Lost word


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12/29【年末積みゲー消化週間】
 バトルロワイヤルなので有名な深作欣二監督が手掛けたクロックタワー3。 3と言うからには初代クロックタワーからの流れを引き継ぐ続編なのですが、近くて遠い異文化の血が混ざり、あまつざえ生まれ元(発売メーカー)さえ違ってしまったこのゲームは「反撃手段を持たない追いかけっこ」という基本コンセプト以外、まったく別物です。 続編モノは前作を支持したファンが安定感や進化を期待して購入したりするもので、新参者には敷居が高いのが相場なのですが、ネットなどの評判を見る限り、シリーズを通してプレーしている人には不評、初めてプレーした人には好評と、なかなか面白い結果が出ています。

 俗にホラーと呼ばれるジャンルには2つの側面があります。ひとつはパニックホラーと呼ばれる危機的状況やショッキングな場面の連続で視覚的に怖がらせるタイプ、もうひとつは呪いや怨念といったものを切々と語るような心理的に怖がらせるタイプです。 ゲームにおけるパニックホラーの代名詞、バイオハザードの1作目では、静まりかえった館を探索していると廊下の窓ガラスを破ってゾンビ犬が襲い掛かってくるシーンが有名で、私も当時はかなりビビリましたが、今では同様の展開が予想できてしまうので冷静に対処してしまいますし、さまざまな手法が世に出ている昨今、受けてが怖がる作品を作るのはなかなか難しいことだと思います。 そんな中、クロックタワー3も予想を越えるモノではないです。ただ、物語の中にある主人公の恐怖状態はいい感じに描写されています。 「恐怖」させる事が目的ではなく、「恐怖」をテーマと考えるなら結構、良作だと思いました。

 勝手に想像するとテーマは非力。イギリスに実在した殺人鬼をモデルにしたという怪物達を相手にするには主人公、14歳の少女は非常に非力なのです。 反撃の糸口を掴むまでは基本的に逃げることしかできません。 やっとのことでやり過ごしても、物音を立てるなどのちょっとしたことで再び迫ってくる怪物。カーテンを一枚隔てて身を隠している時、近づかれて威嚇されるとパニックを起こして飛び出してしまうなどゲームシステム上の演出がそれっぽいです。 ポリゴンに宿された過剰なまでのジェスチャーも表現に一役かっています。死をかけた、まさに子供がやってはいけない鬼ごっこです。 各シナリオの最後には30分番組の20分頃よろしく反撃の機会があるのですが、怪物に対して本当に有効な攻撃は唯一で、それにいたる過程にはやはり非力さが伴っていて、まあ、本当に怪物を相手にしたらこんなもんだよなーとか妙な納得がありました。

 ただ、過度な演出ってのは見てる人間には喜劇と写る場合があって。当事者が怖がってる怪物の仕草に笑いを堪えるシーンも少なくありませんでした。 また、ボリューム的にも少し短い気がします。お話を短く感じるわけではないのですが、ゲームとして4時間弱で終わってしまうのはどうなんだろ。

 おりしも年末。気が付けば追われる側になってしまった私には「子供とやってはいけない鬼ごっこ」が待っているので参考にしようと思います。 少女のように逃げまとう姿が容易に想像できるな。いやいや、命までは取られませんが怖い怖い。

12/26【迷いは自分を殺すことになる】
 さてさて、ネットに日記やコラムもどきを上げた場合、虚栄心というか、自意識過剰と言われても不思議ではない部分が確かに存在するわけで、どう取り繕っても人に見て貰いたいという気持ちがあるのが事実です。 テキストを書くだけで満足ならローカルでやっとけって話だし、そこに何らかの主張が込められているのだとすれば人の目に触れなければ意味を成しません。いや、意味?意味ねぇ。最近少し不確かなのです。 書くことが、読まれることが、問題提起が、共感が、何がサイト運営の意味なのか。

