■ヴィのような(1)■
促されるまま、村雨は桜井の足の間に身をかがめた。自分でベルトを外そうとする桜井の手をおしのけ、ファスナーを引き下ろす。
ぎしり、とベッドが軋む。
取り出したものは、既に熱く昂ぶっている。村雨はその先端に舌を這わせた。最初は軽く舐めるだけで焦らしてやろうと、いつも思うのに、村雨の口は意志に反して桜井自身をあっという間に深く銜え込んでしまう。
頭の上で、荒い息が聞こえる。喉の奥まで引き込むと、熱く掠れた声が、村雨の名を呼ぶ。
──なにも、こんなことをする必要はないのだ──
苦味に耐えながら、いつも村雨は思う。
欲しがっているのは桜井の方だ。ホテルに誘うのも、部屋に入った途端に噛み付くようなキスをするのも、そのままベッドに引きずり込むのも、全て桜井だ。
たとえ村雨が何一つしなくとも、桜井はきっと、服を脱がせ、痕をつけないように唇を這わせ、慣らし、突き入れ、そして、愛していますと囁くのだろう。
その瞬間を想像し、村雨はぶるりと身体を震わせた。口の中の塊を吸うように舐め上げながら、自分の下肢へと手を伸ばす。先端から裏側へ、濡れた幹を辿ってその付け根へ。舌と指が、なぞるように同じ位置に絡みつく。
生唾を飲み込む音が聞こえた。
桜井にはおそらく見えているのだろう。ネクタイも外さないまま、ベッドの上で自分のものにしゃぶりつきながら、自らのものを扱きあげている上司の姿が。
何故、こんなことをしてしまうのか──それはおそらく、二時間という時間のせいだ。村雨はそう思う。始まりは永遠のような、けれど終わってしまえば一瞬のような時間だ。
だんだんと顎が重くなってきた。村雨は最後に先端を一舐めしてから口を離し、桜井を見上げた。
その瞬間、桜井が村雨を押し倒した。むしゃぶりつくように首筋に顔を埋め、熱い息で村雨の名を呼ぶ。もどかしそうにネクタイを引き抜き、シャツを脱がせる。おそらく村雨を抱くことしか考えていないのだろう、情欲にまみれた部下の顔を村雨は見つめた。その熱い身体に腕を伸ばし、そして村雨は、自らゆっくりと足を開いた。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、桜井はベッドに寝そべったまま、テレビを見ていた。村雨を見ると無邪気に笑って立ち上がり、後ろから首筋に顔を埋める。
「村雨さん、いい匂い」
「おい」
村雨は顔をしかめた。痕跡を残さないように注意深く洗ったのだ。匂いがしては意味がない。
「冗談ですよ」
悪戯をした子供のように笑う桜井の腕を振りほどき、村雨はシャツを手に取った。
テレビから流れる深夜ニュースの場面が変わった。都内の有名な川で行われた、花火大会の様子が映し出される。
「そうだ、来週は署の近くでも花火があるんですよね」
桜井が村雨の方を見た。
「二階の窓からなら見えますよね。一緒に見ましょう!」
「ああ、手が空いていたらな」
村雨は、ボタンを留める手を止めることなく答えた。きっと、二階の窓には大勢の署員が群がるだろう。その中に刑事課の二人がまぎれていたとしても、何もおかしくはない。
桜井は嬉しそうに笑った。
テレビの画面には、夜空に浮かんでは消える光が華やかに映し出されている。それを眺めながら、桜井が言った。
「俺、花火を見ると、ヴィのような花火って言葉を思い出すんですよ」
村雨はネクタイを結ぶ手を止めた。軽い驚きとともに、桜井の顔を見る。
「そんな言葉、よく知ってるな」
「高校の時の教科書に載ってたんですよ」
自慢げに桜井が笑う。
「確か、われわれの人生のような花火、でしたっけ?」
一瞬の沈黙があった。村雨は無言のまま、ネクタイをしっかりと締め、上着を手に取った。
後ろから、桜井の手が伸びてきた。抱きしめるその腕の強さは、あからさまに村雨を引きとめようとしている。
「ねえ、村雨さん、このまま延長して泊まりに変更──」
「桜井」
まるで仕事をしている時のような厳しい声に、桜井は腕を解いた。叱られた犬のような顔に、村雨の胸がちくりと痛む。
その痛みを無視し、村雨は財布を取り出した。料金の半分より少しだけ多い金額をテーブルに置き、ドアへと向かう。
「──お前も、早く帰れ」
振り向かずに言った村雨の背中に、桜井の声が届いた。
「村雨さん──おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
桜井がどんな顔をしているのか、それを思い浮かべないようにしながら、村雨はドアの外へ出た。
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