■体と心と大人と子供(2)■


「……っ」
 桐山の手がセーターとシャツをまくりあげる。
 腹を直に触れられ、島田は思わず身震いした。裾から差し込まれた手が、腹から肋骨、胸へとあがっていく。
 服が引っ掛かりそれ以上進めなくなったのか、桐山がセーターの下から島田のシャツのボタンに手をかけた。焦ってうまくはずせないその手を、島田はそっと抑えた。
「やりにくいだろ、自分で脱ぐよ」
 上半身を起こし、セーターを脱ぎ捨てる。自分の手が震えていることを悟られないよう、島田はわざとゆっくりボタンを外した。
 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。桐山が食い入るようにこちらを見ているのがわかる。どうしようもない恥ずかしさと共に、拭いきれない疑問が島田の胸に渦巻く。
──桐山、おまえ、なんだってこんな身体に欲情できるんだよ……──
 痩せて弾力のない皮膚、浮き出た骨。かろうじて残っている筋肉は子供時代にバイトで鍛えた名残でしかない。
 上半身の衣服を全て脱ぎ落したその瞬間、桐山が肩口に喰らいついた。首筋に歯を立てられ、身体の奥がぞわりと震える。
「おい、桐山! ちょっと落ち着け……っ」
 仰向けに倒され、桐山の手が胸に触れる。熱い吐息が皮膚をなぞり、柔らかな舌が這いまわる。
「……ん……っ」
 鎖骨に甘く歯を立てられ、島田の身体はびくりと跳ねた。桐山の唇は、そのまま肋骨を辿っていく。一本一本を丹念に舐められ、くすぐったさに島田は身をよじった。
 最期の肋骨をなぞった指が、さらに下へと滑る。腹から臍をたどり、ズボンの入口へと滑りこむ。ベルトをしていても隙間の空くそこから侵入した手が、下腹に触れる。
「あ……島田さん……」
 桐山が驚いたように手を止めた。
 いたたまれず、島田は思わず顔を背けた。
──ああもう、そこで驚くなよ! あんだけされりゃあ、そりゃあ立つにきまってんだろ……──
 桐山がベルトに手をかける。ファスナーが下ろされ、ズボンと下着が乱暴に引き抜かれる。
「……っ」
 緩く立ち上ったそれを桐山が見つめている。そっと腰骨を撫でられ、桐山の目の前で、島田のそれが硬さを増していく。身体中の熱が、見られているその部分に流れ込んでいく。
 焼け付くような視線に晒され、ついに島田は音をあげた。
「……桐山……っ……もう、勘弁してくれ……」
 さっさと桐山を抜いてやって、ついでに自分のこれも抜いてしまいたい。島田は身体を起こそうとした。次の瞬間、ねっとりとした何かがその部分を包み込んだ。
「え、あ……んっ!?」
 反射的に、島田は自分の口を押えた。
──なにやってんだ!? おまえ──
 島田のものは、桐山の口の中に引き込まれていた。唇で幹を擦られ、島田のそれがドクンと脈打つ。
──駄目だろ!? それは駄目だって……!──
 桐山の舌が、先端の境目の辿る。裏側をくすぐる様に舐められ、島田の腰が跳ねる。
「やめろ、桐山、そんなことするなっ!」
 必死に引きはがそうと頭をひっぱっても、桐山は島田を離そうとしない。
「ひっ……っ」
 先端を抉るように舌を差し込まれ、島田の口から悲鳴が漏れた。慌てて口を塞ぐ。これでは引きはがすことなどできない。
 桐山の舌はたどたどしく、だが的確に、島田の感じる部分を刺激する。
 ダイレクトな快楽が、島田から思考能力を奪う。片手で桐山の頭を掴みながら、もう片方の手で漏れる声を必死に抑える。
「んっ……ん、んーーっ!」
 耐え切れず、島田のものが弾けた。桐山がそれを全て、口で受け止める。少し苦しそうに、それでもそれを全て嚥下する様子を島田は茫然と見つめた。
「島田さん……」
 ぐいっと口元を拭い、桐山が唇を重ねてくる。差し込まれた舌から、苦くて青くさい味が伝わる。
「ん……っ」
──こんな不味いもの、飲み込んだんだな、こいつは──
 まったく、ついさっきまでまともなキスひとつできなかったくせに。
 島田は自分の舌で、桐山の口腔内を拭った。腕を伸ばし、桐山の身体にそっと腕をまわす。桐山が驚いたように動きを止めた。一瞬の後、更に激しく島田を貪る。
──ああ、本当に、本気なのか、こいつは──
 不意に島田の胸に、何かが湧き上がった。泣きたくなるようなその感情は、久しく忘れていたものだった。
「……っ」
 桐山の手が、島田の下肢に延びた。先ほど咥えられたものよりもっと奥の部分を探られ、島田の身体が反射的に竦む。
「あの……島田さん……」
 せっぱつまった顔で、桐山がこちらを見ている。島田は桐山のズボンを見た。そこは窮屈そうに張りつめている。
 島田は深く息を吐き出した。穏やかに笑いながら、ゆっくりと膝を開く。
「いいよ、桐山」
「え……」
 腕を伸ばし、桐山の頬を優しく撫でる。
「お前が気持ちよくなれるか、俺には分からんが……いいから」
「島田さん……っ」
 熱い息が名前を呼ぶ。後ろの部分に桐山の指が侵入してくる。慣れない感覚に、島田は奥歯を噛みしめた。縋るもののない指が、畳に食い込む。
 やがて指が引き抜かれた。カチャカチャという音が聞こえる。桐山がベルトを外しているのだ。
 両足をぐいっと抱え上げられ、島田は桐山の方を見た。
 自分の足が大きく開かれ、膝をきつく折り曲げられ、その向こうに桐山がいる。
 考えてみれば、滑稽な格好だ。
 熱いものがあてがわれ、島田は目を閉じた。
「く……っ……」
 圧倒的な熱量が、そこをこじ開ける。ゆっくりと、でも容赦なく、内側を暴かれる。
 入口が引き攣れて痛い。擦られる内壁が気持ちいいのか悪いのか、よく分からない。
 涙が出そうになるのは、痛みのせいか、それとも──
「あ……島田さんっ……」
 熱い吐息で呼ばれると同時に、島田は身体の奥で、桐山の想いをただ受け止めた。



