■贖罪の日(2)■


 寝室のベッドの上で、二人は唇を重ねたまま、お互いの衣服を剥ぎ取っていった。
 荒い息を吐きながら口腔を貪り、僅かに離れてまた貪る。その間にも手は止まらず、分厚いジャケットを肩から落とし、ネクタイが絡まったままのシャツを破けそうな勢いで腕から引き抜き、ベルトのバックルを外し、ファスナーを下ろす。
 どちらももどかしく、でも、どちらも止めることができない。
 先に裸に剥かれたのは、虎徹の方だった。ズボンと下着を膝まで下ろされ、やばいと思った瞬間、肩を軽く押された。
「うわっ」
 ころんと仰向けに転がる虎徹の足から、残った布が引き抜かれる。何も身に着けていない身体をアントニオが見下ろす。あからさまに情欲を含んだ目線に晒され、虎徹の心臓がドクンと跳ねた。アントニオがごくりと唾を飲む音が聞こえる。
 虎徹は赤くなる顔を背けた。
 お互いの裸など、トレーニングセンターのシャワールームで見慣れている。なのに、見上げた先にある褐色の逞しい上半身が、何故だが直視できない。下半身はベルトを外し、ファスナーが途中まで下りた状態なのが、余計に生々しい。
「……見てんじゃねえよ。お前もさっさと脱げ」
「あ、ああ」
 アントニオが慌ててズボンを脱ぐ。重量感のある身体が、虎徹に覆いかぶさった。
「虎徹……」
 素肌が触れ合う。背中にまわした腕、密着した胸、腹、下腹部、絡み合う足。その全てから感じる温かさが愛おしい。久しく忘れていた。これが人間の体温だ。
 アントニオの指が唇をなぞる。虎徹は逆らわず、薄く唇を開いた。見たこともない雄の瞳に見つめられ、虎徹の背筋がぞくりと痺れる。
「ん……っ」
 厚い舌が容赦なく口腔を犯す。絡めようとする虎徹の舌を押しのけ、蹂躙する。さっきまでとは全く違う、それはセックスのためのキスだった。
「……んっ……ん……」
 息苦しさに、虎徹はアントニオの肩に縋りついた。
 唇を塞いだまま、アントニオの手が滑り降りた。
「ん、んっ……んーー!」
 大きな手が虎徹のペニスを握りこむ。突然の直接的な感触に、虎徹の腰が跳ねた。
「キスだけで硬くなるんだな」
 ようやく唇が離れ、アントニオが低い声で囁いた。
「……馬鹿っ……いちいち言うな……あっ……ん」
 虎徹は必死で、目の前の男を睨みつけた。その間にも敏感な部分を擦り上げられ、言葉が途切れる。
「言うくらいいいだろ、嬉しいんだよ」
 甘く囁くその言葉に、虎徹は思わずアントニオを見た。言葉通り、アントニオは嬉しそうに笑っていた。
──あー、もしかして、俺が勃たないかもって心配してた?──
 愛おしさが、虎徹の胸に込み上げる。
──そんな心配いらねえよ、そんくらい分かれよ──
 内心の恥ずかしさを押し殺し、虎徹はアントニオの耳元に唇を近づけた。
「なあ、アントニオ」
「なんだ?」
「……気持ちいい。もっと気持ちよくしてくれよ」
 甘く囁き、ぺろりと目の前の耳を舐める。アントニオが一瞬動きを止めた。顔が赤くなっていく。
「……お前……」
「ん?」
 わざと挑発するように、虎徹はアントニオの目を覗き込んだ。本当は、心臓がバクバクいっている。
 アントニオの口元が吊り上った。
「どうなっても知らねえからな」
「上等だ」
 虎徹は精一杯、にやりと笑って見せた。と同時に、アントニオが虎徹の足元へ身体を動かした。
「え?」
 あっという間に虎徹は足首を掴まれた。膝を折り曲げて、大きく開かされる。
「え、あ、ちょっと……ひっ!」
 ぬめった熱い感触が、虎徹のペニスをねっとりと包み込んだ。先端を刺激され、腰が跳ね上がる。
「あ、やだ……っ……そこ……っ」
 アントニオの舌が、容赦なく、敏感な部分を攻め立てる。裏側の境目をなぞるように辿り、先端の窪みを熱い舌でこじ開ける。唇が幹を擦り、指が袋をもみしだく。
「……だめだ……って……アント……ニオ……や……」
 跳ね上がる腰は押さえつけられ、逃げ場のない快感が虎徹を襲う。ぞくぞくとした快感が、腰から頭まで駆け抜ける。
「あ、やだ……も……い……く……っ」
 あっという間に限界まで導かれ、虎徹は腰を痙攣させながら達した。
 真っ白になった頭がくらくらする。呼吸を整える間もなく、青くさい味が唇を塞いだ。
「ん……っ」
 苦しさに、目の前の身体に縋りつく。アントニオの手が太ももを辿り、後ろに触れた。
「……んーーっ!」
 濡れた何かが、後ろに侵入してくる。口を塞がれたまま、虎徹は目を見開いた。その瞬間、それが中でくいっと曲がった。
「……っ!」
 それがアントニオの指だと、虎徹はようやく気が付いた。
 唇が離れた。情欲にまみれた瞳が、自分を覗き込んでいる。くちくちと音が聞こえるのは、おそらく、虎徹自身が放った精液のせいだ。
 二本目の指が侵入してくる。
「……く……っ……」
 圧迫感に、虎徹は思わず呻いた。
「大丈夫か?」
 情欲と心配が入り混じった顔で、アントニオが尋ねる。
「……平気……」
 体験したことのない感覚に震えながら、虎徹は精一杯、笑った。ここまできたら、最後までしたかった。痛いなんて言ったら、アントニオは途中でやめてしまうに決まっている。
「もう少し、な」
 あやすように額にキスをしながら、アントニオが三本目の指を入れた。入口がキツイ。内側を擦られる、何とも言えない感触に虎徹は身震いした。
 アントニオの指が、そこを慣らすように広げていく。奥の方に指が触れた時、虎徹の身体がびくりと震えた。
「ひあ……っ」
「虎徹?」
 驚いて動きを止めたアントニオに、虎徹は震えながら笑いかけた。
「あー……多分、そこ……俺のイイトコ……だと思う……」
「ここか?」
「……っ……ん……そこ……っ」
 アントニオの指がそこを掠めるたび、ぞくぞくとした感触がダイレクトに前へ集まっていく。腰が勝手に跳ねあがる。立ち上ったペニスから、液体が溢れ出す。
「アントニオ……も、いいから……」
 長引く快感に、身体が悲鳴をあげている。何より、自分のそこを慣らすアントニオのペニスがすっかり立ち上っている。これ以上、待たせたくはなかった。
 指が引き抜かれる。
「ん……っ」
 もう力の入らない足に手をかけ、虎徹は自ら足を開いた。アントニオが、腰の下に枕を押し込む。
「虎徹……」
 まだ不安そうなアントニオの顔に手を伸ばし、虎徹はこつんと額をつけた。
「いいから、いれろよ」
 アントニオがその額に軽く口づけた。
 足を高く抱え上げられ、後ろのそこに熱い塊が押し付けられる。
「……っ…………く……っ」
 浅い息を吐きながら、虎徹はゆっくりと侵入してくるそれを受け入れた。痛くないと言えば嘘になる。涙で滲む視界の向こうで、アントニオも歯を喰いしばっている。おそらく、締め付けがきつすぎるのだ。
──ここまでして、どうして繋がりたいのかな、俺たち──
 おそらくその理由は、二人とも同じだ。虎徹はそう思った。
 内壁が、熱いもので埋まっていく。痛くてきつくて、それでも奥まで満たされていくこの感覚は、間違いなく快感だ。
 アントニオが深く息をした。
「全部……はいった?」
「……ああ」
 虎徹は身体の力を抜いた。
 アントニオが浅く、腰を動かした。
「あ……ん……」
 さっき見つけた、感じる部分が甘く擦られる。感じるにつれて、そこが少しずつ緩んでいく。虎徹は自分のペニスに手を伸ばした。アントニオに見せつけるように、ぬるぬるとした液体にまみれたそれを扱きあげる。内壁が蠢き、中の塊を刺激する。
「……っ……虎徹……」
 アントニオの余裕のない声が虎徹を呼ぶ。
「……いいから……そのまま……っん……」
 擦れた声で答えながら、虎徹は達した。内壁がぎゅっと収縮する。
 アントニオが、低い呻き声をあげた。愛しい男の迸りを、虎徹は体内に受け止めた。



