■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(10)■


 それから数日は、間柴にとって平穏に過ぎていった。
 騎士と共に食事を摂ることにも徐々に慣れた。ファティマの身体に食事など無意味だと思っていたが、数日経つと、体力の維持が明らかに容易になった。鷹村にそのことを話すと、『人間もファティマも、同じ血肉を持っているんだから当たり前だ』と笑われた。ファテイマもきちんと食事を摂るのは会長の方針なのだ、と教えてくれたのも鷹村だった。もちろん、間柴がその方針に逆らう理由は無い。
 規律の一切無いこの騎士団で、唯一の暗黙の決まりごとは『(できるだけ)会長を怒らせない』ことだ。会長の雷が落ちるといかに恐ろしいかは、複数の騎士が親切丁寧に教えてくれた。
 千堂は、何かにつけ間柴に声をかけ、他愛も無いことをよくしゃべった。
 宮田との模擬戦は楽しかった。騎士である宮田の腕、MH『雷神』の性能は当然のこと、ファティマの能力に間柴は驚いた。騎士とファティマの意思疎通には、どうしてもタイムラグが生じる。宮田と木村にはそれがほとんど無い。そのことが、雷神の驚異的なスピードを生み出している。夜の声が大きい平凡なファティマ、という認識を、間柴は心の中でだけ訂正した。
 ちなみにこの模擬戦は騎士たちの賭けの対象だったらしく、ただ一人「引き分け」に賭けた板垣が賭金を総取りしたらしい。
 マインドコントロールに抗わずに戦うコツを教えてくれたのは『白い狼』だった。「マスターが勝つことを信じていれば大丈夫です」と穏やかに狼は微笑んだ。聞こえはいいが、要するに『(マスターが生きているとファティマが認識している間は)ファティマはマスターを守るために戦える』という意味だ。マスターの実際の生死は関係ない。一瞬、千堂が気の毒になったが、白い狼は少し顔を赤らめて「だから、勝つことを本当に信じられるマスターに出会えて、ボクは幸せです」と言った。
 
 
 
 こうして間柴は、徐々に騎士団に馴染んでいった。
 唯一馴染めないもの、それは、主である沢村の行動だった。
 あの砂漠での戦闘の日から、沢村は夜になると必ず間柴を迎えに来た。間柴の個室のドアをノックし、都合を問い、自分の部屋に連れて行く。『来い』とただ一言命令すれば済むものを、毎晩律儀に自らやってくる。そうして間柴を部屋に連れ込んで、部屋着に着替えさせてベッドに寝かせ──その間柴をただ抱きしめて沢村は眠るのだ。
 間柴は困惑していた。毎晩、何を命令されるわけでもなく、ただ心地よい部屋着と柔らかなベッドと温かい主の腕に包まれて眠る、そのことに不満は無い。不満は無いが、疑問は山ほどある。
 ベッドの中で、間柴は自分をしっかりと抱きしめる主を見た。その顔は、普段の凶悪な面構えからは想像もつかないほど穏やかだ。まるで幼い子供が母親にすがりつくように、間柴の心臓の位置に顔を埋めている。
 主を起こさないよう、間柴はそっと自分の心臓近くに手をあてた。肉の無い薄い胸は柔らかさを持たず、ただ固い感触が掌に触れる。胴体だけではない、腕、脚、顔、己の身体は全てが細く固い。己の身体は、主に安らぎも癒しも与えることができない。
 ファティマとして、戦闘以外に己ができることはごく僅かだ。その僅かな行為は、少しでもこの主の慰めになるのだろうか。
 己をMHに載せて、初めて生きて帰った騎士を見つめ、間柴は己の唇にそっと触れた。ファティマとして間柴にできることは、本当に僅かだった。



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