**************



 玄関で、桐山が靴を履いている。
 島田は見送りがてら、柱に凭れてその様子をぼんやりと見ていた。正直、立っているのもつらいが、それを桐山に知られたくはない。
 桐山はあの後、ほとんど黙ったままだった。
──こいつは、もう来ないだろうな──
 思い詰めれば詰めるほど、望みが叶った瞬間に憑き物が落ちるのはよくあることだ。
 それとも、ただ単に幻滅したのか──何を夢見ていたのかは知らないが、自分とのセックスが桐山を満足させたとは、とても思えない。
 年齢も、性別も、何もかもにそもそも無理があったのだ。
──できれば、月一の研究会は続けて欲しいんだけどなあ──
 島田は胃に手をあてた。なんだか痛い。
 そう、この痛みはいつもの胃だ。胸の痛みであるはずがない。
 島田は努めて、穏やかな声で言った。
「桐山、今日はうどん美味かったよ。 ……いままで、ありがとうな」
 靴を履き終えた桐山が立ち上がった。まっすぐな視線が島田を射抜く。
 島田はあえて柔らかく、その視線を受け止めた。
「島田さん」
「ん? なんだ?」
「僕は……僕は島田さんを好きになっていいんですよね?」
 島田は何も言えなかった。
「また……来ます」
 答えを待たずに一礼し、桐山は駆け出していった。
 しばらくの間、島田は呆然とその姿を見送った。
 徐々に顔が赤くなる。
──あいつ……!──
 今度こそ本当に、島田は泣きたくなった。
 胃とも胸ともつかない痛みは、いつの間にか消えていた。



END





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