■はじめの一歩でFSS妄想 千堂とヴォルグの出会い(1)■
北の大地は夏が短い。王都は残暑が厳しいと言うが、こちらはもうすっかり秋だ。
温かく野菜たっぷりのスープの味を確かめ、ヴォルグは鍋の火を止めた。
「ダン、ゴハンができたよ」
「ああ、今行く」
老いた騎士がテーブルにつく。その前に、ヴォルグはパンとスープを並べていく。
二人きりの食卓にも、こうして家事をして暮らすことにも、今ではすっかり慣れた。
「イタダキマス」
礼儀正しく、団吉の母国流の挨拶をし、ヴォルグはパンを手に取った。
「? ダン、どうしたの? 味がオカシかった?」
スプーンを手にとったまま動きを止めた老騎士に、ヴォルグが尋ねる。
「ヴォルグ」
団吉はスプーンを置いた。
「もう言うまいと思っていたが、やはり言わずにはおれん。おぬしのその腕は、儂の世話を焼くためにあるのではない」
ヴォルグは穏やかな微笑みを浮かべた。
「……ボクはダンに恩返しができて嬉しいよ。ダンが保護してくれなかったら、どうなっていたか分からないカラ」
「そういうことではない。そうではなく……戻りたいのだろう、ファティマとして、戦場に。おぬしの腕は、MHを操るためにある」
ヴォルグの動きが止まった。もう一度MHに乗って戦うことができたら──それを望まないと言えば嘘になる。だが──
ヴォルグは頭を振った。
「もう無理だよ、ダン。ボクをMHに乗せてくれる騎士は誰もいない」
白い狼。かつてそう呼ばれたファティマは、寂しそうに笑った。
ヴォルグはかつて、騎士をも凌駕すると言われたMH遣いだった。戦いの際は一時的に騎士をマスターと呼び、戦いが終われば契約を解除する。マスターがいない間は王国が保護者となる。いわば傭兵として名を馳せたファティマ、それが白い狼と怖れられたヴォルグだった。異国で作られた自分がこの国で生きるために、ヴォルグはファティマの唯一の権利である『主を自ら選ぶ』ことを放棄し、その代償として王国の保護のもとに戦場を駆けた。
だがいかに強くとも、ファティマのマインドコントロールと制約からは逃れられない。ある時は無能な騎士との契約を強制され、ある時は配属された部隊が戦で負けた。己のためには戦えないファティマは雪辱を果たす機会を与えられないまま、その名を地に落とし、王国の保護も失った。
もし、引退した老騎士である団吉が保護しなかったら、ヴォルグははぐれファティマとして悲惨な末路を迎えていただろう。
「だからダン、ボクはもうこのまま──」
「ヴォルグ、儂の最後のツテに掛けてみないか」
「……ダン?」
団吉は遠い目をした。それは昔を懐かしむ優しい目であり、同時に老いてなお戦場に思いを馳せる騎士の眼だった。
「王都のKKD騎士団に古い知り合いがいる。王国所属だが、かつておぬしを放逐したのとは全く別の独立部隊だ。色眼鏡で見る者も少ないだろう。ただし少数精鋭の騎士団だから、受け入れられるかはおぬしの力量次第だ」
「ダン……」
「ヴォルグよ、儂はな、おぬしのその牙を錆びつかせたくない。もう一度、戦ってくれ。それが、この老いた騎士の願いだ」
ヴォルグは自分の掌が震えるのを感じた。騎士団に所属するということは、団吉を独りにするということであり、この先恩を返せない可能性もある。そんなことは決してしたくないのに──ヴォルグの掌はまぎれもない歓喜に震えていた。もう一度MHに乗ることができる。戦場に出られる。
「ダン……アリガトウ……」
今にも泣き出しそうな顔で笑うヴォルグに、穏やかな微笑みを返し、団吉はスプーンを手に取った。
このスープを食べられるのも、あと数日だろう。寂しくないと言えば嘘になる。だが、騎士である団吉は知っていた。このファティマは──狼は戦場でこそ生きることができるということを。
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