■チェンジ!(5)■
安積は重い身体を引きずりながら、ようやく自分のマンションへ帰り着いた。
今日はさんざんだった。こういう時は、さっさと寝てしまうに限る。
少しでも身体の疲れを落とそうと、安積は浴室へ向かった。
今日は書類仕事しかしていないのに、身体がこんなにも疲れているのが納得いかない。
まあ、速水がそれだけ熱心に仕事をしてくれたということなのだろう。
書類仕事しかできなかったことを思い返し、少し申し訳ない気分になる。
洗面所で服を脱ぎ、ふと安積は、自分の胸のあたりに青いものがついていることに気づいた。マジックで書かれた、線のようなものだ。
いやな予感がする。
安積はおそるおそる、洗面所の鏡を見た。そして思わず、鏡を叩き割りたい衝動に駆られた。
鏡に映る安積の胸には、青々とした、器用な走り書きがあった。
─ I Love You ─
ご丁寧に、鏡に映した時に正しく読めるように書かれている。
──あいつめ……!!!
安積は今ほど、本気で速水を馬鹿だと思ったことはなかった。
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翌日。
速水はころあいを見計らって、刑事部屋を訪れた。
メンバーは出払っており、安積だけが書類仕事をしている。
明らかに、機嫌が悪い。全身から、だるそうな疲労感が漂っている。
「よう、ハンチョウ」
陽気な声に、安積は全く反応しなかった。あからさまに無視をしている。
速水はかまわずに、笑いながら近づいた。
「昨日は面白かったなあ」
安積は座ったまま、速水を睨み上げた。
「おまえ、俺の身体をなんだと思っているんだ?」
安積の声は、明らかに怒気をはらんでいる。
速水は少し驚いた。普段、こういう言葉を職場で口にするのを安積は嫌がる。それが、部屋に誰もいないとは言え、声を潜めることもなく、俺の身体、などと言っている。
本当に、本気で怒っているのだ。
少し、イタズラが過ぎたか──?
冷や汗が出そうになる。だが速水はそんな心の内をおくびにも出さず、机越しに、安積に顔を寄せた。
「メッセージ、気に入らなかったか?」
「メッセージ?」
安積は一瞬、何を言っているのか分からない、という顔をした。数秒の後、思い出したように言う。
「ああ、あれか。あんなものはどうでもいい」
速水は拍子抜けした。本当に安積は、どうでもいい、という顔をしている。
熱烈なメッセージをあんなもの呼ばわりされたのも気になるが、あれが原因でないのなら、安積は何に怒っているのだろう。
安積は低い声で言った。
「おまえ、昨日、走り回ったあげくに大立ち回りをやらかしたそうだな」
「……そういえば、そんなこともあったな」
大立ち回り、とはおおげさだ。容疑者をぶん投げただけだ。おそらく、村雨あたりの話に尾ひれがついたのだろう。
安積は恨みのこもった声で言った。
「おかげで俺は、朝からひどい筋肉痛だ!
俺とおまえとでは、身体のつくりが違うんだ! 無茶をするな!」
一瞬の間の後、速水は安堵の混じった顔でにやりと笑った。
「情けないな、ハンチョウ。あれしきの運動で筋肉痛か?
いつでも交機隊で鍛えてやるよ」
「まっぴらごめんだ!」
語気も荒く、安積が言い放つ。
安積の機嫌は、すぐには直りそうにない。速水は苦笑し、さっさと退散することにした。
立ち去ろうとする速水に、安積が声をかけた。
「おい、速水」
「なんだ?」
「俺が今、何を考えているか、分かるか?」
速水は安積の顔を見た。安積の表情は、一言で言うなら、不機嫌、だ。
速水は首をすくめた。
「分かるつもりだが、言うとますます怒りそうだからな」
部屋を出て行く速水の後姿を安積は睨んだ。
ますます怒る、だと? やっぱり分かっていないな。
いや、おまえには一生、分からんだろうさ──
安積は身体を少し動かし、顔をしかめた。脚、腰、腕、全ての筋肉が悲鳴をあげている。
少しだけ、安積はその痛みに満足を感じた。
筋肉痛が襲ってきたのは、今朝だった。
そう、速水が走り回った、翌日だ。二日後ではなかったのだ。
俺の身体だって、まだまだ捨てたもんじゃないぞ。ちゃんと筋肉痛が翌日に来るんだ。だから、おまえのぶ厚い筋肉なんか、ちっともうらやましくないぞ──
安積は、昨日一日を共にした、速水の身体を思い出し、こっそりと笑った。
END
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中身入れ替わりネタです。ベタネタ中のキングオブベタです。
風邪ひいてちゅうしてうつった、と同ランクです。
せっかくなので、他にもいろんなベタネタを詰め込みました。
だから、階段から落ちるきっかけも「鳥の羽根をつかまえる」なのです(笑)。
いやー、書いてて楽しかった!
普段の安積さんは、仕事が忙しくなると速水さんのことをあまり考えなくなるので
職場でのあからさまなイチャラブは、どうしても書けないんですよ。
こういうコメディなら、何でもアリ!なので、職場でちゅうも楽勝です。
あと、速水さんを「安積馬鹿」に書けるのも、コメディだからこそ!
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