■小さな恋の物語(4)■


 翌週。
 予定通り、教員たちは会議室に集められた。
 校長がいつもの調子で、オールマイトが正式に教員となることを告げる。他の教員たちがざわめく中、相澤はただ黙ってその場に座っていた。
 やがて、校長の呼びかけに応える形で、オールマイトが会議室に入る。その肉体は、教員たちプロヒーローにとっても見慣れた、分厚い筋肉に覆われている。
 校長の説明が淡々と進むにつれ、教員たちは言葉を失っていった。
 肉体の損傷、活動限界、そしてそれらを世間から隠すために教員たちの協力が必要であること──
 校長の言葉をすんなりと信じられない教員たちがざわめく。
 校長の合図に、オールマイトが静かに頷いた。身体から水蒸気状のものが立ち上る。そして現れたその姿に、教員たちはただ息を飲んだ。
 痩せ衰えた身体を晒したまま、オールマイトは一人の教員を見つめ、苦笑した。
 相澤はただ、その視線を受け止めた。
 
 
 
 オールマイトの真の姿を見た後、教員たちの対応は早かった。
 現状を受け入れ、口々に協力を申し出る。教員にとっても、『オールマイト』は特別なヒーローなのだ。またオールマイト自身の、丁寧で腰の低い、誠意の籠った挨拶も好感をもって迎えられた。
 あっという間に打ち解け、歓談もひととおり済んだオールマイトの背後で、低い声が響いた。
「オールマイトさん」
 その声に、教員たちが凍り付いた。
「……はい?」
 ギギギ、と音がしそうな動きで、ぎこちなくオールマイトが振り返る。
 そこにはイレイザーヘッドが立っていた。部屋全体が凍るような、不機嫌そのものの冷たい声が地を這うように響く。
「ちょっと来てもらえますか。話があるんで」
「……はい」
 ぎこちない動きで、オールマイトが立ち上がる。
 イレイザー、新人をいびるなよー、という旧友の声を背に、相澤は仮眠室へと向かった。
 
 
 
