■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(1)■


 沢村は間柴を伴い、郊外にあるKKD騎士団の拠点へと向かった。市街からは少し距離がある。常人の足なら小一時間程だ。
 月明かりの無い街路を沢村はゆっくりと歩いた。その僅かに後ろを、ズタズタのファティマスーツをマントで覆った間柴がつかず離れず歩く。先刻、見知らぬ男たちに殴られた顔は赤黒く腫れ、唇からは血が滲んでいる。それでもなおぎらつく瞳が、長い前髪の奥から騎士の背中を追う。
 暗闇は沢村にとって何ら障害ではない。太陽の下でも漆黒の闇の中でも、同じように動き、対象を視認することができる。ファティマである間柴にも、本来は、同様の機能が備わっている。
 しかし。
「っ……」
 間柴が僅かに呻いた。ふらりとよろけるその身体を、沢村の腕が抱きとめる。
「おい」
「……なんでも……ねえ」
 身体を支える腕を押し戻し、脚に力を入れ、間柴はかろうじて自力で立った。マントから伸びる自分の足首を見つめ、小さく舌打ちをする。
 つられて、沢村はその目線の先を追った。
 マントの裾からのびる白く細い棒のような脚、その剥き出しになった脹脛から足首にかけて、濁った液体が伝い落ちている。
 沢村は黙って目をそらした。同情や憐憫ではない。相手が見られたくないと思うものは見ない、それは人として当然の礼儀だ。
 間柴はなんとか自力で立ち、歩き始めた。己の歩く振動が体内に響き、胎内に注がれたた忌々しい液が堪えきれず溢れる。マントの下で、どろりとした感触が腿を伝う。少しでもそれを抑えようと、ふらつく脚を踏みしめる。
 不意に、沢村が間柴の身体を捕らえた。マントごと、棒のように細い身体を抱きかかえる。宙に浮いた細い脚を、沢村はマントで覆った。
「おい、何しやがる、下ろせ!」
 腕の中で怒鳴りながら暴れるファティマの喉元を、沢村は指先で撫でた。
「ッ……!?」
 間柴は思わず動きを止めた。触れたのは確かに指先で、しかしその感触は喉を抉る刃物だ。反射的に、間柴は拳を握った。己を抱きかかえる男を睨み、下から顎を狙う。鞭のように振り抜こうとするその長い腕を、ファティマのマインドコントロールが押し留める。ファティマは主を守るため以外に人間を攻撃できない。まして己の主を殴るなど言語道断だ。
「ク……ッ!」
 ただでさえボロボロの、力の入らない身体にそれでも力を込める。動かない腕を強引に撓らせる。唯一自由になる目で精一杯睨み上げ──間柴は動きを止めた。
 沢村の表情は、間柴の想像からかけ離れていた。頸を喰い千切る禍々しい竜の嗤いはどこにもない。そこにあるのは無表情、ただ僅かに見え隠れするのはなんとなく面白くなさそうな──まるで拗ねた子供が必死にそれを隠しているような、そんな顔だ。
 一見無表情のまま、沢村はごく普通の口調で言った。
「歩くのに飽きた」
「……は?」
 思わず拳の力を抜いた間柴の顔を、沢村はマントで覆った。
「たらたら歩くのが面倒くせえ」
 視界をマントで塞がれ、真の闇が間柴を包む。その闇の向こうから、ぼそりと声が聞こえた。
「面倒くせえから、走る」
 その言葉が終わらぬうちに、間柴の身体は抱きかかえられたまま宙に浮いた。マントの布越しに、風切り音が聞こえる。もしマントに包まれていなかったら、間柴の無残な傷口は更に風に切り裂かれていただろう。
 KKD騎士団の拠点まで、常人の足なら小一時間。だが騎士の脚なら、それは五分とかからない距離だった。



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