■目を閉じて、声で感じて(1)■
惚れた男のペニスが、肉壁を掻き分けて強引に押し入ってくる。その瞬間が、健司は大好きだった。
秘肉は征服される悦びに打ち震え、熱い塊をより深い場所へと誘い込む。
ぐっと突き上げられ、健司の口からは嬌声が溢れ出た。
感じる部分を擦り上げられ悲鳴をあげながら、それでもなお、より深く繋がるために脚を男の腰に絡める。
健司のペニスからは蜜が滴り、二人の結合部分を淫靡に潤す。
男の動きが徐々に早くなり、健司の中のモノが一層大きくなる。
「あぁ……っ……三条……さん……い……い……」
頭の中が真っ白になる瞬間。
健司の雄は弾け、蜜を撒き散らした。同時に内壁が、愛しい男の物を食い千切らんばかりに締め付ける。
男は低く呻き、熱い液体を健司の中に吐き出した。
はあはあと荒い息をつきながら、健司は男の首に腕を回して引き寄せる。
ぬめった熱を胎内に感じながら男の舌を絡め取り、健司は喰らい尽くすように貪った。
乱れたベッドの上で、健司は脱力して横たわっていた。激しいセックスの後の心地よい疲労感が身体を包んでいる。
隣に寝ていた男が、健司の肩を抱き寄せた。優しく髪をかきあげ、額にキスを落とす。
「やめろ、俺は女じゃねえよ」
健司はその手を振り払った。男は苦笑しつつ、毛布を引き上げて優しくかけた。
「冷たいなあ。 少しは可愛く甘えて欲しいんだけどね」
「誰がそんなことするか。 恋人同士じゃあるまいし」
健司は冷たい声で言い放つ。
いつもどおりの会話だ。何度、二人で夜を過ごし、何度、同じ会話をしたか分からない。
健司の勤める会社に三条剛彦(さんじょう たけひこ)がヘッドハンティングされ、三十四歳という若さで部長に就任したのは二年前のことだ。
半年を過ぎた頃、「その気の強さがたまらない」という理由で三条は健司を口説いた。
最初は冷たくあしらっていた健司も遂に根負けし、気が向いた時だけ三条と寝ることを承諾した──というのは、健司側の建前だ。
本当は、健司も三条に惚れていた。それも、二年前、出会った時から。穏やかな風貌に似合わない、追従を許さぬ才能、飛びぬけた野心。そこに健司は惚れた。
だが、本当の気持ちを言うことなどプライドが許さなかった。
健司は常に、あくまで身体だけの関係、という態度をとり、三条がそれを苦笑しながらも許す。それが二人のいつもの逢瀬だ。
「愛しているよ」
三条が、健司の耳元で囁く。職場にいる時は違う、この低くて甘い声が、健司は大好きだった。この声を聞くことができるのは自分だけだと思うと、悦びが湧き上がってくるが、そんなことはもちろん、態度には出さない。
不意に三条が健司の腕を掴み、ベッドに押さえつけた。いつになく真剣な眼差しに、健司の心に不安がよぎる。
「……なんだよ」
「いつになったら君は、私の気持ちに本気で応えてくれるのかな」
動揺を押し殺し、健司は三条を真正面から見つめ返した。いつもどおりの冷たい瞳で、いつもどおりの嘘をつく。
「永遠にありえねえよ。 こっちは気が向いた時だけ、あんたと寝てやってんだ。 それでもいいって言ったのはあんただろ」
その言葉に、三条は寂しそうに笑った。
「そうだね、そうだったね。私も最初は、身体だけでいいと思っていた。身体を重ねれば、いつかは君の心も手に入ると思っていた。 でも、最後まで、それは叶わないのかな」
「……最後?」
健司の中で、不安が膨れ上がる。
三条は健司の腕を放すとゆっくりと身体を起こした。サイドテーブルから煙草を取り、火をつける。
「実は何度か社長のお嬢さんに食事に誘われたことがあってね。 断りきれずにご一緒したんだが……」
紫煙を吐き出しながら、三条はゆっくりと言葉を続けた。
「今日、社長から直々に話があった。 結婚を前提に交際する気はないかとね。 お嬢さんは一人娘だから、私は婿養子ということになるな」
「結婚……? あんたが?」
「創業者一族の縁戚になれば、取締役だって夢じゃない。 もちろん、もっとその上だって目指せる。だが……」
三条は熱い眼差しで健司を見た。
「私は君を愛している。 だから、もし、君が私を少しでも好きになってくれるのなら、お嬢さんとのことは断るつもりだ」
「……っ! あんた、何言って……!」
「これで本当に最後だ。 答えて欲しい。 本当の恋人として、いや、人生のパートナーとして、私と付き合ってくれないか?」
健司は茫然として、目の前の男を見つめた。
惚れた男が、自分のためなら出世を棄てると言っているのだ。健司の中に、未だかつて感じたことがないほどの歓喜が湧き上がる。
──愛している。俺も、心の底から、あんたを愛している。でも──
健司は手を伸ばすと、三条から煙草を取り上げた。ゆっくりと吸い込み、最後の間接キスを味わう。紫煙に自分の本当の気持ちを乗せて、身体の中から吐き出した。
煙草をもみ消すと、健司はいつもどおりの冷ややかな表情で顔をあげた。
「馬鹿じゃねえの? 誰が人生のパートナーだよ。 あんたはせいぜいが、ただのセフレだ」
「健司!」
本心を偽った言葉が、健司自身を傷つける。その痛みに耐えながら、健司は冷酷な薄笑いを浮かべた。
「逆玉っていうのか? あんたもすげえよな。 社長の娘をタラシ込むなんてよ」
「そんなんじゃない! 私が愛しているのは君だけだ」
──やめてくれ、もう聞きたくない。俺も、あんたを愛しているから。だからもう──
三条が健司の腕を掴む。その手を健司は乱暴に払いのけた。
「うぜえんだよ! 好きだとか愛してるとか、そんなのは!」
「健司……」
「これであんたと縁が切れると思うと、せいせいするぜ。 あ、出世したら、俺のボーナス査定、ちょっとは甘くしてくれよな」
言い終えると、健司は毛布にくるまり、三条に背を向けた。
「あんたとの関係も終わりだ。 分かったら、さっさと出て行けよ」
しばらくの後、三条がベッドから立ち上がる気配がした。服を身に着ける、衣擦れの音が聞こえる。
その間、健司は毛布を被り、震えそうになる身体をひたすら抱きしめていた。
──さっさと出て行けよ、俺があんたを引き止める前に──
やがて衣擦れの音がやみ、健司の後頭部に暖かいものが触れた。それが三条の唇であることが、健司には分かった。
「……それでも私は、君を愛していたよ……」
三条の言葉が耳に響き、健司はぎゅっと目をつぶった。
気配が遠のき、ドアから男が出て行く音がした。
愛しい男がいなくなった部屋で独り、健司はただただ、震える身体を抱きしめていた。
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