 内側からドアに鍵をかけ、相澤はオールマイトを睨んだ。廊下を移動したため、今はマッスルフォームだ。
「あ、相澤くん?」
 ぷしゅーっという音とともに、八木は真の姿へと戻る。
「気づいていたんですね。俺が『イレイザーヘッド』だと」
「う、うん、だって昔、一緒に事件を解決したことがあったじゃないか。私は一緒に戦ったヒーローのことは忘れないよ!」
 一緒に解決、と言っても何年も前の話だ。オールマイトは主力メンバー、イレイザーヘッドはまだ新人で、その他大勢のサポート役だった。それを覚えているとは──それが本当ならば、やはりこの人は頭がいいんだな、と相澤は思った。
「で、気づいているのに、ずっとそれを俺に黙っていたんですね」
「う、うん……ごめんね? でもね……」
 ごにょごにょと八木は言い訳を呟く。
「なんですか、はっきり言ってください」
「だって……君がヒーローだともし私が知っていたら、君は私を一般人だとは思わないだろう!?」
 確かに、アングラ系ヒーローである自分の存在は、他のヒーローたちにすらあまり知られていない。まして一般人ともなれば、知っているのは相当なヒーローオタクだけだ。
 一般人でないのなら、当然、その素性を調べるだろう。その過程で、たとえ真相にはたどり着かなくとも『オールマイト』に何らかの関係があることは簡単に判明する。『八木俊典』がオールマイトの本名であることは、雄英の卒業生の履歴を辿れば判ることだ。
「だから、黙っていたんですか」
「そうだよ! 君が好きだから! だから……『オールマイト』と『イレイザーヘッド』という関係ではいたくなかったんだ」
「こうやって、バレることが分かっていたのに?」
 八木は俯いた。
「そうだよ、少しの間だと分かっていた。それでも……君と一緒にいたかったんだ」
 相澤は盛大にため息をついた。
「ごめんね、相澤くん……怒ってる……よね?」
「は? どうして俺が怒るんですか?」
「え?」
 八木は思わず顔をあげた。相変わらず、目の前の相澤は不機嫌そのものだ。
「いや、見るからに怒っているよ!?」
「ああ」
 思い当たったように、相澤は言った。
「俺は、仕事中はいつもこんな感じです。怒っているわけでも不機嫌なわけでもありません」
「え……えぇ!?」
「今だって、俺と一緒にいたいからこっそり秘密を抱えていたなんて、可愛い人だなあと思ってました」
「……えーー」
 八木は思わず脱力した。相澤が冷たい目のまま、八木に近づく。
「俊典さん」
 びくり、と八木の身体が震える。声も表情も冷たいのに、その声音はとても優しい。
「ここに呼んだのは、これを渡すためです」
 はい、と渡されたのは、一本の電子鍵だった。
「俺のマンションの鍵です。まだ引っ越したばかりなので、週末に来てくれますか? それまでには家具も届く予定なので」
 声も表情も冷たいのに、その頬が少しだけ赤くなっていることに八木は気づいた。
「相澤くん……」
「じゃあ、今日はこれで。後で、週末の待ち合わせ場所をメールしますから」
 さっさと踵を返す、その後ろ姿に八木は呼びかけた。
「待って! 聞きたいことがあるんだ!」
 相澤が足を止め、ぎろりと八木を睨んだ。
「何ですか。これ以上二人きりでいると、アンタを襲いそうになるんで、早く離れたいんですけど」
 冷たい口調と中身がまるで合っていない。
 あ、あれだ、と八木は思い当たった。若者の言葉に詳しいわけではないが、それでも知っている有名な言葉。これは──そう、ツンデレってやつだ。そうと分かれば、怖がる必要はない。
「相澤くんは気づいていたの? 私が──オールマイトだということに」
「まあ、薄々は。確信したのは、さっき初めて、目の前で姿を変えた時ですから、他の教員と一緒ですよ」
「でも、何となくは察していたんだよね? どうして……詮索しなかったの?」
「……俊典さん」
 相澤は八木に歩み寄った。
「あんまり可愛いこと言ってると、ここで泣くまでブチ犯しますよ」
「……相澤くん、性格変わってない?」
「仕事中に、目の前に好きな人がいるなんて経験したことありませんから。うまく切り替えできないんです」
「……」
 飴と鞭を同時に振るわれて、八木はもう混乱状態だ。
「どうして詮索しなかったかって、それどころじゃなかったからですよ」
「え?」
「一目惚れだったんですよ!? あんな衝撃初めてでした。しかも相手は男だ。言っておきますけど、俺は男を好きになったのは初めてなんです」
「う、うん、それは私もだけれど……」
 ついでに、男に抱かれたのも初めてだったんだけど……という言葉は飲み込んでおく。
「一目惚れで、相手は男で、どうやったら俺を好きになって貰えるか必死だったんです。それに比べたら、その正体がオールマイトだった、なんて小さなことなんです」
「それって……」
 相澤は突然、八木を抱きしめた。
「俺が好きになった俊典さんは、きれいでかわいくて、強い信念を持っている、ものすごく格好いい男です」
「……相澤くん、もしかして……ずっと私に夢中だったってこと?」
「もしかしなくても、そうです。下心があったから、柄にもなく手取り足取り、勉強につきあったんですよ」
 相澤はゆっくりと身体を離した。
「本当に襲いそうなんで、もう行きます」
 離れていく体温を感じながら、八木は思った。
──それは違うよ、相澤くん。下心だけであんなに上手に教えられるはずないじゃないか。君は先生なんだから──
「相澤くん!」
 八木は鍵を手に、にっこりと笑った。
「週末に会えるの、楽しみしているよ」
 ちらりと八木を一瞥し、相澤は仮眠室を出て行った。
「──私もがんばろう」
 未来を紡ぐ後継者を育てて、教師として勤めて、そして──週末に恋人に会う時間が欲しいな──
 八木は微笑みながら、力強く拳を握った。
 
 
 
 週末。
 相澤の新居に鎮座する、巨大なベッドを見て八木が真っ赤になるのは、また別のお話。
 
 
 
END.



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