは除く)。 ここは、「あー、そーいえばこんな作品のCMやってたなぁ」 という時期になってから、週替わり2本立てで上映する。 この3番館に公開が許される時期は、ビデオの発売時期と同じ。 だからビデオと直接競合するのは実は「3番館」で、 「ビデオで観るよりはスクリーンで観たいなぁ。」という、 若干特殊なお客さんしか来ないわけで、 ビデオの普及と共に激減しているのは当然ともいえる。

    さらに風前の灯火の「名画座」は、 本来その名の通り過去の名画を上映するところ。 「銀座文化」「並木座」「大井武蔵野館」「ACTミニシアター」あたりが 純粋な名画座だったんだけど、ここ何年かでぜ〜〜〜んぶなくなちゃった。 そんなわけで、ほんとの「名画」だけでやっていけるような劇場は 実際ほとんどなくて、大抵のところは「3番館」を兼ねている。 いい加減苦しいはずの「3番館」のほうが稼げるってのは寂しいなぁ・・・。


    でもね、「3番館」と「名画座」は特に区別しなくていいと思う。 封切り後何カ月も経てば(名画かどうかは置いといて)過去の作品。 どちらも、普通にビデオで観られるはずの作品を わざわざスクリーンにかけてくれるこだわりの館主さんと、 わざわざ電車乗り継いでやってくる酔狂な映画ファンがいて 初めて成立する、絶滅寸前の貴重な空間だ。

    恐らく、今の館主さんたちが引退したら、 そのままこうした劇場は消えていくんじゃないか。 せいぜいもってあと10年。

    ・・・なんて不安を煽ってはみたものの、 昨今のミニシアターの流行もあってか、 新作映画封切り本数は特に減ってるわけじゃない。 ここは開き直ってビデオレンタル店と小規模な劇場を併設してみるとか、 名画座、3番館の方にもミニシアター的な新しい流れが 出てきてもいいんじゃないだろうか、 なんて何の責任もない立場にいるのをいいことに ぼそりとつぶやいてみる。


  5. 「映画は生もの」

  6. 映画は「生もの」。「いきもの」じゃないです、「なまもの」です。 いや、「いきもの」でもいいんですが。

    映画と演劇を比較するとき、しばしば演劇はその公演毎、 その場限りの「なまもの」で、 映画はコピーを繰り返し見せてるだけだといわれる。 舞台というのは役者の調子、観客のノリ、そうした会場の雰囲気が 毎回全く違う舞台を生み出してゆくのだから、確かにその通り。 なんだけど、もうちょっと賞味期限が長いってだけで、 映画だって「なまもの」なんだ。

    第1に、フィルム自体の科学的特性の問題。 昔はニトロセルロース(火薬の一種)でできていたため、 爆発的によく燃えた、っていうより実際爆発していた。 『ニューシネマパラダイス』では、 映写機のライトの熱でフィルムが燃えてたよね。 昔の映画館てのはとてもキケンだったんです。 戦前の作品は火災や空襲で丸ごと無くなってしまったものも多い。 残っていたとしても劣化が早く、 適切な保存処置を施さなければならない。

    近年のフィルムでは、 不燃性はもとより発色性その他様々な面で格段に進歩してきている。 とはいえ、いくらきれいなまま何十年も保つといっても、 保管される場所が無くなったり、権利が切れると、 Master以外のプリントの大部分はジャンク(廃棄)され、 フィルムは存在したとしても現実には上映される機会を失ってしまう。 これが第2の問題。

    確かにビデオやDVDならいつでも観られるが、 特に過去の名作をスクリーンで観ようとなると、 たまたまどこかの名画座にかかるのをじっと待つしかない。 そしてそのチャンスを逃すと、 よくて数年、下手をすると一生スクリーンではお目にかかれない。 不朽の名作『7人の侍』や『東京物語』ですら、 年に何度スクリーンにかかるだろうか。 これくらいの作品なら見逃しても来年チャンスはあるだろう。 なんで私は『バリーリンドン』がまだ観られないんだ? 『雨に唄えば』は年に一回は観たいぞ。 どうすりゃいいんだ。



    「ひとは一生の間に何度、満月を目にするのだろうか? せいぜい、20回ほどだろう。 しかしひとは、見上げればいつでもそこに月は在り、 何度でも目にすることが出来ると思っている。 実際にそれほど見られるわけではないのに・・。」
    ベルナルド・ベルトルッチ『シェルタリング・スカイ』
    原作者ポール・ボウルズによるモノローグ(うろ覚え)

  7. 「映画の起源」

  8. いまさらながら、「映画の起源」。


    ちょっとずつ変わる静止画をパラパラと連続的に見せると、 目の錯覚であたかも動いているように見える。 これを「仮現運動」或いは「間欠(間歇)運動」といい、 全ての「動画」の原理だ。

