■もう一度(1)■
「じゃあ、明日また来ます」
斎木が穏やかに言った。設楽とバラードは、傷を労わる台詞を残し、先に病室から出て行く。
「いちいち来なくていい。どうせもうすぐ、退院だ」
相馬は憮然として答えた。あらたまって見舞いになど来られると、自分の怪我が殊更に大げさに感じられて、なにやら気恥ずかしい。
「片手が使えないんですから、少しでも人手があれば便利でしょう」
身の回りのことなら私がやりますよ、と生真面目に言う斎木を相馬は軽く睨んだ。
「そんなに大層な怪我じゃねえよ。いいからおまえは、仕事をしてろ」
銃で撃たれた肩をしっかりと固定された状態で、大層な怪我ではないとは、説得力がない。分かってはいるが、口からはつい、強がった言葉が出てしまう。
斎木はしばらく相馬の顔を見ていたが、やがて、先ほどと変わらず穏やかな口調で、そうですか、と答えた。
ドアから出て行く後姿を相馬は目で見送った。
病室が急に静かになったような気がした。白いドアがやけに遠く感じられる。一度に三人もの人間がやってきて、あっという間にいなくなったせいだろう。
あの三人──特に斎木とはとても長い間、一緒にいたような気がする。実際、朝も晩も真夜中もずっと一緒だったのだが、それだけではない。
相馬の中に、あの時、銃撃戦の中で味わった感覚が蘇る。それは、あまり認めたくはないが恐怖と、そして忘れたと思っていた懐かしい充実感だ。悔しいが、それを取り戻すことができたのは間違いなく、斎木がいたからだ。
相馬はドアをぼんやりと見つめた。
長く一緒にいた人間がいなくなると、独りであることが殊更に身に沁みる。密度の濃い時間を過ごした相手であれば、なおさらだ。それはかつて、五年前にも味わった感覚だ。
肩がずきりと痛んだ。相馬は顔をしかめ、頭を振った。
病気になると気が弱ると言うが、怪我も同じなのか。こういう時は酒を喰らって眠ってしまうのが一番だ。だがここは病院で、できるのは眠ることだけだ。
布団をひっぱりあげて横になろうとした時、ノックの音が聞こえた。返事を待たずに、静かにドアが開く。
そこにいたのは看護師ではなく、斎木だった。相馬は思いがけず現れた男を見つめた。だがすぐに、驚きと少しだけほっとした気持ちを悟られないよう、仏頂面を作る。
「なんだ、忘れ物か?」
不機嫌を装った問いに斎木は答えず、いつもの無表情のまま、まっすぐ相馬に近づいた。
相馬の身体が、びくりと震えた。
斎木が手を伸ばし、何の前触れもなく相馬の頬にそっと触れたのだ。
「おい──」
反射的に振り払おうとした相馬は、斎木の顔を見て動きを止めた。斎木は、優しくほほえんでいた。
「明日、また来ます」
それだけ言うと、斎木は病室を出て行った。
その後姿を相馬は呆然と見送った。
今のは何だったんだ?
斎木のことがようやく理解できたと思っていたが、それは錯覚だったようだ。
相馬は無意識に、僅かにぬくもりが残る頬に手をあてた。
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