■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(2)■


 KKD騎士団が王宮と市街から離れた場所に拠点を構えているのは、その敷地の広さゆえだ。
 騎士団としての規模こそ小なりとは言え、『剣聖』鷹村を筆頭に精鋭の騎士を抱えるにはそれなりの面積が必要となる。騎士やファティマの居住区は当然のこと、騎士と同数以上のMH格納庫とトレーラー、訓練用の闘技場、MH整備のための工房、その他諸々。独立部隊という性質上、非常時に外部からの補給を絶たれても活動できるだけの備蓄も必要だ。
 風切り音が止まり、間柴はマントから顔を出した。夜闇の先に明かりが見える。
 軍隊にも匹敵する充実した設備を持つKKD騎士団におよそ似つかわしくない、簡素な木造の門の前に、門兵が二人立っている。
 沢村は間柴を抱きかかえたまま、すたすたと門へ向かった。
「おい、待て」
 間柴は強引に身をよじった。騎士の腕から抜け出し、よろけること無く地面に立つ。
「別にこのままでいいだろ」
 不思議そうに、と言うよりは若干不満そうな沢村を、間柴は睨んだ。
「よくねえよ。てめえは『凶竜』だろ。自分で歩けもしねえファティマ連れてたら舐められるじゃねえか」
 間柴はマントを身体に巻きなおした。頸から足元をすっぽり覆ってボロボロの服を隠し、傷だらけの顔を晒す。長めの黒髪が夜風に靡く。
 沢村が真顔で言った。
「お前、意外にまともなファティマだったんだな」
「あァ!?」
 傷と痣だらけの顔で、間柴は己の騎士を睨み上げた。
 ファティマは主に尽くすために作られている。主のことを第一に考え、主のために振舞うのはごく基本的な機能だ。
「まともかどうかは知らねえが、ファティマだから人間を殴るのに苦労してるんだよ」
 気に入らなきゃたとえ主でも殴るぜ?──言外に含みを持たせながら、間柴は口の端を吊り上げた。瞳をぎらつかせた死神の嗤いに、沢村の背筋がぞくりと震える。それは敵機のコクピットを貫く瞬間にも似た、歓喜の震えだ。
 ニタリ、と蛇のように嗤い、沢村は明かりに照らされた門へと向かった。
 二人の門兵が姿勢を正し、騎士を迎える。
「お帰りなさいませ」
「ああ」
 一人の門兵が僅かに緊張しつつ門扉を開き、もう一人の門兵がお決まりの敬礼をする。沢村はいつもどおり、すれ違いざま手を振って応えた。その後ろに付き従う人影に気づき、門兵が声をかけた。
「沢村様、こちらの方は?」
「俺のファティマだ。会長には明日、俺から話す」
「……はっ」
 一瞬の間の後、門兵は何事もなかったかのように応えた。一礼しつつ、沢村の後ろに続くファティマにちらりと目を走らせる。
 ファティマは竜のマントに身を包み、傷だらけの顔を隠しもせず、堂々と門扉を通った。およそファティマらしくない凄みのある──有態に言えば凶悪な顔立ちだが、マントに包まれていてなお分かる針金のように細い身体は明らかにファティマのものだ。すれ違いざま、黒髪が僅かに靡く。
 不審者を通さないのが門兵の役目だが、騎士が連れてきた者は誰であれ、身元を詮索せずに門を通す。騎士が自ら連れてきた、そのこと自体がその者の身元を保証するからだ。今回も例外ではない。
 だが『凶竜のファティマ』は特別な意味を持つ。未だかつて、戦場から生きて帰ったファティマがいないことは、KKD騎士団の門兵でなくとも──街の酒場にたむろする一般の人間でさえ──知っている。
──あのファティマも、あと僅かな命か。かわいそうに──
 居住区へと向かう二人の背中を見送りながら、感傷にひたっていた門兵の後ろで、もう一人が掠れた声を出した。その声はまるで亡霊を見たかのように震えている。
「……お、おい、今の……見たか……?」
「ん? どうした?」
「今のファティマ……『死神』だ……」
「……え?」
「俺、見たことがあるんだ、昔の雇い主のところで……」
 門兵は思わず二人の後姿を目で追った。騎士とファティマは、居住区の建物の中へと入っていくところだった。夜闇の中、開いたドアから漏れる逆光のせいで、竜のマントがまるでローブのように黒くたなびき、漆黒の髪がまるで意思を持つかのように風に靡いている。
「うそだろ、あれが『死神』……!? 本当にいたのか!?」
 死神と共に戦場に出て、生きて帰った騎士は未だかつていない──そのファティマは、街では都市伝説として語られ、騎士に関わる者たちにとっては半信半疑の噂として語られている。
 ドアが閉まると同時に、居住区の扉番が門の方へと駆けて来た。
「おい、持ち場を離れるな──」
「それどころじゃねえよ、今の、あのファティマ、あれって……」
 かろうじて声を落とし、それでも興奮をおさえきれず扉番が喚く。門番が蒼白な顔でうなずく。
「やっぱり……あれ、『死神』だよな……!?」
「……俺、昔の雇い主のところで見たんだ。三回戦場に出て、三回とも騎士は死んだ……」
「俺がいたところは五人だったぞ……」
「……」
 二人の門番と一人の扉番が、顔を見合わせる。
「どうする……? 会長に知らせるか?」
「いや、でも沢村様は自分で明日話すと仰っていたし……とりあえず戦場に出るまでは何も起こらない……はずだ……」
 時刻は深夜、会長を起こしてまで知らせるべきか。悩んだ末、三人は、職務を忠実に遂行することにした。すなわち『騎士が自ら連れてきた者は身元保証不要』である。
「それにしても、『凶竜のファティマ』が『死神』とはなあ……」
「……沢村様、まさか死ぬつもりじゃねえよなあ? 今までのファティマたちのことを悔いて……」
「まさか、死ぬのは『凶竜のファティマ』の方だろ?」
「でも、相手は『死神』だぜ……?」
「……」
 三人はそっと、居住区の建物を見た。いったい生き残るのはどちらなのか。もちろん自分たちの騎士には生き残って欲しい。だが、憐れに死んでいくファティマをこれ以上見たくない、というのもまた本音だ。
「……まあ、まさに、運命の女神のみぞ知る、ってやつだな……」
「……そうだな……」
 騎士とファティマの生死は、自分たちの想いが及ぶ領域ではない。
 ただひとつ、三人の心を占めていたのは──この大事件を一刻も早く他の人にも話したい、この興奮を分かち合いたい──という大変に人間らしい感情だった。



←back   next→

二次創作に戻る