 特に有益な情報を扱ってるわけでも話題を提供してるわけでもないLost wordは、有っても無くても誰にも支障ないんだけど、考えや視点と向かい合うことができるこの空間(時間)が、自分にはそれなりに居心地良かったりします。 大まかには人間を扱っているとも言えるココは、そのテーマよろしく、意味を求めるのではなく、それ自体を意味と捉えることもできなくはないです。

 うーむ、需要と供給のバランスが上手く成り立っていればだだの杞憂と笑い飛ばせるのでしょうが。いや、どちらかと言えば実力と自意識かな? 色々考えることがあるんですよ。素でオチも主張もない日常日記が出来上がってしまった時など、自分自身すらそれを必要としていないのではないかなとか。 とは言え、納得するものを自分のペースでなんてやってたら伝達物としての破綻は見えているしな。

 初動の頃に無かった感覚が今あるってことは気付かない内に何かが変わったのだろうから、ならば、対応するべく意識も変えなければならないのでしょう。選ぶ答えが保持であっても、改革であっても。

12/24【クリスマス模様】
 むー。惜しむ間が惜しいほど月日が過ぎていきますね。今年も気が付けば1週間を残すのみとなりました。 よく、社会人になると学生時代より時の流れが速く感じられると言います。節目を思わせる行事や季節の変化を感じさせるようなイベントが圧倒的に減ることが原因だとか。 学生の身分を失って久しい私にも、これがまったくその通りで「クリスマスだー」「正月だー」くらいしか気にする行事が無いから間の速いこと、速いこと。それでも今年は日々を文章にしていたおかげで幾分ましだった気がします。 ああ、かったるかったマラソン大会やら恒例の期末試験やらも時間感覚の調整には一役かっていたわけで、無くなってしまえば寂しいものなのですよ…(?)

 ほっといても過ぎる時間なのですから、その流れを速く感じてしまうのは勿体無い気がします。せっかく四季の有る国に生まれたのだし移り変わりを感じるようなイベントには率先して参加するくらいの余裕がほしいです。 …だから今日くらいはとっとと帰れよって話なのですが。待ち人がいる人間は特に。ウチの会社には妻帯者もそれなりに居る筈なのに何で皆、残業してるかなぁ。 「イブに花火上げるから会えない!?バッカじゃねーの。さよなら。プチッ」なんてCMがラジオから流れてますが、私達はそんな切実な仕事やってるわけじゃありません。

 いやね。子供がいるなら家族でケーキと七面鳥を囲めよ、思い人がいるなら一緒にワイングラスでも傾けろよ、とか思うわけですよ。その自慢話を次の日私のような人間に僻まれるまでがクリスマスというイベントなのです。家に帰るまでが遠足のようなものですね。私の楽しみを取るなー!

12/21【ちょっと濃い人の日常日記】
 最近は週末になると西新宿をウロウロしています。 プチ秋葉原のような喧騒の中で、それはもう、ダラダラーとパソコンを眺めたり、ノホホンーと新作ゲームを物色したり、あんまり時間に余裕がある生き方をしているわけではないのにその時ばかりは贅沢な時間の使い方をしているのです。

 近頃ちょっとした話題になっているもので初代ガンダムの監督の人が作った「キングゲイナー」というアニメがあります。 昨日はそのDVD1巻目が店頭に並んでいました。 BS環境は無い。けど世代的にガンダムから逃れられない呪縛を背負った私は、機会があったら見てみようと思っていたのです。 幸いにしてサイフもGOサインを出しています。 しかし、会計まで30分は掛かろうかという長蛇の列が購買意欲を一気に添いでしまいました。 (その時が特別だったわけではなく週末、閉店間際の新宿ヨドバシはいつもそんな感じなのですが) 「まあ、地元のCD屋で買えばいいや」とか思って帰って来ました。

 ところがです、今日になったらどこを探しても無いのですよ。昨日はあんなに平積みになってたのに。 店の人に聞いてみると先行予告と第1話の映像を入れ間違えて回収されてしまったのだそうです。 そんなことがあるんですねー。普通は発売する前に気付くでしょ。まあ、購入動機自体、興味本位な部分もあるし本来の映像の奴がその内発売になるらしいので私的には全然問題ないんですけど。

