■underwear(1)■
「なあルイ、怒っているのか?」
「別に。怒ってなんかいませんよ」
どこからどう見ても怒っている顔と声で、ルイが答えた。
「ルイ……」
何故機嫌が悪いのか、ビバリには分かっているようだ。困ったような顔でルイを見る。
ルイもまた、不機嫌さと困惑が入り混じった表情で、ビバリから目を逸らした。
この部屋に来るまでの間、どうにか自分の気持ちに整理をつけようとした。実際、一度はなんとか自分の胸の中に収めた。
でも、インターフォンのボタンを押した時、恋人があまりにも無邪気な笑顔で出迎えたので、ルイは少しだけ腹が立ったのだ。
察して欲しい──なんて、甘ったれたことを言うつもりはない。だが、行き場のない嫉妬と、それを消化できない自分の未熟さが、ルイ自身を責める。
どうすればこの感情が収まるのか、ルイには分からなかった。
ビバリを正面から見ることができないまま、ルイは、昼間のオフィスでの光景を思い出していた。
その男がオフィスに入ってきた時、女性社員はもちろんルイでさえ一瞬、目を奪われた。モデルだから当然なのだが、それほどのハンサムだった。
ビバリも上機嫌だった。モデルの足元に膝をつき、衣装を次々とフィッティングしていく。
その様子を見つめながら、ルイは少し離れた場所で立ち尽くしていた。自分も手伝うべきだと分かっていても、身体が動かない。自分の恋人の手が他の男に触れている、ただそれだけのことなのに、ルイの中には自分でも驚くほど、痛くて熱い何かがこみ上げていた。
ボトムスが終わり、二人は下着をあわせ始めた。
もちろん、仕事だということは分かっている。そんなことでいちいち腹を立てる、自分の幼稚さに呆れつつ、ルイは無意識に下唇を噛んだ。
なんだろう、この独占欲は。僕はいつから、こんなにわがままになったのだろうか──
ビバリは笑顔でモデルに傅き、衣装を決めていく。
自分の恋人が純粋に面食いだということをルイはよく知っていた。だから今、その恋人が嬉しそうにモデルと話しているのは、女性社員がキャーキャー言っているのと同じことだ。それ以上の深い意味はない。頭では分かっている。
ルイは手伝おうとする努力を放棄した。
もう一度、モデルの顔を見る。強いて言えば、面長なところがレオンさんに似ていなくもない、とルイは無理やり思った。元恋人に似ているなら、仕事に熱が入るのは当たり前だ──自分でも無茶苦茶だと分かっている理屈で、ルイは自分自身を無理やり納得させた。
ビバリはまだ、熱心に下着を選んでいる。
ルイはできるだけ二人から離れ、窓際で衣装を整理するふりをした。
ふと、窓に掛けられたブラインドが目に入った。二人の姿を見たくなくて、ルイはそっとブラインドの間に指を差し入れた。
──そう言えば、よくビバリさんも、こうやって外を見ていた──
それはたいてい、ルイが女性社員と話している時であることに、ルイは気付いた。
──ビバリさんも、今の僕と同じような気持ちで外を見ていたのかな──
そうだとしても、会話のかみ合わない女性社員にキレている自分と、よその男相手にデレデレしている今のビバリとを一緒にはされたくなかった。
後ろでモデルの尖った声が聞こえた。どうやら、下着あわせにばかり時間がかかりすぎて、苛立っているようだ。ビバリが、あと少しですから、と宥めている。
その様子をちらりと眺め、ルイはため息をついた。
────ルイは頭を振り、昼間の残像を追い出した。
ここは恋人の部屋で、今は金曜の夜だ。こんなことで拗ねて、せっかくの週末を台無しにしたくはない。
「ルイ……」
ビバリの腕が後ろから優しくルイを抱く。甘えるように首筋に顔をうずめる仕草に、ルイは思わず微笑んだ。まるで、叱られた犬だ。どうやって許してもらおうか、そればかりを考えている。不安そうにぎゅっとすがりつく体温が、ルイの強張った表情と心を溶かしていく。
──まったく、貴方にはかないませんよ──
ルイは腕の中に包まれたまま、振り向いた。安心したようにビバリの顔が緩む。唇が近づいてくる。触れる寸前まで引き付け、ルイはするりと腕の中から逃げ出した。
「ルイ!?」
慌てるビバリに冷たい目線をちらりと流し、ルイは薄く笑った。
「シャワー、使いますね」
ささやかなお仕置きとしておあずけを喰らわせ、ルイはスタスタとバスルームへ向かった。
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