剣を。
想いをカタチにする。
7年前のあの時、ウィゼルが鍛えたウィスタリアスの輝き。
だが、今ここに在る剣は見た目だけがキルスレスの紛い物。
輝きを失い、外側だけ繕い…それはまるで自分自身のようだと苦笑する。
大切なのは何のために剣を使いたいかで、彼らに実力が追いついたから剣を持つのではない。


貴方の笑顔をずっと守りたい。
ただそれだけのために――――




希望のカタチ - 前編 -



「君が案内を?」
問いかけるウィルにサクロは頷く。
しかし地下迷宮には外部からの侵入者を拒むかのように、はぐれ召喚獣が潜んでおり、 下層へ進むほどにその力も強くなるという話だ。 ウィルが目指しているのは最奥の50階、炎の聖霊が棲むといわれる聖殿のある場所。 そんな中を案内出来る者など一部の人間しかいないだろう。
「……子供に無理だ、とは言わないんですね」
少年の顔つきが変わる。
先程までの愛らしさが消え、代わりに浮かぶ剣呑な色。
「歳で何でも決めつけるのは良くないからね。可能性を奪ってしまう」
そう。 守りたいのに守られているジレンマ。
子ども扱いされる事が不本意だったあの頃。
その思いこそが子供なのだと今では理解出来るのだが、当時はかなり無謀な真似もした。 それはひとえに彼女に認めて欲しいという単純な想い。
「それは僕に対してですか? それとも貴方に対して?」
「両方だよ」
即答するウィルにサクロは目を丸くし、笑う。
「……ついて来て下さい。試練の迷宮へのもう一つの入り口へ案内します」
ウィルは彼の言葉に疑いを持つ事無く、素直に後へ続いた。
壁面にそって置かれた仄かな灯りに照らされながら、階段を登る二人。 見張りが殆どいないのは、深夜のためか重要でない場所だからのどちらかだろう。
そうして着いた先は中央工城の三階、鍛聖の部屋のある場所だった。
「正面には見張りがいるので隠し扉の方から入りましょう」
サクロは階段を抜けた正面の壁を慎重に押す。
すると、壁だったはずのそれは隠し扉に変わり、静かに、ゆっくりと開いて壁の向こう側へと広がる。
「こっちへ」
「あ、ああ…」
実に手馴れた様子で進めていくサクロを頼もしく思いつつ、彼の将来を少し不安に思うウィルであった。
「ここにも何人か見張りがいます。一気に行きましょう」
規則的な間隔で見回る衛兵達の時間の隙を正確に捉えて道を開く。
中央にある"もう一つの入り口"に辿り着くのにそう時間はかからなかった。
「あとはこの廊下を抜ければすぐです」
万が一を考えて握られたサモナイト石は結局使われる事なく、ウィルはそっとポケットにしまい込み、 代わりに他の石とは輝きの異なる碧の石を取り出す。
「それは?」
「僕の親友だよ」
手にしたサモナイト石を握り締め、胸にあてる。
「我が呼びかけに応えよ、異界の者。誓約の名の下にウィル・マルティーニが命じる……出でよ、テコ!!」
宙に放った石が呪文に呼応するかのように脈打ち、光り輝く。
一際まばゆい光が放たれ、サクロは瞬間目を閉じる。 が、次に瞼を開いた彼が目にしたものは光でも石でもなく、
「ミャーミャミャ!」
「ごめんよ、テコ。寂しかったかい?」
「ミャッ!」
嬉しそうにウィルに抱きつく一風変わったネコの姿だった。
「そのネコが…護衛獣?」
オレンジ色の毛にくりっとした愛らしい瞳。
しっぽこそ二又に分かれているものの、愛玩動物に相応しい風貌といえよう。
たが、しかし。
二足歩行で主に続くその姿が、彼が単なるネコでは無い事を物語っていた。