 …本音を言うとちょっとおしかったかなと。 当然、売れてしまった分に関してはメーカーが無料で交換してくれたりするんでしょうけど、後に「ほにゃらら鑑定団」とかで幻の品とか呼ばれそうな代物を好んで交換する人などあまりいないでしょう。

 手を伸ばせばそこにあった幻。なんかいい響きだなー。

12/20【いつでもベストとは限らない】
 ここしばらく、帰ってくる時間まで近所の家電量販店に明かりが付いています。確か、ここの閉店時間は夜8時だった筈です。 家に着くのが早い時でも9時30分を回ってしまう私が、平日にこの店の木漏れ日を目撃できる可能性は仮病を使って外をフラフラしてる風邪を引いて病院帰りの時くらいなので不思議に思っていました。 初めは、てっきり年末年始に向けて店内のリニューアルでもしているのだろうとか考えていたのですが、それにしてはもう一週間近く煌々としているので、気になって店先で目に付いたチラシを眺めてみると、どうやら「夜10時まで営業」に変わったらしいです。12月だけ特別というわけではなく、この先もずっとらしいので多少便利になりました。

 ところで、私の住んでいる辺りは所沢でも郊外でベットタウンの側面が色濃いです。駅前から連なる商店も大概は7時〜8時の間に閉まってしまいます。 土地柄というものなのでしょうか、夜の店前には1台の自転車もないし店内は客気があらず。 私がしばらくリニューアル準備と勘違いしていたのは、開いてはいるものの、その時間帯に店を利用している人が誰もいなかったからです。 まあ、量販店と言っても電気屋ですからねー。同名店が新宿で10時まで開いているのは不思議ではないですが、住宅地で10時まで開いているのは違和感ありまくりなのかもしれません。

 実は件のチラシには「皆様のご要望にお答えして夜10時まで営業」と前置きしてありました。特にご要望で無いのは現状を見る限り明らかです。 素直に「益々のご愛顧を期待して」とかすればいいのに。本音を語らないことが最善策であることも多々あるわけですが、ただでさえ日本人的な建前を前にすると空気が読めずに混乱する私としては、誰もが建前と判るような建前には必要性を感じないのですよねー。

12/19【拡大解釈】
 一般に、何かに度が過ぎると周囲に迷惑を掛けたりしてしまうものですが、大概は自覚症状が無く、その判断は他人に委ねられている場合が殆どなので、気が付けば自分が加害者になっていることも多々あります。 確信犯的な輩を除けば、例えば、掲示版で荒らしと呼ばれてしまった人、宣伝活動が嵩じてアクセス乞食と言われた人、現実でストーカーと決め付けられてしまった人などは無自覚に度が過ぎてしまった例も結構含まれると思います。

 ただし、最近は被害者側の自己防衛意識がちょっと過敏すぎる気もします。 誰かが、自分にとって不快な対象とその分野で卑下される対象を=で括ったことで、皆がそれに乗る形で拡大解釈されていく。この手の名詞は、その発明初期には大雑把な定義で使われることが多いです。 いや、ストーカーなんて認識次第では美談に化けてしまう可能性もあるわけです。が、この名詞の普及以降、そう疑われることがイヤで積極的になりきれない人もいるかもしれません。 恋愛感情は共有されるモノとは限らないですから、(一方通行かもしれない)湧き上がる感情を成就させるために取る行動が、どこまでが純愛、どこからからをストーカーと判断されるかなんて、あくまで相手次第だもんにゃ。 木村拓哉なら純愛で渡部篤朗ならストーカーなのか?…それなら簡単か。つか、男はロマンチスト(バカ)なのでヘタに演出考えて誤解される可能性もあります。

