■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(11)■


 翌日の夜。いつものように沢村は、間柴を自分の部屋へと連れて行った。
 最近、間柴は何も言われずとも自分で部屋着に着替え、ベッドに入るようになった。「毎晩毎晩、抱き上げられてベッドに運ばれるのは御免だ!」というのが本人の言い分だ。
 それが少しだけ沢村は不満だった。己のファティマを抱き上げて、何が悪いのだろう。
「?」
 ベッドの前で、着替えもせず、間柴は立っていた。何かを言いたそうに口を僅かに開き、閉じを繰り返している。
「どうした?」
「……てめえは……その……夜、出かけることはねえのか?」
「ん?」
「いや、戦闘もねえのに、毎晩部屋でぐーすか寝てるからよ。街に遊びに出たりはしねえのかな……って……」
──街に遊びに……?──
 沢村は思案を巡らせた。確かに間柴に会うまでは、一人で街へ飲みに出かけることはあった。だが、あれは遊びに行くのとは意味合いが違う。そういえば、宮田や千堂や青木は、たまにファティマを連れて出かけている。どこそこの食事が美味かったとか、高台から見る夜景がきれいだったとか、そんな話を聞いたことがある。
 沢村は真顔で言った。
「ああそうか、お前、デートがしたいのか。それなら後で宮田あたりに、美味い店を聞いておく──」
「違う! そういう話じゃねえ!」
 間柴が顔を真っ赤にして怒鳴る。沢村は首をかしげた。
「そっちじゃなくて……例えば鷹村さんみたいな遊びの方だ!」
「ああ、そっちか」
 鷹村は夜になると、こっそり独りで出かけていく。そして大概は朝帰りだ。一度、騎士服についた口紅の染み抜きをこっそり久美に頼んでいるのを見たことがある。
「必要ねえな」
 己のファティマの心臓の音を聞きながら眠る、それがどれほど心安らぐことか、沢村は今まで知らなかった。いや、己が安らぎなどというものを欲していることすら知らなかった。それを得た今、わざわざ一夜の空虚な温もりを金で買う必要などない。
「……騎士の身体で、必要ねえ、ってことはねえだろ」
「お前、何が言いたいんだ?」
 間柴は顔を背けた。震える唇で、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……口なら……それなりにできる……」
「……は!?」
 拳を握りしめ、ぶっきらぼうな口調で、間柴は小さな声を絞り出した。
「口だけは……悪くねえって言われたことがある……顔が見えると萎えるけど、タオルで隠せば使えるって……昔言われた……だから、必要なら、使えよ……マスター……てめえにはその権利がある……っ」
 次の瞬間、間柴の身体は沢村の腕の中に包まれていた。大きな手が間柴の顎を掴み、強引に上を向かせる。
 凶竜の嘲笑が死神を見下ろす。
「『主への奉仕はファティマの義務』、か。ファティマのマインドコントロールってのには反吐が出るぜ。俺は、そんなことに使うために、お前を俺のファティマにしたんじゃねえ」
「んなことは分かってるんだよ!」
 その瞬間、間柴の拳が沢村の顎にクリーンヒットした。
「ッ!?」
 間柴は荒い息を吐いた。マインドコントロールを振り切ったその負荷で、身体が震える。
「お前……っ」
「義務だからじゃねえ!」
 ギラつく瞳で主を睨み、間柴は叫んだ。
「てめえは初めて、生きていたんだ。戦闘が終わって、生きていた主はてめえだけだ。だから、俺にできることならしてやりてえ! それが……それがそんなにおかしいことか!?」
 荒い息に唇が震える。沢村は、切れた己の口の端を拭った。その指で間柴の唇にそっと触れる。
「……悪かった」
 細い腰を力強く抱き寄せ、沢村はいきなり間柴の唇を塞いだ。
「ッ……!? ん……!」
 驚きに、間柴が目を見開く。それに構わず、沢村は舌で強引に唇を割った。
「ん……ぁ……」
 熱い口腔内を掻き回す。舌を絡め取り、甘く吸い上げる。
「……ん……」
 間柴の拳から、徐々に力が抜けていく。長い舌が口腔内を蹂躙する。唾液が零れる。間柴は必死に、己の舌を相手に絡めた。
 やがて、ゆっくりと唇が離れた。
「……てめえ……なに考えて……」
 なおも睨み上げる間柴の耳元に、沢村は囁いた。
「間柴、抱いてもいいか」
「!? はあ!?」
 あまりの言葉に、間柴は茫然とした。
「口でしてやるって言っただろ!?」
「嫌か?」
「そういうことじゃねえ! なんで騎士がわざわざ、こんなツラのファティマを抱く必要があるんだよ!」
 騎士ならごく当然のこととして、優しく儚い外見のファティマを得ることができる。こんな凶悪な顔のファティマをわざわざ抱く騎士はいない。せいぜい、顔を隠して奉仕に使う程度だ。こんなファティマでも抱きたがるのは、一般人の──犯せるはぐれファティマならなんでもいい、という男たちだけだ。
 不思議そうな顔で、沢村は間柴を見つめた。その指が優しく頬を撫でる。
「とにかく、嫌じゃねえんだな?」
「だからそういうことじゃ……っ」
 言いかけて、間柴は言葉を止めた。背筋がぞくりと震える。沢村は真剣な顔で間柴を見つめている。その目に光るのは──雄の竜の情欲だ。
 間柴は俯き、小さな声を絞り出した。
「嫌じゃ……ねえよ」
 沢村は間柴の額に優しく口づけ、その身体を抱き上げた。今度ばかりは、間柴は逆らわなかった。
 