「ここを降りると下は地下迷宮に繋がっています」
言われた通り縄梯子を降りると、目の前に巨大な水槽が広がり、水の中を色とりどりの 魚が優雅に泳いでいた。 周囲より一段高くなったその場所は迷宮にはそぐわなかったが、誰かが癒しを目的に設置したのか、 清涼感すら感じる。
「ところで君が道案内をするって言ってたけど」
「ああ、勿論僕は50階に行った事なんて無いですよ。地図を見ただけです」
「地図を?」
「ええ。一度見たものは忘れませんから。僕って結構優秀でしょ?」
この迷宮の性質上、そんな重要なものをこんな子供が目にする場所に保管しておいて良いのかと、 ウィルは管理責任能力を疑う。
実は地図の作成者はブロンであり、彼の多大なる方向音痴が招いた結果だという事は後の世に 伝わる事なく、ひっそりと少年の胸の内だけにしまわれた。
その方向音痴ぶりが鍛聖に選ばれなかった理由の一つだったという事も。
「この時間帯なら他の人はいないと思いますが、夜が明ければ新米鍛冶師達がやってきます。 彼らに出くわさないよう、下の階へ急ぎましょう」
サクロの指示通り、足早に階下へ急ぐウィル。
途中はぐれに出くわす事もあったが、召喚術で眠らせ、出来るだけ戦いを回避して進む。
「貴方は強いんでしょう? 何故剣を握らないんですか」
サクロの疑問も最もだ。
召喚術を使って逃げたり、迂回し、隙をついて進むことは、かえって回りくどいやり方だしそれこそ時間がかかる。
「僕の目的は彼らを倒して強くなる事じゃない。異変の原因を知る事と炎の聖霊に会う事だ。戦う理由がないよ」
もともと人間の都合でこの世界に召喚され、従わないからと、こちらの言い分で勝手に"はぐれ"と称する。 そこには自由意志など存在しない。ある意味彼らも犠牲者だ。
「侵入者の僕らを彼らが追い出そうとするのは道理だろう?」
「……貴方は変わってる……本当に」
そう思えるのは、言葉に出来るのはあの島での時間があったから。
ウィルは呆れるように苦笑するサクロを見て、同じ頃の自分を思いだす。
(僕は変われただろうか)
少なくともあの頃の自分より、今の自分が好きだと言える部分、誇れる部分を 持っていたい。
サクロを脇に抱えて走りながら、ウィルはぼんやりとそんな事を思った。
彼の道案内のおかげで無駄なく進んではいるものの、やはり50階というのは伊達ではない。 回復パネルの世話にならなければとてももたなかった。
そうして時折体力を回復させては、また進む。
幾度か繰り返した後、やっと目的の50階へたどり着いたウィルは安堵の息を洩らす。
「鍛聖って凄いね。いつもこんな風に自分を鍛えるだなんて」
感心するウィルにサクロはあっさりと言った。
「まさか。いくら鍛聖だって毎回50階もの往復を繰り返してる訳ないじゃないですか。 さっきハンマーで叩いたパネルがあるでしょう? あれは他の階への転送装置…つまり、そういう事です」
ハンマーをパネルに認識させるために、そこを叩く。
認識させたパネルのある階へは次回から自由に移動出来るという仕組み。
サクロの目的はどうやらそれだったらしく、ウィルの物言いたげな視線に含み笑顔で返す。
「腕が良くても子供だからって先への許可が下りないんです」
夜間は内部の見張りもいないため、中を好きなだけ進める。
これで次回からは見張りに制止されることなく、自由に目的の階へ行けるのだ。 こんな旨い話を見逃す手はないだろう。
「……なかなか策士だね、君……」
「いえ、それほどでも」
サクロの黒い笑顔にどっと疲れを感じたウィルだが、気を取り直して先へ進む。
これ以上突っ込むのが怖かったのかも知れない。一種の現実逃避だった。

地下50階の雰囲気はそれまでの場所と何かが違った。
まるで全く違う場所にいるような錯覚さえ感じる。空気の色さえも。
仄かな灯りに映し出される、前方の広い空間には、中央奥に結界によって閉ざされた扉と その右横に転送装置がある。
ウィルは今までの危険とは比較しがたい何かを感じ取り、サクロを地に下ろした。
「ウィルさん?」
「…奥から強力な魔力を感じる。発しているんじゃない、内に秘めた魔力…これ以上は危険だ。 転送装置まで送るからテコと一緒に戻るんだ」
慎重に辺りを窺いながら転送装置までサクロを連れていくと、ウィルはハンマーを振るよう彼を促した。
しかし。
「………その必要はない……」
少年のものとは思えない声をサクロが発した瞬間、閉ざされていたはずの扉が軋みをあげて開く。 それと同時にガクリと膝を折るように倒れこむサクロを、ウィルは慌てて支え、そして抱える。
「やっぱり操られていたのか……」
意識こそ失っているが命に別状は無い事を確認し、視線を上げる。
前方に広がる扉の向こうの気配に、知らず知らずしっとり汗ばむ手。
「テコ、この子を頼むよ。危険だと思ったらすぐこの装置を使うんだ。いいね?」
「ミャ!」
そう指示すると、ウィルはゆっくりと扉の向こうに足を運ぶ。
中は真夏の陽射しに照りつけられるような暑さがあり、何となく息苦しさを覚える。 それに構わず進んでいたウィルだが、その先の光景を目にし、彼は足を止めざるを得なかった。
「…な、……これ、は………」
灼熱色の肌。
巨人とも、竜ともどちらとも言い難い形態。
おそらく、彼のものの正体が――――

「炎の聖霊、パリスタパリス……?!」

聖霊と崇められているはずの目の前のソレは、魔力を帯びた強固な鎖でその自由を奪われていた。

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