    一例を。次のように円盤に絵を描いて、絵の間に切れ目を入れ、 風車みたいにくるくる回るように円盤の中心を棒の先に鋲で固定する。 絵の描かれている面を鏡に向けて、 勢いよく回しながら裏側から隙間越しにのぞき込んでみると・・。 Zoetrope ちなみに、このおもちゃは『ゾエトロープ』というんだけど、 フランシス・F・コッポラの会社の名前になっている。


    1839年、フランスのダゲールが世界初の写真技術 『ダゲレオタイプ』を発明。 その後、写真の技術開発が進むにつれ、 連続的に撮影した写真による「動く写真」の開発が始まり、 1870年代には馬の歩みの連続写真などが撮影されるようになった。 しかし当時の乾板写真(板に感光剤を塗りつけたもの)では、 せいぜいゾエトロープの絵を写真に置き換える程度のものしか出来ない。 1886年、連続フィルムカメラが完成し、 次いでイーストマン・コダック社がニトロセルロース製ロールフィルムを発売。 これでようやく、「フィルム」に連続写真が撮れるようになった。

    さらに素早い「動き」を撮影するには、 撮影の瞬間に一瞬シャッターを開き、 それと同時にフィルムの回転を静止して露光させ、 次いでシャッターを閉じている間にフィルムを1フレーム分送るという 一連の動作を、素早くかつ正確に繰り返さなければならない。 これを「かき落とし機構」或いは「間欠運動機構」と呼ぶ。

    この装置の開発競争が主にアメリカとフランスで起こったが、 最初に成功したのは、かの発明王エジソン。 先ずフィルムの改良に取り組み、 パーフォレーション(フィルムの縁の穴)を考案した。 かき落とし機構の方は、 シャッターのすぐ裏に「櫛」のような部品を取り付け、 フィルムに沿って往復運動させる。 フィルムはこの装置の前後で弛ませておいて、 何もしなければフィルムが静止しているようにしておき、 送るときだけこの「櫛」を穴に引っかけて1フレーム分動かせばいい。 この「櫛」をうまく動作させるためにまたいろいろ工夫があったんだが、 とにかくこれでフィルムの動きを正確に制御し、 シャッターと完全に同期させることが可能になった。 そして1890年、撮影機『キネトグラフ』と、 のぞき穴式映像再生装置『キネトスコープ』を完成。 ここに、映画の技術的な基礎が完成した。

    『キネトスコープ』っていうのは、 箱の中にフィルムが納められていて、 フィルム送りのハンドルを回しながら、 箱の一角に空いた小窓から拡大鏡に映る映像を覗き込むというもの。 実物を博物館でさわったことがあるけど(もちろん複製品)、 そのまんま「写真のフィルムを覗いてる」としか感じられないような装置だった。 エジソンはこれを「映像の記憶装置」として、 蓄音機と組み合わせて売り出そうと考えていたらしい。


    ここであらためて、「映画って何だ?」と問うてみよう。

    もちろん「フィルム」は最も重要な要素ではあるけれど、 それだけ眺めてるんじゃ「映画」じゃない。 それがスクリーンに投影され、 鑑賞できる状態にあってはじめて「映画」と呼べるはず。 つまり、「フィルム+映写機+スクリーン+上映活動」の 全部をひっくるめて、即ち「映画」という装置なんだ。 そういう意味で、エジソンの『キネトスコープ』は 「映画」と呼ぶにはちょっと足りない。 もちろん、エジソンの発明が「映画」に欠くべからざるものであることには 違いないんだけど。

    1895年12月28日、パリのキャプシーヌ通りはグラン・カフェ地下にて、 リュミエール兄弟が「ショー」を催した。 プログラムは『列車の到着』。 場内に設置されたスクリーンには、 駅と、その向こうから今まさに到着しようとしている列車の スライドが映し出されていた。 ・・・と、徐々にその列車が動き出し、 激しく蒸気を吹き上げながら 客席に迫ってくるではないか! 「これに驚いた観客は騒ぎだし、 中には轢かれると思って逃げ出すものもいたほどだ」 というのはちょっとうそ臭いが、 衝撃的な体験であったことには違いあるまい。

    これが、リュミエール兄弟の開発した映写技術『シネマトグラフ』による、 世界最初の有料公開映画上映会だ。 ここには既に、先に挙げた「映画」の全ての要素が含まれており、 まさに「映画の誕生」と呼ぶのにふさわしい瞬間であろう。 さらには、初めて実験室を出て有料公開上映されたという意味で、 「映画産業」の誕生でもあるのだ。 以来、映画において「列車」というものは、 「始まり」を意味する特別な象徴的存在として語られるである。



    そんなわけで「映画生誕100年祭」は、 1995年に日本を含め世界中で盛大に祝われた。 エジソンの母国、アメリカ合衆国を除いて。 実は「アメリカ、フランスどっちが映画発祥の地か」 という問題には未だにいろいろ議論があって、 それぞれ自分の国が一番だといって譲らない。


    まぁ、種を仕込んだエジソンが「映画の父」、 世に送り出したリュミエール兄弟が「映画の母」 ってことでいいんでないの。 「兄弟」が「母」って、ちょっと、なんだけど。




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