 
 
 ベッドの上に横たえられ、ファティマスーツを脱がされていく。
 喉元に沢村が吸い付き、間柴は思わず短い悲鳴をあげた。
「ヒッ……ァ……」
 性技の知識についてはひととおり、成人前に教育を受けている。だからこそ、路地裏で男たちに犯された後も自分で処理ができたのだ。
 だが、ベッドで騎士に抱かれるのは初めてだ。己の意志に反し、身体が硬く緊張する。
「間柴、変なところがあったら言えよ。俺はファティマを抱くのは初めてだ」
「!? ……うそだろ……っ?」
 沢村の掌が胸に触れる。むず痒いような不思議な感覚に、間柴の身体がぴくりと震える。
「こんなこと嘘ついてどうするんだよ。俺はお前が初めてなんだ」
「……変なところ、ったって……俺も分からねえよ、騎士に抱かれるなんて、初めてなんだから、よ……」
 その言葉に、沢村の動きが止まる。
「……うそだろ……?」
「そっちこそ、こんなことで嘘ついたって仕方ねえだろ!? あの時の……あいつら以外に……俺を抱いた奴はいねえ!」
 あれを「抱いた」と表現するのはおかしいが、とにかく、間柴は事実を伝えた。
「こんなにきれいなのに? 今までの主は全員、不能だったのか?」
 一瞬、間柴は何を言われているのか分からなかった。
 きれい? こいつは今、俺の顔を見てそう言ったのか?
 その沈黙をどう理解したのか、沢村が気まずそうに顔をそらした。
「……悪い、昔のことなんて聞くもんじゃねえな」
 いや、そういうことではなくて──そう言いかけた間柴の唇が塞がれた。
「!……ンッ……」
 口の中が再び蹂躙される。その間も、沢村の手が胸から腹を辿り、下腹部に触れる。
「ゃ……」
 間柴は思わず目を瞑った。ファティマスーツの隙間から、間柴の性器がそっと握り込まれる。作り物の、しかし人間と寸分違わないそれを、沢村はやさしく擦り上げた。先端から、人工の透明な液が滲み出る。
「気持ちいいか?」
「……知らねえ……よ……」
 精一杯の強がりで、間柴は沢村を睨んだ。本当は、快楽に脳がぐらぐらと揺れている。間柴は手を伸ばし、沢村の首に腕をかけた。そのまま引き寄せ、唇に舌を這わせる。先ほど己が殴った時にできた、その傷からは血の味がした。
「あ……」
 ファティマスーツが脚から引き抜かれる。沢村が騎士服を脱ぎ捨てた。しっかりと筋肉のついた騎士の身体が覆いかぶさる。その下にあるのは──間柴はその光景を思い浮かべた。それは厚みも柔らかさも持たない、鳥ガラのような己の身体だ。
「おい、やっぱり俺が口でしてやるから……」
 そう言いかけて、間柴は言葉を止めた。
 沢村は裸の胸に耳をつけていた。確かめるまでも無い、聞いているのは間柴の心臓の音だ。
「裸だとよく聞こえるな」
 言いながら、沢村は間柴を見下ろした。
「それに、動いているのが皮膚の上からでも見える」
 ドクドクと脈打つ胸を見つめ、それから沢村は間柴の足首を掴んだ。
「!?」
 脚を大きく折り曲げられ、思わず間柴は顔を背けた。棒のような膝と脛が、視界にはいる。
 奥の部分に、そっと指が触れた。
「ここ、平気か?」
 沢村の問いに、間柴はただ頷いた。指がゆっくりと侵入してくる。その間も、間柴の性器は液を流し続ける。
「く……あ……」
 侵入してくる指が内壁をなぞる。必死にその感触に耐える、その間柴の顔を沢村が見つめている。
 ゆるゆると内壁を探られる。その感覚が脳に快楽を伝える。
「あ、は……っ」
 指の本数が増やされ、より深い場所に触れる。内壁が勝手に収縮し、更に奥へと導く。
 間柴の顔に、液体がぽたりと落ちた。沢村の汗が額から滴っている。薄く開いた唇から、熱い吐息が漏れている。そしてその目は、まさに獲物を前にした竜の瞳だった。
 指が蠢き、やがてゆっくりと引き抜かれた。空洞のように拓いたそこに、熱い塊が押し当てられる。
「間柴……いいか?」
 熱い吐息が滴りと共に囁く。間柴は主の首に腕をまわした。
「!……ッ……ク……あ、ぁ……」
 胎内にそれが侵入してくる。ドクドクと脈打つ、それはまるで竜の心臓だ。
「あ、……マスター……」
 衝撃と快楽に涙を滲ませながら、間柴は笑った。
「……生きてる……んだな、本当……に……」
 沢村も汗を滴らせながら、笑った。
「ああ、生きている……俺も……お前も……」
「よか……った……、ア……ッ」
 生きている証が、胎内を貫き、温かな内壁がきつく締め付ける。
「く……ッ」
 沢村が呻き、生命の証が間柴の中に放たれる。それを受け止めながら、間柴もまた人工の精液を放った。
 