 精液にまみれたシーツの上で、虎徹はぐったりと身体を横たえていた。
「起きられるか? シーツ替えるぞ」
「んー、無理……かも」
 身体中に力がはいらない。
 アントニオは苦笑しながら、器用に半分ずつ、シーツを交換した。
「ほら、拭け。シャワーも無理だろ」
 蒸しタオルを渡され、虎徹はアントニオを見上げた。
「拭いてくれねえの?」
「自分でできるだろうが」
「半分はお前のなのに?」
 ほら、こことか。
 後ろを指さすと、今更のようにアントニオが赤くなる。
 くすりと笑い、虎徹は自分で身体を拭いた。
 一応きれいになった身体を、新しいシーツの上に横たえる。
 アントニオがその上に布団をかけ、隣に潜り込んできた。虎徹の肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。
「え?」
「もっとこっちだ」
 アントニオに促されるまま、虎徹は身体を近づけた。アントニオの腕が、虎徹の下に入り込む。
──えーっと、これって、腕枕?──
 気恥ずかしさに、虎徹は少し赤くなった。
 アントニオの手が、優しく虎徹の頭を撫でる。虎徹の耳に、アントニオの心臓の音が聞こえる。しばらく黙ったまま、二人は互いの体温を感じた。
「虎徹」
「ん?」
「その……大丈夫か?」
「あー、多分、大丈夫。しばらくは無理だけど」
 へらっと笑う虎徹の頭を、アントニオの手が優しく撫でた。
「なあ、虎徹、その……別に無理に後ろでしなくても……」
 遠慮がちに言うアントニオに、虎徹ははっきりと答えた。
「あ、それは大丈夫」
「何が大丈夫なんだ」
「だってちゃんと感じたし。慣れればもっとイケると思うんだよなー」
「……そういうものか?」
「そういうものなの。俺の勘!」
「……お前の勘、か」
 反論を諦めたように、アントニオがため息をついた。
 虎徹はぎゅっと、アントニオの胸に顔を埋めた。体温が伝わってくる。虎徹は小さな声を振り絞った。
「なあ、アントニオ」
「なんだ?」
「……愛してる」
 虎徹の頭を撫でていた、アントニオの手が止まった。
「……」
「……何とか言えよ……」
 真っ赤になった顔を胸に埋めたまま、虎徹は言った。
 次の瞬間、虎徹は力強く抱きしめられていた。
「虎徹……愛してる。ずっとずっと……」
「……うん……」
 震える大きな身体に腕をまわし、虎徹は愛しい男をしっかりと抱きしめた。



END





←back

二次創作に戻る