目を開けると、そこは見慣れたあの公園だった。
「ソ……」
名前を口にしようとし、ふと、自分の手の暖かさに気付く。
それは、ゆっくりと握り返してくる力。
じわりと広がっていく、優しさ。
目をやると、愛しくてやまない者の姿がそこにはあった。
震える唇がその名を紡ごうとするが、一瞬、躊躇する。
「…想? それとも……ソル?」
呼ばれた少年は、曇りの無い、いつも見ていたあの見覚えのある懐かしい笑顔で夏美に答えた。
「どっちでも。好きなように呼んで構わない」
「………っ!」
瞳いっぱいに溢れる涙。
止まることの無い涙を浮かべながら、夏美は目の前の少年の胸に飛び込む。
「……やっと会えたな」
噛み締めるように、ソルは言う。
ずっと長い夢をみているような、そんな感覚だった。
輪廻の路を辿り、あの世界に辿り着いて。
カノンに会い、バノッサの事を聞いた時、身体が自然に動いた。それは同情でも兄弟愛という名のものでもない。夏美と同じ時を過ごすうち、自然にそうなってしまったもの。
彼女を救うことも、バノッサを助けようとした事にも、迷いは無かった。
ただ一つ後悔があるとすれば、それは、彼女を悲しませた事、それだけで。
しかし、魔王の中に取り込まれ、意識が同化されそうになった時、彼女への想いの一部が魂から分離する。
その心は別の魂となって、現代へと転生し"想"という人物を生み出した。
もともとは一人の心。
一つの魂だから。
ソルという魂が想と一つになることで、やっと本来の彼に戻る事が出来たのだ。
長い長い時を経て。
想は欠けていた心を取り戻した。
「……ずっと、一緒だ」
「…うん…!」
どちらからとも無く、近づく唇。
触れたその先から伝わるぬくもりを、二人は確かめ合うように、何度も重ねる。
(やっと還れた……俺の居場所に)
(長い旅だった)
(でも、お前と言う光が照らしてくれていたから、俺は還ることが出来たんだ)
(ナツミ、お前という居場所に)
闇の中にはいつの間にか白い、小さな粉雪が舞っていた。
それは二人を祝福する花びらのように、優しく包み込むように。
いつまでも夜を照らしていた。
-12月24日-
腕を組みながら街を歩く、一組の男女。
夏美とソル(想)の二人である。
クリスマス一色に彩られた街を行く二人は幸せそうな恋人そのものだった。
「今頃あっちもクリスマスなのかな〜? あ、でも向こうにはいないんだっけ、神様」
そんな夏美の言葉を肯定しようと口を開きかけたソルだが、街頭に貼られたポスターを見て、思わず立ち止まる。
「…いや、案外近くにいるのかもしれないぜ?」
「え?」
「ほら」
ソルの指差した先には、インディーズバンドのライブ予定が書かれたポスターがあった。
しかし、その写真に映っていたのは。
「! ぶっ!! ……ぷぷ…そうかも…しんない……」
「だろ?」
「ね、今日これからライブがあるみたいだから、行ってみない?」
「そうだな。どうせチケットも余ってるだろーしな」
「あ、ひっどい」
言ってやろー、などと笑いながら歩き始める二人。
ポスターに映っていたのは誰あろう、バノッサとカノンの二人である。
いつも、きっと、どこかで。
運命の女神は微笑んでいる。
この世界に奇跡があふれている限り。
この世界に愛が満ちている限り、輝きは続く。