 
 
 早朝の薄明かりの中、間柴はゆっくりと目を開けた。
 裸の身体の隣で、同じく裸の沢村が眠っている。心臓に耳をつけ、すうすうと眠る姿は相変らず赤子のようだ。間柴は誰にともなくつぶやいた。
「……眠っている時は、可愛げもあるんだよなあ」
「お前は眠っていても起きていてもきれいだぞ」
「うわっ!」
 沢村が突然、パチリと目を開けた。
「てめえ、狸寝入りかよ!?」
「いや、今起きた」
 欠伸をしながら、沢村は身体を起こした。
「おい、今お前が言った言葉のことだけどな」
「ん? お前がきれいだ、って話か?」
「……てめえ、本気じゃねえよな……? からかっているだけだよな!?」
「は?」
 沢村は寝起きの目を擦りながら、間柴の方を見た。
「本気というか、事実だ」
 間柴は溜息をついた。
「……一度、眼医者に行け」
「? 視力はいいぞ?」
「そういうことじゃねえ! 眼医者じゃなけりゃあ、脳の医者だ!」
 朝も早くから怒鳴る間柴の唇は、沢村の軽いキスに塞がれた。
「!?」
「なあ、間柴」
「……何だよ」
 ベッドの上から睨み上げる間柴に、沢村は優しい笑顔で言った。
「おはよう」
「……おはよう」
 と、その時、耳を劈く警報が鳴り響いた。
「なんだよ、こんな朝っぱらから出撃か」
 まだ若干眠そうに目を擦りながら、沢村は手早く騎士服を身に着けた。間柴もベッドから飛び起き、ファティマスーツを身に着ける。
 急いでドアを出ようとした間柴の腕を、沢村が掴んだ。
 一瞬の間の後、間柴は素早く沢村に口づけた。沢村の手が、間柴の心臓の位置に触れる。
──また次も、生きて戻るのだろうか──
 それを口にせず、ただ間柴は嗤った。それは命を刈る死神の嗤いだ。沢村もまた嗤った。それは凶竜の名に相応しい、狂喜の嗤いだ。
 もう一度だけ唇を重ね、そうして二人はドアの外に飛び出した。
 廊下の先で、バタンとドアが開く。宮田と木村が、同じように飛び出してくる。
 警報が鳴り響く中、軽い挨拶を交わしながら、騎士とファティマはミーティングルームへと向かった。
 
 
 
END



←back

二次創作に戻る