■その唇で愛を紡ぐ(2)■
金曜日の夜。
食事を終え、ビバリはひとりでソファに座っていた。
キッチンの方から、水音が聞こえる。
まったく、皿洗いなど後でやっておく、といくら言っても、ルイは絶対に聞かない。
『作ってくれるのはビバリさんなんですから、片付けは僕にやらせてください』──と、口調だけはお願いだが、ビバリの却下が通ったことは滅多にない。
首を伸ばしてそっと窺うと、せっせと調理器具を洗うルイの後ろ姿が見えた。ワイシャツを肘まで捲り、ネクタイを肩にはねあげて、真剣に鍋と格闘している。そんな恋人の姿に、ビバリは頬を緩めた。これはこれで、悪くない。
ソファの隣の席、一人分空いた場所をビバリはそっと撫でた。
皿は食器洗い機に入れるだけなので、手洗いするのは大型の鍋やフライパンくらいだ。時間にすれば僅かなのに、その時間が待ちきれない。だからと言って、キッチンのルイにちょっかいを出すことはできない。
以前、ちょっとした悪戯心で、後ろから抱きついたことがある。よりによってその時、ルイは包丁を洗っていた。驚いたルイの手から落ちたそれは、ビバリの足ギリギリの床に刺さり、ビバリはさんざんルイに叱られた。あの時のルイの泣きそうな顔を思い出すと、もう二度とあんなことはするまい、と思う。
やがて、水音が止まった。タイミングを見計らい、ビバリは冷蔵庫から白い箱を取り出した。
「終わりましたよ」
ルイが袖のボタンを留めながら、リビングに戻ってくる。ビバリはソファに凭れ、テーブルの上の箱を指した。
「なんですか?」
「デザートだ」
箱に刻印されたロゴを見て、ルイの表情が驚きに変わる。
「これ……」
ソファに座り、ルイが箱の中から陶器のカップを二つ取り出す。それは濃いオレンジ色をした、昨日ルイが見たものと全く同じパンプキンプリンだった。
「ビバリさん、どうして……?」
「お気に召したかな?」
ソファにふんぞり返ったまま、ビバリは笑った。
「ええ」
ルイの嬉しそうな笑顔に、ビバリは目尻を下げた。
スプーンを手に取り、ルイが大切なものを扱うようにプリンを掬い上げた。オレンジ色の一匙が、ゆっくりと唇の中に消えていく。
「……おいしい!」
その言葉が無くても十分に分かるほどに、ルイが幸せそうにプリンを食べる。その様子に満足し、ビバリもスプーンを手に取った。
とても甘そうな見た目とは裏腹に、程良い苦みが舌に伝わる。それがいっそう甘さをひきたてる。その味を楽しみつつ、ビバリはルイを眺めた。
あっという間に食べ終わったルイが、カップを置いた。名残惜しそうに、唇を舐める。おそらく無意識であろうその仕草に、ビバリの動きが止まった。濡れた赤い舌がちらりと覗き、自分自身の唇を端から端まで舐め取る。何かを連想させるその動きに、ビバリの喉が鳴る。
「ごちそうさまでした……って、ビバリさん? どうしたんですか?」
「あ、いや……」
ビバリは慌てて目を逸らした。が、逸らしたつもりの目はビバリの意志に逆らい、視線はルイの口元へと戻ってしまう。濡れた舌が残像のようにちらつく。
「……あ……」
ルイの顔が少し赤くなった。自分が取った無意識の行動に気付いたのだ。
「ルイ……」
ビバリはルイの顎に優しく指をかけた。ルイは逆らわず、自ら顔を近づけた。
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