あの"運命の日"から、三ヶ月が過ぎようとしている。



でも


まだ答えは見つからないまま。









- 君去りし後 -



「何しているの?アティ」
瞼にかかる日差しが翳ったかと思うと、同時に聞きなれた声が降る。
眩しそうに開いた瞳に映ったのは神経質そうな美女。
「…アルディラ……うん、ちょっとね、思い出していたんです」
身体にまとわり付いた砂を払いながらゆっくりと起き上がる。 そんなアティに、アルディラは理解不能だと言わんばかりの顔を向ける。
まぁそれも無理のない話で、彼女が寝そべっていたのは砂浜だ。
砂だらけになるであろうことが安易に予測出来るのだが、それでもいつもと同じ服装で、 何ゆえこの場所でこんな真似をしていたのか。
アルディラは続きを促すような目でアティを見つめる。
「毎日が穏やかで、とっても充実してるのに…何故でしょう。時々何だかどうしようもない 気持ちになるんです」
「どうしようもない?」
「自分でも判らないんです…可笑しいですよね、あんなに平和な日々を望んでいたのに… あの頃が懐かしいだなんて……」
力無く微笑むアティは海の向こうを見つめていた。
その視線の先に何が見えるのか。アルディラはすぐに理解し、困ったように肩を竦ませる。
あの頃が良かっただなんて思っているのではない。
彼女の虚無感の理由はおそらく。
「アティ。恋愛はね、左脳では出来ないのよ」
「え…?」
「はい、これ」
差し出されたのは白い封筒。
「答え、見つかるといいわね」
「ちょ…アルディラ? どういう意…」
「自分で考えなさい? 貴方、先生なんでしょう?」
そう小さく笑って、アルディラは背を向け、去っていく。
一人残されたアティは渡された白い紙に書かれた文字に目を見開く。
数ヶ月前まで毎日見ていた文字だ。見間違えるはずがない。
急く気持ちを抑え、慎重に封を解く。




『お久し振りです。
先生もそっちの皆も変わりは無いですか?
僕の方は相変わらずです。
勉強ばかりで先生に叱られそうですが、様々な歴史や色んな人の考えなんかを学ぶのは 面白いです。知識を吸収するのは脳に栄養をやっているかのようで。 そんな事を言ったら、先生は笑うんだろうけど。
戦闘とか実技に関しては、逆に手を抜くのが大変です。
あまり手馴れた様子を見せて教官に疑われても困りますから。
学校生活はそれなりに上手くやっているので、心配はいりません。
逆に、先生。貴方の方が僕には心配なんです。
貴方のことだから、今もきっと、真剣に悩んでいるんでしょうね。
悩ませるのは判っていて、それでも気持ちを伝えてしまったのは、 僕がまだ子供だったから。
例え貴方の答えがあの頃と変わらなくても、それでも。
次に会った時、いつものように笑ってくれれば、それだけでいいから。
だから、あんまり泣いて皆に心配かけないで下さいね?
また近況報告します。

ウィル・マルティーニ 』





彼らしい、短く淡々とした手紙。
だが、どうしてか。
意思に反して視界がぼやけていく。
「……泣くなって言われたばかりなのに…駄目だな、私」
特別、という意味を考えなかった訳ではない。
自分の中の"好き"と、他人が自分に向ける"好き"という感情の違い。
かつて自分にあったはずの感情は、両親の死と共に心の底に封じてしまった。
どんなに愛していても、不幸は突然やってきて、全てを壊してしまうから。
それならば初めから特別なんて持たない方がいい。
皆、同じ位好きでいれば、それでいい。
失う怖さを知った彼女がとった、自己防衛手段。
だが。
どうしてあの時、泣いてしまったのか。
答えなんて決まっていたはずなのに。
誤魔化したり濁したりすることだって出来た。いつもそうやって特別な好意を交わし続けてきた。
「…ウィルはそんな私に真っ直ぐぶつかってきた…」
勘の鋭い彼の事だ。きっと彼女が彼の気持ちに気付いて気付かないフリをしているのを知っていたのだろう。 だからあの時、彼はわざと口にした。
いつまでも逃げている彼女に気付かせるために。
「生徒に教えられるなんて…ゲンジさんにまた叱られちゃうな」
立ち上がって背を伸ばす。
周りには誰もいない。
ここに来た時も、島を出る時も一緒だった隣の人の姿は今は無いけれど。
遠い場所で、彼も同じように歩いているのだろう。前に向かって。
でも、まだ今は。
胸を締め付ける心地よい痛みの正体に気付かずにいたい。
もう少しだけ。
"好き"から"恋"に変わっていく自分を、ゆっくりと見つめていたいから。




(今、初めて私は恋をする。)


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