 …んーと。先日、偶然に行き着けの掲示板で荒らしが生まれるまでの過程を目撃してしまい、そんなことを考えたわけなんですけど。 開かれた場所で、ちょっと言葉使いの悪い人や、意見が合わない上に話のかみ合わない人はいると思いますが、最終的な目的意識に違いがないなら荒らしと呼ぶのはちょっと違うのではないかなーとか思うのですね。 その結果、相手を言い負かすことに目的意識がシフトした本当の意味での荒らしを何人も生み出してしまい、場を崩壊させることになってしまうのだから笑い話にもなりません。 度が過ぎてしまってはいけないのです。判断される側もする側も。

12/18【今月はナイーブ月間に指定されました】
 心に思う内容を素のまま言動や行動に反映してしまうと、どうにもうまくいかないことが結構ありますよね。何時でも、誰にでも「愛がほしいんだ、結婚してくれ!」とか言っている人は、例えそれが本心だとしても本気にされないばかりでなく、軽い奴と思われても不思議ではありません。私なんか、あるタイミングでは常に独りであることを強調してますし、必ず「彼氏と別れて寂しい…。そんな女の子を見かけたらオレがいることを思い出してくれ」とか結んでいますが、何の効果も確認できません。今年も1週間後には「メリークリスマスToMe」とか言ってると思います。

 まあ、数を打てば当たるというものではないです。上記の例なら、むしろ、そのような素振りをまるで見せない方が好印象を持たれそうです。そして「ここぞ!」という時の決めセリフ。多分、駆け引きですよね。気持ちを積極的に表に出している人間の方が失敗率が高いというのは皮肉な話です。

 目標や目的を表すような言葉というのは、切実なこそ口に出してしまいがちです。しかも結構、思いつめているのですよね。 「彼女ほしい!」とか「痩せなきゃ!」とか「勉強しなくちゃ!」とか、裏を返せば自分が今足りない部分を公言しているに等しいです。 何もすき好んで自分から魅力の無い部分を暴露しなくてもねェ。そりゃ、自分を追い詰めて奮い立とうという気持ちも働くのかもしれませんが。

 取り合えず、しばらく「彼女ほしい」と口に出すのは封印しようと思います。これで来年の今頃には隣に誰かいる筈です。にゃはは…。

12/17【解決しない問題】
 むー。私は喫煙する人なので「タバコ増税反対!」を声高々に謳おうと思っていたのに…。何日も掛けてまとめてる内にほぼ決まっちゃったみたいですね、増税。 まあ、だからと言って叫ばないのもアレなので、叫ばせてもらいますけど。 しばしば、タバコが絡む問題の延長で、だから増税賛成と結ばれる論を語る人がいますが、少しおかしいと思うのですよね。 例えば、よく出てくる賛成の理由に税収の増加、辞めることによる死亡者、医療費の減少と上げられますけど、実際、私には辞める気がないので確実なのは税収の増加だけで後は不確かですね。

 振り返ってみると、値段は高くなり、駅やレストランは禁煙になり指定区域では罰金。 他方に目を向ければ、世の中は健康に対する関心が大きくなり、その注意を促す声は日に日に高く強くなっています。 それに比べてマイルドセブンもセブンスターも私が吸い始めた当時から味も成分も量も何の変化していません。パッケージの更新くらいでしょうか。 この状況で喫煙者は人口増加の比率以上のスピードで年々増加しているとは思えませんよね。むしろ、普通は減りそうです。 もし、この困難な流れに逆らってまで喫煙者が増えていると言うなら、それは必要悪と形容して良いもののような気がしますが、多分、喫煙人口の現状は昔とそんなには変わっていないのと思います。

 で、成分や量、人口は変わっていないのに死亡者ばかり急激に増えるわけはないですよね。医療費の増加原因は、所謂、医療の進歩のお陰で昔より簡単に死ねなくなったからでしょう。 何の病気にも言えますが、治療すれば直るようになったということは当然その分費用が掛かりますし、それは助かる助からないに関わらずです。 だから、例えば近代医療に対応するべく新たに保険料として使うというなら値上げも納得いくのです。 交通違反の罰金は警察、医療費は国民保険が当てられるものですが、税金は税金ですから国家予算ですよね。 その金は「タバコが絡む問題」に使われるとは限りません。 医療問題や、まして、利益が減って生活できなくなるかもしれない小売店の転職支援なんかには使われないと思います。増税では何の解決もしないでしょう。

