■大人の遊び(5)■


 その瞬間、白い部屋に、艶めいた低い声が響いた。
「いい加減にしろよ、ルパン」
「おい、次元、やめろって」
「うるせえ!」
 白い壁の一つが透明に変わる。
 コナンは素早く脚を閉じ、羽織ったままのシャツを目いっぱい引き下ろした。
 ガラスの向こう側、シャツをはだけた次元が、何やら機械に拳銃をぶっ放し次々と破壊している。その後ろでは、天下の大泥棒が成す術も無く、ただおろおろとしている。
 ガラスが大人の腰の高さまでしか無いのは幸いだった。シャツがはだけ、赤い痕だらけの身体で流れるようにリボルバーを撃ち続ける男の、その下半身がどうなっているのか、それが見えないことに服部とコナンは心から安堵した。
 やがて全ての機械を破壊しつくしたのか、射撃音が止んだ。白い部屋の一角には、いつの間にかドアが現れている。
「おい、お前ら」
 息を荒げながら、次元はガラス越しに二人の探偵に声をかけた。
「迷惑かけて悪かったな。この借りは、この馬鹿につけておいてくれ」
 言いながら、まだ茫然とする大泥棒を顎で指す。その様子は、普段泥棒の後ろにひっそりと控えているクールな姿とはまるで違う。ぎらついた目のまま、次元は続けた。
「でよ、勝手で悪りいんだが、今日のところは帰ってくれねえか。坊主の武器は向かいの部屋だ」
 言いながら、次元はルパンの首に腕を巻きつけた。
「ガキのポルノ見ながらじゃイけねえんだよ」
 言うなり、次元はルパンの唇に吸い付いた。
「ん……ふ……ぁっ……」
 舌を絡める音が部屋に響く。ようやく立ち直ったらしい大泥棒が次元の腰を抱き寄せる。
 茫然とする探偵たちに、次元はちらりと目線を流した。
「ああ、何だったら、今ここで写真でもビデオでも撮って、こいつを脅してもいいぜ。俺は気にしねえからよ。もちろんお前らのビデオは撮ってねえよ」
「じげ~ん、もう勘弁してよ~」
 泣きそうになりながら大泥棒が懇願する。その指先はガラスの下なので見えないが、明らかに次元の腰が揺れいている。
 舌を絡め身体を擦り付け、荒い息を吐きながら次元は口の端を吊り上げた。
「何なら最後まで見物していくか? 大人のセックスを見せてやるぜ?」
 その言葉に二人の探偵はぶんぶんと首を横に振った。世界一の大泥棒と、世界一のガンマンの、大人のセックス。そんな怖いものは見たくない。
「……なあ服部、とりあえず外に出ねえか?」
「……そうやな、迷惑料は後できっちり返してもらお」
 
 
 
 建物の外に出てみると、そこは住宅街にあるごく普通の一軒家だった。おそらくルパンのアジトの一つなのだろう。そしておそらく、このアジトは二度と使われることはないだろう。
 空は既に薄暗く、僅かに残る夕日がビルの谷間をオレンジ色に染めている。
 何を話すでもなく、二人は人通りの無い道を歩き最寄の駅へと向かった。
 ふと、服部が時計を見た。
「ああ、映画、終わってしもうたな」
「そうだな」
「せっかくのデートやったのになあ」
「まだ夕方だろ? それに……今日は『平次にいちゃんとお泊り』って言ってきたから」
「工藤……」
 顔を背ける新一の顔が赤いのは、夕日のせいだけではないはずだ。
「せやな、まずはメシ食って、どっかで遊んでくか」
「うん!」
 照れ隠しなのか、コナンの顔であどけなく笑う新一に、服部は咳払いをした。
「あー、あのな、工藤」
「なあに?」
「今日だけでええんやけど……ずっと新一でいてくれんか? 何や、さっきのがトラウマになりそうで……」
「? 別にいいけど?」
 言いながら、新一は振り返った。立ち止まった服部は、一呼吸置いて言った。
「……あのな、俺、やっぱり工藤が好きなんや。身体は子供でも大人でもええけど、中身はきっつい目して口の悪い偉そうな新一がええんや」
「……それ、褒めてんのかけなしてんのか、どっちだよ」
 思わず赤くなる顔を背けながら、新一は呟く。
「褒めてもけなしてもおらへん。俺は工藤新一が好きや、っちゅう話や」
 開き直ったように笑う服部に、新一は不意に俯いた。
「……なんや?」
「……俺も早く、工藤新一に戻りたいよ」
「工藤……いやそういうつもりやなくってな……」
 慌てる服部にクスリと笑い、新一は顔を上げた。
「本当の工藤新一に戻ったら、大人のセックス、しようぜ」
 ニヤリと笑う新一に、服部は一瞬絶句し、それから同じようにニヤリと笑った。
「言うたな、覚悟しとれよ」
「楽しみにしてるぜ」
 くすくすと笑いながら、二人は並んで駅へと向かった。
 
 
 
END



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