■獣と人間(1)■


 臨海署に帳場が立ち、一週間が経っていた。
「よお、ハンチョウ、これから聞き込みか?」
 刑事部屋の中、部下たちと何事か話していた安積が、顔をあげた。どこからそういう情報を仕入れてくるのだ、と言いたげだ。眉間に皺が寄っている。
 速水はいつもどおり、にやりと笑った。
「パトロールついでだ、近くまで乗っていけ」
「交機隊のパトカーに乗れるわけがないだろう」
 安積の声が少し苛立っている。
 これは相当、煮詰まっているな──予想通りの反応に、速水は心の中で苦笑した。
 苛立っていると言っても、普通の署員には、いつもどおりの静かな声に聞こえるのだろう。自分や──おそらく須田あたりにしか分からない、ごく僅かな感情の表れだ。
「本庁からも、ぞろぞろと刑事が来ているじゃないか。俺が協力して何が悪い」
「そういう問題じゃないだろう」
「やつらがデカい顔をして、臨海署にのさばっているのが、気に食わないんだ」
 不機嫌な顔をする速水に、安積が苦笑した。苦笑でも、笑顔は笑顔だ。
「おまえも本庁の所属だろう」
「俺はベイ……」
「それは分かっている」
 安積が呆れたように言った。いつの間にか、眉間から皺が消えている。
「気持ちだけもらっておく。さっさと仕事に戻れ。本庁の連中の目が光っているぞ」
 最後の冗談めいた言葉に、速水は笑った。
「必要になったら、いつでも呼べ」
「ああ、必要になったら、な」
 安積が理由も無くパトカーに乗らないことなど、最初から承知の上だ。
 速水はひらひらと手を振りながら、刑事部屋を後にした。
 後ろから、安積が部下と話す声が聞こえた。先ほどより少し穏やかなその声に、速水はひっそりと笑った。



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