 要するにタバコ自体は何も変わっていない。周りを取り巻く環境が変わったというなら使用目的を明確化した値上げなら仕方がないかなーと。 据え置き増税では何年か後に再増税の話が出るのは目に見えていますが、きっとタバコは悪役のままで、その時も、増税すれば「タバコに絡む問題」は解決するんだと謳われるのでしょう。 今回の増税だって確実に私の生活を圧迫するのに、それが何の解決にも綱がらないのだとしたら、非常に悲しい話です。

 改めて記しておきます。安直な増税は反対だと。補填増税なら下手な理屈を捏ねない方がまだ潔いです。 ついでに、反権力の元に企業叩きしたつもりで実は国の味方して消費者叩きしてる輩は考えた方が良いと思います。少なくても賛成したのならその税金の使われ方をしっかり見届ける義務がありますよ。

12/13【場違いな罪悪感】
 何か善からぬことを企んだ時に一番邪魔になるのは自己の罪悪感ですねェ。 法律に触れなかろうが誰にも迷惑を掛けなかろうが、その所業を自分が罪と認識してしまったならどうも落ち着きません。 「くよくよする」なんて状況がまさにそうです。 よく自分を許すなんて言いますが、本当に罪を感じているくらいならそんな簡単にはいかないと思うし、結局は自分以外の誰かに許してもらわないと吹っ切れないと思うのですよ。 逆にどんなに大罪とされていることを仕出かそうと罪という認識がなければ全然平気ですし、当然、更正することもないのかなーとか思います。 例えば横領などのケースを罪悪感を感じながらも常習的に繰り返すような状況があったら途中で気が振れてしまいそうな気がします。

 久しぶりに朝、唯一の生命線である目覚まし時計に職務放棄されてしまいました。 まあ、乾電池で動いているものが年に1回くらい確実に止まるのは当たり前ですよね。 遅刻して引かれた半日給で同タイプの目覚まし時計が何個も買えてしまうことを考えても、彼ばかりに全面的に頼っていたのは失敗でした。

 んで、こんな些細なことでも人によっては罪悪感が湧くのです。何がなくても遅刻したペナルティは払っているわけですが、いざ重役出社した時、誰からも怒られないとそれはそれで居心地が悪くってなー。 今日は幸いにして社長の人が絡んできてくれました。「初犯なんだから大目に見てくれても…」とか思いつつもこの出来事で気持ちが切り替えられてしてしまう自分が居て、あらゆる意味で小市民さを感じずにはいられない1日でした。

12/08【悲劇というか喜劇】
 「雨が降ったらお休みでー♪」にはならなくてもいいけど雪が降ったらお休みしたいfailsafeです。こんにちは。

 たかが雪、されど雪。降るのが当たり前の場所に住んでいる人には笑われそうですが都心は本当に雪に弱いです。 大雪になるたびに言われ続けていますが、はたして何が改善されているのやら。 今日は特に降っている時間と出勤ラッシュが重なって大変な混雑を呼び、満員電車にいつもの倍の時間も押し込められて私は朝からクタクタになってしまいました。 車やバイクの運転が危うい、こんな日だから電車が混むのは当たり前だと思うかもしれませんが、それが違うのですよ。 こんな日だからこそ皆さん有給でも使って休んで車内はガラガラになるべきなのです。 不慣れな状況に危険を冒したり予想通りの混雑で不快な思いをするくらいなら家でゆっくりしましょうよ。 皆でやれば私が浮きませんから。うーん、日本は怠けモノに辛い国だにゃー。 …まあ、心に余裕をもったなら雪も風流に見えるものですよ。季節の気まぐれが作り出した紅葉の赤と雪の白というキャスティグがなかなか幻想的な風景を演出していました。

 ところで今朝の私は、寒さには気付いても雪には玄関のドアを開けるまで気付いていませんでした。 住んでいるアパートの部屋は2階で外階段しかありません。で、雪の積もった年の恒例行事のようにここでは必ず悲劇が起きてしまうのです。 いや、冷たいのとサビを我慢して手すりを掴みながら慎重に進めば平気なんですけど、残念ながら、普通に起きてしまった朝にはそんな時間的余裕がありません。 ほとんど決断の余地もなく私は一歩を踏み出しました。そして…「スキーは危険やねん。滑るから」

 その時間、通りを歩いていた皆さんは悲鳴を上げながら落ちてくる雪だるまを目撃したと思います。ある意味、時間の短縮にはなりましたが。

12/07【恋人はサンタクロース】
 今朝、最寄のコンビニの軒先でフリーター風のお兄さんがサンタの衣装を来てクリスマスケーキの予約を取っていました。その風景を見た私は会社で雑談している時に
「いやー、寒いのに大変ですよねぇ。しかも兄ちゃんが…」
とかいう内容の言葉を口にしたのですが、数分後、何かおかしいことに気が付きました。一見何の問題もないように聞こえる私の発言ですが、実は致命的な誤認識の元に発せられているのです。そう、何時の間にか私の中ではサンタの衣装は女の子が着るものだという考えが当たり前になっていたのですよ。

 いやいや、もちろん私もサンタと言えば白髪白髭のお爺さんいうイメージが思い浮かびますが、あくまで職業(?)の話であって、TVやイベント、販売キャンペーンの衣装としてサンタコスプレを使うなら女の子だろうとか思ってしまうのです。これこそ、男の悲しい性という奴だろうか…。

 現実問題として、この時期に町で見かけるサンタは圧倒的に女の子の方が多いですが(目にフィルターが掛かっている疑い有り)私どころではなく、もしかしたらこの事実を元に「サンタさんは女の子なんだ!」という認識を持つ子供もいるかもしれません。眠たい目を擦りつつ睡魔の誘惑に耐え、待ち続けられるなら、暖炉の中から現れるはスラッとした生足の美しいお姉さんだと。ところが実際に登場するのはカーネルサンダースです。その真実こそが子供の夢を壊すことにならないかと心配でなりません。

12/06【何ちゃら症候群】
 帰ったら家が綺麗になってました。積み上げられていた古雑誌や故障した家電は跡形も無くなりテーブルは布で覆われトイレや風呂はピカピカに磨かれていました。 何事だろうと思い妹に尋ねると新しく出来た彼氏を呼んだ時に「女の子の部屋だね」と言われたいのだとか。 そもそもが古いアパートで、明らかに見栄えより家賃の値段を優先して選んだことがバレバレな所に住んでいるのです。 確かに綺麗にはなりましたが女の子らしい部屋という雰囲気は絶対出ない気がします。 学生時ならいざ知らず、今は兄妹とも働いていているのですから、その気があるなら1人暮らしをしていると思って家賃を出し合えばもっと全然オシャレで機能的な所に住める筈なのですけどね。 まあ、綺麗になる分には歓迎です。何せ共有スペースの掃除やゴミ捨てですら見かねて私がやってたくらいですから。 それでも、本来なら一番多く親しく接する人間の前で無理をしようというのだから、その場しのぎでは長続きしないでしょうけどね。

 そう言えば私が久しぶりに苦い感情を味わってから1年が経とうとしています。 危惧していた通り、時は劇薬です。激しい感情や痛烈な痛みはすっかり麻痺して、その時点で一番大切だった筈の気持ちと一緒にどこかに消えてしまいました。 その分、心にスペースができたわけですが、だからと言って、すぐに新しい住人がそのポジションに来るものではないですよね。 …と思うのですが同じ1年の間に妹は出会ったり別れたりをカレコレ5回は繰り返してます。 うーむ、別にどちらが良い悪いではないと思いますが、兄妹でこの差は何なんだろう?

 ある意味でそこは試練の場なのかもしれませんが、こればかりは強くなっては行けない気もしますねェ。

12/05【せっかく、せっかく2】
 昨日の続きです。久しぶりに更新する時間が取れたのに身も蓋もないですね。

 無意識にある種の行動が出てしまうことを癖や習慣というのでしょうが、もちろん良い癖ばかりではなく、自覚症状がないからいつまでも直せず困ったものもあります。 どうも私の場合、ある程度の人数が集まった場所で、誰かが演説するような場面では自動的にスルーモードになり、話を右耳から左耳へ聞き流してしまうような癖があるらしいです。 いやいや、これが業とじゃなくて本当に無意識にスイッチが入ってしまうので、話の有効度に限らず綺麗さっぱり覚えてないんですよね(そもそも聞いてないのだから判断もできませんが) 一応、神妙に聞いている素振りを見せているらしいので注意されたことはありませんが、もし「今、何を話していたか言ってみろ」とか突っ込まれたらシドロモドロになるに違いありません。 このような癖を持つにいたった経緯は定かではありませんが、きっと似たような場面で身の無い(と思えるような)長話を聞きすぎたのでしょうね。校長先生に恵まれなかったのだろうなー。

 件の忘年会もしかり。振り返れば、今までは10人くらいの小規模な会社でばかり働いていたので忘年会なんて和気藹々としたものでした。 上も下もなく軽口が飛び交うような感じだったのですが、今回くらいの規模になると硬くってねー、開始から延々と上役やら客人やらの「私はこんなに先見の明がある、こうすればビジネスは上手くいくんだ!」なんて説法が続くのですよ。 どうもパターンが一貫していて、大概が周知の事実の誇張か希望的観測から来る勘違いなので気が付けばスルーモードに入ってしまっています。 まあ、周囲に注意を向けても真剣に聞いている人の方が少ないような感じだったのですけどね。 こういった状況化の話し手は本当に伝えたいことがあるわけでもなく、ただただ尊敬されようとか良い事言ってるなーとか思われようとしているのに、その結果が「つまんねーおじさんだな」といったものに結びついてしまうのだから皮肉なものです。

 もうね。話始める30分も前に運ばれてきたビールの泡がだんだんと無くなっていく様が悲しくってねー。

12/04【せっかく、せっかく】
 がんばっている姿勢というのは意外と判りやすい気がします。 それはもう気合が入っていたり、長時間集中していたり、眉間に皺が寄っていたりとちょっと注目して見れば見分けが付くものです。 比べて、普通とサボりの境界線というのは曖昧なもので、それを的確に評価するとなるとなかなか難しいです。 そうなると必然的にがんばっているか否かが評価基準になる場面が多いわけで、これは困り物なのです。 普通というと聞こえが悪いですが、その状態でも別にがんばっていないわけじゃないですからね。 あくまで必要以上にがんばっていないだけで、誉められる筋合いは無いけど、悪く言われる筋合いもないじゃないですか? また、その状況で人よりがんばろうと思ったら限がありませんからね。

 いやね。先週、忘年会があったんですよ。全社を上げて50人くらい集まって。 んで、酒を飲むには多少早い時間から始まったので終わったのもそれなりに早かったんです。 当然その後はニ次会やらカラオケなどに流れるものだと思ってたのに、なんと皆さんの行動は会社に戻って真面目に仕事の続きでした。 せっかく、出席者の三分の一くらいは同世代の女の子だったのに!チャンスだったのにぃ! …いくら開発には「酒や女の子よりPCが好きだ」という奇特な人間が多いとは言えあんまりな展開です。 全く予想外だった私は普通に中ジョッキ4杯空けてしまい、いい感じに酔っ払ってしまっていたので、見なかったことにしてとっとと帰って来てしまいました。 視線が痛かったような気もしますが、アルコールと電子機器は相性最悪なんだから仕方ないじゃないか。

 その席では社長が「給料は毎年確実に上がるもんじゃない。がんばった人が上がるものです」なんて言ってました。 こういうがんばり方をしなければ上がらないなら私の給料は上がりそうにありませんね。お酒くらい気楽に飲みたいですもの。


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